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第1章 ディキャピテーション
1-9 街の裏側
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串焼き屋をそそくさと後にした僕らは、横沢さん達一行にばれないように、一定の距離を空けて尾行していた。さっきまで尾行されていた僕が、今度は尾行する側になってしまうなんて。
「こっちの方は風俗店やらクラブとかある方だな。治安はあまりよくないから2人とも俺から離れんなよ」
堂島さんは先程の歓談の場とは違い、真剣な表情をしていた。僕は全く気が進まなかったのだが、堂島さんがこうして気持ちを切り替えて僕らを守ろうとしてくれいるのだから、自分だけがウジウジしていてもしょうがない。
いつ何が起きても対処できるよう気を引き締めて、せめて堂島さんの足を引っ張らないように、もう無様な結果にならないように、やるしかないんだ。前髪さんとのトレーニングをひたすら思い出しながら覚悟を決める。
「こんな賑やかな場所があったんですね。建物がみんなキラキラしています」
一颯さんはあたりを見回しながらそう言った。いわゆる繁華街か。店の前で呼び込みをしている人が多い。念の為かなり距離を空けているが、幸いなことに横沢さんたちの歩くペースは遅いので、見失うことはない。
「ミモザちゃんみたいな純粋な娘は縁がないとこだよな。変なのに捕まらないように気をつけろよ」
あたりにはキャバクラらしき店も多いので一颯さんのような綺麗な女性はすぐにスカウトされてしまうだろうな。それでも声がかからずに済んでいるのは、身長190cmを越える大男がそばにいるためだろう。
「想、もし万が一戦うことになったとしても、無理しない程度にしろよ? お前に何かあったら煉美さんにあの世でぶん殴られちまう」
堂島さんは口角を上げながらそう言った。
「ありがとうございます。でも、少しやれそうな気がするので、自分の身体くらいは自分で守ってみます」
僕がそう言うと、堂島さんは少し驚いたが、すぐにふっと笑った。
「そうか、頼もしいな。1つ俺からアドバイスだ。拳を打つ時は体の下から上へと力の流れを意識するんだ。まず足で踏み込む、その勢いが上に昇っていくのを意識しながら腰に捻りを加えて、上半身でさらに勢いを付けて拳を放つ。足からの流れを殺さずにスムーズにこなすことができれば、いい拳が放てるはずだ」
すごい。ためになる。だが実践するのは難しそうだな。ゆっくりやるわけにもいかないし、瞬発的な動作なのだから。
「ありがとうございます。そんなこと今まで意識してなかったので助かります。やってみます」
頭では無理だと思いながらも口ではそう言ってしまうんだ。と、横沢さん達一行が目的地に到着したのか建物の中に入っていった。ここは……
「クラブだな。おそらくフロアでDJが音楽流して、客は酒飲んで踊ってる場所だ。このまま中に入るが大丈夫か?」
なるほど。横沢さんたちはここでお酒を飲み、鬱憤を晴らそうとしているのか。僕は既に意を決しているので、堂島さんの確認に対して頷いて応えた。そして一颯さんの顔色を窺う。
「私はこんなお店初めてですけど、大丈夫です。行きましょう」
一颯さんは少し緊張した表情をしていたが、それでもその言葉ははきはきしていた。
「肝が据わってるな、ミモザちゃんは。よし、行くぞ。俺から離れんなよ」
堂島さんの言葉とともに僕らは店内へと足を踏み入れた。カウンターで当日の入場料を支払い、短い廊下を進んで突き当たりの重いドアをあける。
その途端、大音量の音楽が耳に飛び込んでくる。ヒップホップに相当するのだろうか、なんだか耳障りだ。
僕は音楽にはそれほど興味がないのだが、姉が好きでよく聴いていた。姉が一人暮らしをしていた部屋にもよく足を運んだのだが、そこで聞かせてもらった音楽に比べると、何というかすごく安っぽく、頭に響かない。建物には響いてるようで常にフロアが揺れているようにも感じる。
暗いフロア内は照明の光が飛び交い、そこを多くの男女がゆらゆら踊っている。こんなにたくさん人が入っていたとは。彼らはやはりアルコールを摂取しているからなのか、異様にテンションが高揚している。今にも服を脱ぎ出してしまいそうなカップルもちらほら目についてしまう。
一颯さんは大丈夫だろうか。先頭を行く堂島さんのTシャツの裾を掴んでいるようだった。僕はその後ろを固めるようについて行く。ここまで大音量の音楽では会話もままならないため、誰も声を掛けることはなかった。
肝心の横沢さん達はどこだろう? 堂島さんの進行方向に視線を向けると、フロアの奥にある扉を空け、別の場所へ行くようだった。どういうことだ。
堂島さんは少し歩くペースを早めたので、踊る人たちの隙間をくぐり抜けながらも僕は必死について行った。
堂島さんは、横沢さん達が通ったドアの所まで辿り着くと慎重にそのドアを開け、ドアの向こうを窺っているようだ。幸いなことに、周りの人達は音楽に夢中で僕らの事など眼中になかった。
堂島さんが手で合図したので僕らはドアの向こうへと進んだ。廊下が伸びており、先ほどのフロアの床と違い黒いカーペットが拡がり、さらに奥にはまた扉があった。
「やつらはあの向こうだ。行くぞ」
堂島さんは小声で呼びかけると、小走りに奥のドアへと向かって行ったので、一颯さんと僕もそれに習って進む。堂島さんはこんな状況でも冷静で慣れている。やはり経験を積んでいるに違いない。
堂島さんは重い扉を慎重に、少しだけ開け、隙間から中を覗きこんだ。僕も恐る恐る覗く。部屋があった。あのクアルトとは違う。リビングのようなくつろげる一室であったが、空気が重い。
部屋の中には何人もの人間がいた。横沢さん達一行5人がこちらに背を向けるように立たされている。
そして横沢さん達の後ろについていたスーツを着崩した男と、4人のスーツを着た男達が中央のテーブルを囲うように立っている。
さらに、横沢さん達と対面する位置に置かれたソファに座る男が1人、恐らく支配人だろう。周りのスーツの男達とは違い背広ではなく柄シャツを着ている。横沢さん達を冷ややかな目で見ている。その男が口を開く。
「それで、カモにしてたやつらには逃げられ、ろくに薬も捌けず、今日で丸1週間なわけだが」
薬!? それは違法な物の事を指し示しているのではないのか。つまり、横沢さん達は薬を売る側の人間だったのか。
「す、すみません。明日は必ず新しいやつ捕まえてくるんで。売り上げも伸ばすんで期待しててください」
あの横沢さんがこんなにも追い詰められ、そして弱々しくなっている。横沢さんも違法ドラッグに手を出してしまったのか。麻薬か、あるいは脱法ハーブ、それとも覚醒剤か。
ひょっとして、このクラブはDJイベントで経営する傍ら、客にドラッグを売っているのだろうか。だからここの客達はあんなにも異様なハイテンションになっていたのか。
こんな事があっていいのか。自分の近くでこのような事態が起きていたなんて。間違いない。これこそ日常に潜む危険、僕が倒すべき敵だ。
「残念だが、お前らにはもう期待していない」
支配人らしき男は目を閉じてため息をはき、そう述べた。すると、周りにいた4人のスーツの男達が打ち合わせていたかのように、横沢さん達の前に立つ。
「ちょっと待ってください! これからはしっかりやりますんで! 今回の事だけは見逃してください」
横沢さんの隣にいた男が泣き出しそうな叫び声を上げた。他の仲間も、嫌だ嫌だと連呼したり、膝を落とす者もいた。
「だめだ。お前らはもう用済みだ。次なぞない」
支配人の冷ややかな言葉を合図にしたのか、横沢さん達の前にいたスーツの男たちは皆一斉に懐から拳銃を出し、なんの躊躇いもなく目の前で泣き崩れる男達の頭を撃った。
4人の男の身体は崩れ落ち、それはもうただの死体と化していた。横沢さんは残されていたが、すぐに目の前にスーツの男が立つ。
「いやだ……いやだ……死にたくない!」
悲痛な願いも虚しく、横沢さんも頭を撃たれ、死んだ。あの、横沢さんが。
拳銃を持つ相手、そんなやつらに敵うのか。震える身体を抑えることで精一杯だ。
「はっ……あ、あ、あぁ……」
一颯さんは堪らず声を洩らしていた。無理もない。あまりにショッキングだ。先程まで楽しく話し合っていた現実はなんだったんだ。今が夢であってほしいと願いたい。しかし、紛れもない現実なんだ。
と、流石に一颯さんの声に気付き、支配人の男はこちらを向き、僕と目が合ってしまった。
「おい、そこに誰かいるぞ」
完全に気付かれてしまった。もう汗が止まらない。
「2人とも、逃げろ!」
堂島さんの言葉で僕は意識を保つ。そして、一颯さんの手を引っ張り、フロアへの扉を目指して走る。
僕はやはりあの時2人を止めるべきだったんじゃないだろうか。それでも、今自分が置かれている現実は、これだ。僕は、今、自分がすべきことをしなければならないんだ。一颯さんにつらい思いはさせない。絶対にだ。
振り返ると、堂島さんは僕たちの後をついて行きながらも、あの部屋から出てくる男達の様子を窺っている。5人のスーツの男達が既に部屋から出てきてこちらを追いかけてこようとしていた。
走れ。今はとにかく逃げるしかない。あともう少しであの扉だ。
その時、銃声が鳴った。しかし、誰かに当たっているわけではなく、外したようだ。走りながらも振り返ると、堂島さんが走りながら何かを投げている。何も持っていないように見える。いや、あれは……
「いてぇっ! なんだこれは!? 串だと!?」
スーツ男の1人が叫んでいた。見ると、確かに男の手にしっかりと串らしきものが刺さっていた。まさか、堂島さん、この人は串を投げているのか? あの時、串焼き屋を出る前に、この人は串を何本かこっそり持ち出していたのか? このような事態に備えて。なんて人なんだ。
もうあの扉の前だ。ここを抜ければダンスフロアに出る。そうすれば出口もすぐそこだ。頑張れ。頑張れ。
扉を開けると先程と変わらぬ大音量、そして狂ったようにはしゃぎ、踊る男女たち。この人達はみな薬でトリップ状態なのか。いや、今はそんなことを気にしてる場合ではない。まだ走るんだ。
――――どんっ。
周囲の音がうるさくて実際にそんな音は聞こえなかったのだが、僕は何かにぶつかった。見ると、先程の部屋にいた人間とは別のスーツの男が立っていた。スキンヘッドだ。こちらを睨んでいる。
そして、その男は無言で僕を殴った。
「ぐあぁ……っ」
思わず、そんな声が洩れてしまった。痛い。すごく痛い。口の中が切れて血の味が広がる。もう、ここまでなのか。
「こっちの方は風俗店やらクラブとかある方だな。治安はあまりよくないから2人とも俺から離れんなよ」
堂島さんは先程の歓談の場とは違い、真剣な表情をしていた。僕は全く気が進まなかったのだが、堂島さんがこうして気持ちを切り替えて僕らを守ろうとしてくれいるのだから、自分だけがウジウジしていてもしょうがない。
いつ何が起きても対処できるよう気を引き締めて、せめて堂島さんの足を引っ張らないように、もう無様な結果にならないように、やるしかないんだ。前髪さんとのトレーニングをひたすら思い出しながら覚悟を決める。
「こんな賑やかな場所があったんですね。建物がみんなキラキラしています」
一颯さんはあたりを見回しながらそう言った。いわゆる繁華街か。店の前で呼び込みをしている人が多い。念の為かなり距離を空けているが、幸いなことに横沢さんたちの歩くペースは遅いので、見失うことはない。
「ミモザちゃんみたいな純粋な娘は縁がないとこだよな。変なのに捕まらないように気をつけろよ」
あたりにはキャバクラらしき店も多いので一颯さんのような綺麗な女性はすぐにスカウトされてしまうだろうな。それでも声がかからずに済んでいるのは、身長190cmを越える大男がそばにいるためだろう。
「想、もし万が一戦うことになったとしても、無理しない程度にしろよ? お前に何かあったら煉美さんにあの世でぶん殴られちまう」
堂島さんは口角を上げながらそう言った。
「ありがとうございます。でも、少しやれそうな気がするので、自分の身体くらいは自分で守ってみます」
僕がそう言うと、堂島さんは少し驚いたが、すぐにふっと笑った。
「そうか、頼もしいな。1つ俺からアドバイスだ。拳を打つ時は体の下から上へと力の流れを意識するんだ。まず足で踏み込む、その勢いが上に昇っていくのを意識しながら腰に捻りを加えて、上半身でさらに勢いを付けて拳を放つ。足からの流れを殺さずにスムーズにこなすことができれば、いい拳が放てるはずだ」
すごい。ためになる。だが実践するのは難しそうだな。ゆっくりやるわけにもいかないし、瞬発的な動作なのだから。
「ありがとうございます。そんなこと今まで意識してなかったので助かります。やってみます」
頭では無理だと思いながらも口ではそう言ってしまうんだ。と、横沢さん達一行が目的地に到着したのか建物の中に入っていった。ここは……
「クラブだな。おそらくフロアでDJが音楽流して、客は酒飲んで踊ってる場所だ。このまま中に入るが大丈夫か?」
なるほど。横沢さんたちはここでお酒を飲み、鬱憤を晴らそうとしているのか。僕は既に意を決しているので、堂島さんの確認に対して頷いて応えた。そして一颯さんの顔色を窺う。
「私はこんなお店初めてですけど、大丈夫です。行きましょう」
一颯さんは少し緊張した表情をしていたが、それでもその言葉ははきはきしていた。
「肝が据わってるな、ミモザちゃんは。よし、行くぞ。俺から離れんなよ」
堂島さんの言葉とともに僕らは店内へと足を踏み入れた。カウンターで当日の入場料を支払い、短い廊下を進んで突き当たりの重いドアをあける。
その途端、大音量の音楽が耳に飛び込んでくる。ヒップホップに相当するのだろうか、なんだか耳障りだ。
僕は音楽にはそれほど興味がないのだが、姉が好きでよく聴いていた。姉が一人暮らしをしていた部屋にもよく足を運んだのだが、そこで聞かせてもらった音楽に比べると、何というかすごく安っぽく、頭に響かない。建物には響いてるようで常にフロアが揺れているようにも感じる。
暗いフロア内は照明の光が飛び交い、そこを多くの男女がゆらゆら踊っている。こんなにたくさん人が入っていたとは。彼らはやはりアルコールを摂取しているからなのか、異様にテンションが高揚している。今にも服を脱ぎ出してしまいそうなカップルもちらほら目についてしまう。
一颯さんは大丈夫だろうか。先頭を行く堂島さんのTシャツの裾を掴んでいるようだった。僕はその後ろを固めるようについて行く。ここまで大音量の音楽では会話もままならないため、誰も声を掛けることはなかった。
肝心の横沢さん達はどこだろう? 堂島さんの進行方向に視線を向けると、フロアの奥にある扉を空け、別の場所へ行くようだった。どういうことだ。
堂島さんは少し歩くペースを早めたので、踊る人たちの隙間をくぐり抜けながらも僕は必死について行った。
堂島さんは、横沢さん達が通ったドアの所まで辿り着くと慎重にそのドアを開け、ドアの向こうを窺っているようだ。幸いなことに、周りの人達は音楽に夢中で僕らの事など眼中になかった。
堂島さんが手で合図したので僕らはドアの向こうへと進んだ。廊下が伸びており、先ほどのフロアの床と違い黒いカーペットが拡がり、さらに奥にはまた扉があった。
「やつらはあの向こうだ。行くぞ」
堂島さんは小声で呼びかけると、小走りに奥のドアへと向かって行ったので、一颯さんと僕もそれに習って進む。堂島さんはこんな状況でも冷静で慣れている。やはり経験を積んでいるに違いない。
堂島さんは重い扉を慎重に、少しだけ開け、隙間から中を覗きこんだ。僕も恐る恐る覗く。部屋があった。あのクアルトとは違う。リビングのようなくつろげる一室であったが、空気が重い。
部屋の中には何人もの人間がいた。横沢さん達一行5人がこちらに背を向けるように立たされている。
そして横沢さん達の後ろについていたスーツを着崩した男と、4人のスーツを着た男達が中央のテーブルを囲うように立っている。
さらに、横沢さん達と対面する位置に置かれたソファに座る男が1人、恐らく支配人だろう。周りのスーツの男達とは違い背広ではなく柄シャツを着ている。横沢さん達を冷ややかな目で見ている。その男が口を開く。
「それで、カモにしてたやつらには逃げられ、ろくに薬も捌けず、今日で丸1週間なわけだが」
薬!? それは違法な物の事を指し示しているのではないのか。つまり、横沢さん達は薬を売る側の人間だったのか。
「す、すみません。明日は必ず新しいやつ捕まえてくるんで。売り上げも伸ばすんで期待しててください」
あの横沢さんがこんなにも追い詰められ、そして弱々しくなっている。横沢さんも違法ドラッグに手を出してしまったのか。麻薬か、あるいは脱法ハーブ、それとも覚醒剤か。
ひょっとして、このクラブはDJイベントで経営する傍ら、客にドラッグを売っているのだろうか。だからここの客達はあんなにも異様なハイテンションになっていたのか。
こんな事があっていいのか。自分の近くでこのような事態が起きていたなんて。間違いない。これこそ日常に潜む危険、僕が倒すべき敵だ。
「残念だが、お前らにはもう期待していない」
支配人らしき男は目を閉じてため息をはき、そう述べた。すると、周りにいた4人のスーツの男達が打ち合わせていたかのように、横沢さん達の前に立つ。
「ちょっと待ってください! これからはしっかりやりますんで! 今回の事だけは見逃してください」
横沢さんの隣にいた男が泣き出しそうな叫び声を上げた。他の仲間も、嫌だ嫌だと連呼したり、膝を落とす者もいた。
「だめだ。お前らはもう用済みだ。次なぞない」
支配人の冷ややかな言葉を合図にしたのか、横沢さん達の前にいたスーツの男たちは皆一斉に懐から拳銃を出し、なんの躊躇いもなく目の前で泣き崩れる男達の頭を撃った。
4人の男の身体は崩れ落ち、それはもうただの死体と化していた。横沢さんは残されていたが、すぐに目の前にスーツの男が立つ。
「いやだ……いやだ……死にたくない!」
悲痛な願いも虚しく、横沢さんも頭を撃たれ、死んだ。あの、横沢さんが。
拳銃を持つ相手、そんなやつらに敵うのか。震える身体を抑えることで精一杯だ。
「はっ……あ、あ、あぁ……」
一颯さんは堪らず声を洩らしていた。無理もない。あまりにショッキングだ。先程まで楽しく話し合っていた現実はなんだったんだ。今が夢であってほしいと願いたい。しかし、紛れもない現実なんだ。
と、流石に一颯さんの声に気付き、支配人の男はこちらを向き、僕と目が合ってしまった。
「おい、そこに誰かいるぞ」
完全に気付かれてしまった。もう汗が止まらない。
「2人とも、逃げろ!」
堂島さんの言葉で僕は意識を保つ。そして、一颯さんの手を引っ張り、フロアへの扉を目指して走る。
僕はやはりあの時2人を止めるべきだったんじゃないだろうか。それでも、今自分が置かれている現実は、これだ。僕は、今、自分がすべきことをしなければならないんだ。一颯さんにつらい思いはさせない。絶対にだ。
振り返ると、堂島さんは僕たちの後をついて行きながらも、あの部屋から出てくる男達の様子を窺っている。5人のスーツの男達が既に部屋から出てきてこちらを追いかけてこようとしていた。
走れ。今はとにかく逃げるしかない。あともう少しであの扉だ。
その時、銃声が鳴った。しかし、誰かに当たっているわけではなく、外したようだ。走りながらも振り返ると、堂島さんが走りながら何かを投げている。何も持っていないように見える。いや、あれは……
「いてぇっ! なんだこれは!? 串だと!?」
スーツ男の1人が叫んでいた。見ると、確かに男の手にしっかりと串らしきものが刺さっていた。まさか、堂島さん、この人は串を投げているのか? あの時、串焼き屋を出る前に、この人は串を何本かこっそり持ち出していたのか? このような事態に備えて。なんて人なんだ。
もうあの扉の前だ。ここを抜ければダンスフロアに出る。そうすれば出口もすぐそこだ。頑張れ。頑張れ。
扉を開けると先程と変わらぬ大音量、そして狂ったようにはしゃぎ、踊る男女たち。この人達はみな薬でトリップ状態なのか。いや、今はそんなことを気にしてる場合ではない。まだ走るんだ。
――――どんっ。
周囲の音がうるさくて実際にそんな音は聞こえなかったのだが、僕は何かにぶつかった。見ると、先程の部屋にいた人間とは別のスーツの男が立っていた。スキンヘッドだ。こちらを睨んでいる。
そして、その男は無言で僕を殴った。
「ぐあぁ……っ」
思わず、そんな声が洩れてしまった。痛い。すごく痛い。口の中が切れて血の味が広がる。もう、ここまでなのか。
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