カンテノ

よんそん

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第1章 ディキャピテーション

1-14 突破

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  直径1mくらいだろうか? そのくらいの太さのパイプの上に立つことは意外と容易で、バランスを取ることにも慣れてしまった。出血した腕の痛みもだいぶ収まってきた。あとはディキャピテーションを警戒しながら進むだけだ。
  地上からの高さは20m以上ある。落ちても死には至らないだろうが、頭から落ちるようなことになったらまずい。
 
「いつまでもあなたと遊んでるの飽きちゃったの。さっさと片付けて、シャワーを浴びたいわ。あなたのせいでほこりまみれなのよ?」

  ディキャピテーションは余裕を見せながら、先ほど僕がいた足場から銃を構えてきた。
  くそ、まずい。そう思って、僕はパイプの上を走り出した。その途端に刃の銃弾が足下に飛ぶ。幸い、体に銃弾は当たらなかったが、パイプが少し傾き、バランスを崩した。必死にパイプにしがみつく。このままやられる訳にはいかない。

  咄嗟に僕はポケットに隠し持っていたネジを投げる。それを能力で飛ばす。先ほど工場内で使ったものを数個拝借してきていた。ネジがディキャピテーションを襲うが彼女は指輪から伸びた刃で払い除ける。

「同じ手が何度も通じると思って?」

  ディキャピテーションは嘲笑したが、僕の狙いは違う。最後の1個にハイスピードの威力をかけ、あの女の手を狙う。あの銃を持っている手を。

「ぎぃやぁっ!」

  女は化け物のような悲鳴をあげた。最大出力を試みたネジの弾丸は、女の手の平をいとも簡単に貫通した。綺麗に穴が空いている。僕自身も驚いている。
  銃は狙い通り地面に落ちた。よし、これで進める。僕は一気に目的の建物へと歩みを進める。

「このっ……、この、ガキがぁ……、許さない! こ、殺すっ!」

  ディキャピテーションは憤怒の表情を浮かべていた。そして、次の瞬間、僕が歩いてきた背後から僕に向かって、次々とパイプから刃物が生えてきていた。
  ズダダダダッという耳障りな音を発しながら、幾重にも刃が物凄い勢いで発生し、退路を絶たれ、刃が僕へと襲いかかった。

「ぐっうぅっ……ぐがっ!」

  防御しようにも頭が回らず、脚や腰、背中などを切り裂かれ、僕は宙に投げ出された。ここまでか。地面が一瞬で迫るくらいの落下速度だった。

「おっとー! 間に合ったぜ!」

  ドド……堂島どうじまさんだった。僕は堂島さんにお姫様抱っこで受け止められていた。

「生きてっか!? 想!」

弖寅衣てとらいくん! その傷、大丈夫ですか!?」

  一颯いぶき さんもついてきていた。

「なんだよ、2人とも。なんで、逃げなかったんだ。大丈夫、なんとか立てます」

  僕は弱々しくもなんとか地面に立った。頭上を見上げると、ディキャピテーションは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。

 「お前を見捨てるわけねぇだろ? ちょっと遅くなって悪かった。雑魚は全部片付けた」

  この男は、本当に頼りになる人だ。少しだけ、少しだけ、泣きそうになってしまったが堪える。まだ何も終わってはいないんだ。
  僕らがいる場所は建物に囲まれた中庭のような場所だった。僕の身体はあちこちから出血していて、全身が痛いが、まだまだ立てる。
  と、ディキャピテーションはあの足場の位置から外壁に刃を出し、それを階段状にして降りてきた。

「死に損ないめ。運よく仲間に助けられたか」

  金髪の女はもう冷笑も嘲笑も浮かべることはなかった。怒りの表情で、こちらを睨んでいる。

「想、ちょっと休んどけ」

  堂島さんは静かにそう言い放ち、ディキャピテーションに向かって歩き出した。あの女の睨みを跳ね返すように睨み返している。

「おい、クソ女。よくも俺の大切なダチを傷つけてくれたな」

  堂島さんとはまだ会って5時間も経ってないのに、彼は僕をそう言ってくれた。大切なダチだと。

「仲良しごっこ? 私、そういうのも大嫌いなの。大人しく我が刃の餌食になりなさい!」

  ディキャピテーションは叫びながら、飛び出した。あのハイヒールでよくここまで動ける。しかも、両手の指輪から刃を出している。
  そして、堂島さんも同時に駆け出した。2人の距離が一気に縮まる。ディキャピテーションの右手の刃が振り下ろされる。それを堂島さんは左足で蹴り上げるように受け止めた。

「なっ!? なに!?」

  ディキャピテーションの刃で堂島さんの足は切られていない。なんと踵で刃の側面を押さえている。そして、その踵で刃を地面に振り下ろし、叩き割った。と同時にもう片方の刃を右肘打ちで叩き割る。とても常人の力技じゃない。

「おらあぁっ!」

  気合いの叫びと共に、両手の掌底を女の腹に叩き込む。ディキャピテーションは2m近く飛ばされ、胃液を吐いた。
  堂島さんは追い討ちをかけるべく距離を詰める。と、倒れていたディキャピテーションは起き上がり、新たな刃で彼の脇腹を刺した。あれは、ドレスか? ドレスの裾が伸び、刃と化していた。
 
「くっそ……!」

  と、堂島さんは予想外の攻撃に反応が遅れたが、それでも横に身を退いていたためか、傷はそれ程深くはないようだった。
  そして、すぐにディキャピテーションの頭部めがけて蹴りを放った。しかし、またドレスの刃が放たれ、堂島さんの脚を切り裂いた。
  やはり物質がドレスであるためか、殺傷能力は低いのだろう。それでも堂島さんの脚からは血が飛ぶ。

  そして、そのドレスの刃が下に下がるのを見越していたのか、彼は蹴り上げた足をディキャピテーションの肩にかけ、もう片方の左足で思い切り地面を蹴り宙に跳んだ。3m以上は浮いている。
  突然視界から獲物が消えたディキャピテーションは唖然としている。堂島さんは、鉄棒の大車輪のように、空中で身体を縦に360°回転させ、両足でディキャピテーションの顔面を蹴り上げた。
  宙を舞ったディキャピテーションの身体はドゴンという音を立てて、背後の壁に激突し、そのまま動かなくなった。

「くーっ、いてぇなちくしょー!」

  出血箇所を押さえながら堂島さんはこちらにやって来た。脇腹と脚、計2箇所を切り裂かれていたが、大丈夫そうだった。なんてタフなんだ。そして、驚くべき身体能力だ。

「た、倒してしまったのですか? 堂島さん大丈夫ですか?」

  一颯さんも一瞬の出来事に目を丸くしている。無理もない。僕も驚きを通り越して呆れている。

「おう! このくらいの怪我なら年中だ! 俺の身体より想の方が心配だ。本当に大丈夫か?」

「あ、はい。少し休んだおかげか、だいぶ出血も収まりました。今のうちに逃げましょう」

  外に出るためには建物の外周を周って行くより、建物内部を通過していく方が確実だろう。距離が短いのも勿論だが、外周だと行き止まりにあたる可能性も高いだろう。引き返すのも一苦労だ。

  という訳で、僕が先程目指していた建物に入る。入り口のドアはすぐ近くに見つかった。鍵はかかっていたのだが、僕の能力を使えば鍵も簡単に開けられるし、全くもって便利な能力だ。
  扉の向こうは静かで、機械の駆動音がせず、今までの作業場とは違う空気だった。無機質な白い通路の先にある扉を開けると、そこには謎の植物が何列にも並べられ、栽培されている広大な空間が存在していた。

 「なんだこりゃあ……まさか大麻か?」

  堂島さんが苦悶の表情を浮かべながら呟いた。大麻だけじゃない。おそらく脱法ハーブと言われているものや、見たこともない植物も別の区画で栽培しているのが視界に入った。
  大きな細長いケースに植えられているものもあれば、小さな鉢に植えられて棚に並べられているものもある。

「やはり、この工場は、薬を製造しているのか」

  僕は周りを見渡しながら言った。もちろん、こんな大規模な工場での栽培なんて違法だ。国から許可が下りるとも思えない。なぜそれが検挙されずに存在しているのだろう。
  そして、製造されているのはおそらく麻薬だけではない。あの設備の量、棟の数からしてあらゆる違法ドラッグが製造されているに違いない。吸引器などの道具が製造されていてもおかしくない。

「帰ったら警察に連絡しましょう。こんなものが許されていいはずがありません」

  一颯さんは冷静にそう言ったが、警察もグルになっている可能性が高い。もうあてには出来ないのだ。
  様々な植物をただただ見回していたが、奥に扉を見つけた。あそこから出れそうだ。扉を指し示し、2人と共に足早に進む。

「これを……見られたからには、絶対に、絶対に、お前たちを帰す訳にはいかない」

  背後から声がした。ディキャピテーションだ。あの状態から立ち上がったのか? しかもこんな短時間で回復したのか? しかし、頭から血が流れ、ダメージを受けている事は明白だ。

「なんてしぶとい女だ。おい、麻薬の製造なんかしてただで済むと思ってんのか?」

  堂島さんはディキャピテーションに向かって言った。

「麻薬? あなた達はわかってないようね。麻薬と同じにしないで頂戴。もっとハイレベルな薬なの。今までに味わった事のないような快楽を体験できる、新世代のドラッグ。ただし、代償として数ヶ月後に命を落とす事になるのよねー、残念」

  なんだと? 数ヶ月後に死んでしまうドラッグ? それはもはや凶器その物だ。

「狂ってやがる。そんな物を国が許すと思ってるのか!?」

  堂島さんは怒りを露わにする。

「何を言ってるのかしら? 暗黙の了解ってやつよ? 表では禁じていても、裏では認められているのよ。なぜなら、人々は常に飢え渇き、快楽を求め、それがなければ日々の業務を回せないの。だから私たちはこの薬を街に流しているの。これは人々の生活を、街を動かすための潤滑油なのよ」

「違う!」

  僕は反射的に否定の言葉を出していた。

「違法ドラッグなんかなくても、人間は生きていける。人々を癒すものは他にもたくさんある。小さな幸せだっていい。そういうものだって、街の中に存在しいて、それも街を生かしているんだ!」

  そう、僕はそれを知ってしまった。今日という一日で、一颯さんと、堂島さんと、一緒の時を過ごして、僕の胸の内には何か満たされる感覚があった。

「くだらない。子供の甘い考えに過ぎない。そんなものが現実社会に通らないからこそ、私たちが必要なのよ!」

  やはり、この人と解り合うことはできないな。

「あなた達に解ってもらうつもりはないわ。元々殺す気だから」

  そう言い放つと、ディキャピテーションは頭上に両手を上げた。すると、僕らがいる位置の天井から巨大な剣が生えてきた。
 
「出口へ急げ!」

  堂島さんの言葉で僕は一颯さんの手を引き走り出した。そして、頭上の刃はギロチンのように降りてきた。僕は能力を使い、近場にある棚や鉢をありったけ頭上に浮かせた。幾重にも重ねて防御しながら走るしかない。金属と金属が擦れる嫌な音がする。
  幸いな事に、土埃が舞ったおかげで、ディキャピテーションの視界を封じることができ、刃の攻撃は長く続かなかった。
  3人でこの栽培所から脱出することに成功し、息つく暇もなく走るのであった。
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