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第1章 ディキャピテーション
1-8 堂島 百々丸
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カラオケ店前での乱闘の末、「堂島 百々丸」と名乗った大男は、立ち話もなんだからと、僕らを居酒屋へと誘った。もちろん路上で伸びてる横沢さんたちは放置だ。
僕もちょうどカフェでは飲み物しか頼まず、運動をしたためか、お腹は減っていた。一颯さんに至っては、甘い物は別腹なので、よってご飯もまた別腹という事で快諾した。そして、僕ら2人はお酒を飲めないがそれでもよければと堂島さんにも了承してもらった。
案内されたのは、先ほどのカラオケ店から少し離れた飲み屋街にある串焼き屋であった。
「わぁ、私、串焼き屋さんは初めてなんです! あ、紹介が遅れてしまいましたが、弖寅衣くんの同僚の一颯・ミモザ・ルヴィエと申します」
思い出したように自己紹介した一颯さんだったが、串焼き屋に入店すると目を輝かせて喜んでいたので、堂島さんの配慮には感謝した。
「最初会った時に怖がらせちまったし、ここは俺が奢るからよ。好きなだけ食べてくれ」
席に着くなり堂島さんは景気よくそう言ってくれた。一颯さんきっと遠慮せず食べるだろうけど大丈夫だろうか。
店内はやはり仕事帰りの人たちで賑わっており、四方八方から大声が飛び交っている。
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます。それと、お礼を言うのが遅くなっちゃいましたが、先ほどは助けてくれてありがとうございます」
僕は改めて感謝の言葉を伝えた。周囲が賑やかなので、僕も声を張らないと伝わらないだろうと思い、いつもは出さない声量を出す。堂島さんは愛想のいい笑みを浮かべながら、
「いいってことよ! あいつら弱かったしな! 遠くから見てたけど、想もなかなかいい動きしてたな! やっぱ煉美さんに教わったのか?」
そう聞いてきたので、まぁそんなとこですと気まずく答える。流石につい先ほど夢の中で、謎の男――前髪さんに教わったなんて言えない。
初対面でタメ口、名前の呼び捨てというものは普段ならあまりいい印象を持たないが、なぜだかこの人にならいいかなと思えてしまう。それは助けてもらった恩とは別のものに起因する感情であると確信している。
「さっそく気になってた事を聞きたいんですが、堂島さんは姉さんとはどういう関係で?」
僕の問いかけに対し、堂島さんは苦笑しながら上方に視線を動かした。
「何年前だろな。俺が中1の時だったかな。恥ずかしい話、当時俺はいじめられてたんだ。あん時は集団リンチだったな。そこをたまたま通りかかった煉美さんに助けてもらったんだ。見ず知らずのガキだった俺をな。感謝してもしきれねぇ恩があるんだよ」
そう語ってくれた。僕と同じ境遇だったのか。こんなに体格がよくて、強面で、喧嘩も強いのに。そんな過去のイメージとは全く結びつかない。
思いを巡らせていたら注文したドリンクが届いたので乾杯をした。本日2度目の乾杯。堂島さんはビール、僕はウーロン茶、一颯さんはオレンジジュースだった。
「弖寅衣くんのお姉さん、やっぱり正義の味方だったんですね。すごいなー。私もさっきお姉さんのお話を聞かせてもらったばかりなんですけど、こうしてここにも助けられた人がいるなんて。本当にかっこいいです」
一颯さんべた褒めだな。僕も確かにかっこいいとは思うのだけど、本人に言ったら図に乗って何をやらかすかわからないからな。まぁこの会話も筒抜けなのだろうけど。
「さっき聞いたのか? 2人は恋人同士なんだろ? 違うのか?」
堂島さんは少し困惑気味に聞いてきたが、一颯さんが「恋人」という単語に敏感に反応し、少し頬はピンク色に染まる。
「ち、違います。私たちは会社の同僚で、さっき初めてデート、じゃなかった、カフェで雑談していたとこだったんです」
一颯さんがあからさまに狼狽している。普段のはきはきした彼女からは想像もつかない反応で、僕は少し可笑しくなってしまった。
「あー! 弖寅衣くんなんで笑ってるんですかー!?」
「いや、一颯さんがいつもと違うから」
僕はそう言いながらますます笑いが込み上げてしまった。こんな風に笑うのも久しぶりだな。
「ハハハッ、仲良いな! てっきり付き合ってるように見えたし、声かけちゃまずいかなーとも思ったんだが、それなら声かけて大丈夫だったな。ん? 大丈夫だったん……だよな?」
堂島さんは笑う時も豪快だ。そして太い眉をひそめながら、僕に聞いてきたので少し悩みながら、大丈夫だったんでしょうかね? と疑問形で返してしまう。そして、それを聞いてまた豪快に笑う。
「まぁ、こうやってゆっくり話すことができたんだ! 偶然の出会いに感謝だ!」
堂島さんがそう述べたところで串焼きが届いた。定番の焼き鳥から揚げ物、見たこともないような物までずらりと並んでいた。
「わぁー、いただきます! 牛タンもあるんですねぇ? これはなんでしょう? 砂肝? おいしいです!」
一颯さんはすっかりはしゃいでいた。好みのものから初めて見るものまで、気になったものを手当り次第吟味している。プライベートではこんなにも無遠慮なんだな。いい事だと思う。
堂島さんも流石に一颯さんのペースには予想外だったらしく、手が止まっていた。
「ところで、堂島さんは何の仕事をしているんですか?」
呆気にとられていた堂島さんの意識を戻すためにも、僕は彼自身のことについて知りたくなり質問してみた。僕の予想ではジムトレーナーだったのだが、果たして?
「あ、あぁ、俺か? 俺はここからちょっと離れたとこでイタリアンのシェフやってんだ。今日はさっきちょうど仕事終わったとこで、ブラブラしてたら想たちを見かけたんだ」
シェフ!? その見た目で!? その髪と髭で!? 意外すぎて思わず声に出してしまいそうになった。
「イタリアンのシェフですか? ぜひ一度堂島さんのお店にも行ってみたいです!」
一颯さんが少し身を乗り出し気味になりながら言った。食のことになると敏感になるんだな。
これはあくまで僕の勝手な予想なのだけれど、彼女の家では食事も豪華だったためか、こういった和食や一般人の食事が新鮮に感じるのだろう。
「おう! いいぜ! いつでもいらっしゃい! ほとんど毎日いるからさ」
そう言って堂島さんは店の場所を教えてくれた。駅から近いので仕事帰りにいつでも行けそうだ。
「今まではなんで話しかけてくれなかったんですか? 2、3週間くらい前から尾行していたの堂島さんですよね?」
もっと早く声かけてくれてもよかったのにと思い、気になっていた疑問をぶつけてみた。
「ん? 俺が社会人になった想を初めて見たのは先週だったぞ。それから見かけたのは今日で3回目だ」
どういうことだ。ストーカーに尾行されている感覚はずっと前からあった。2、3回程度という話ではない。それとも僕の思い違いだったのか。とてもそうだとは思えないが、堂島さんが嘘を言っているようにも見えない。
「堂島さん、社会人になる前の弖寅衣くんも知っているんですか?」
僕の過去なんて何もないし聞いたって面白くないですよー。と、口には出さずに堂島さんが何を語るか気になるので見守ることにした。
ストーカーの件については考えてもどうにもならないので、とりあえず今は忘れるしかない。
「あぁ、知ってるよ。ただちゃんと話をしたことはねぇんだ。煉美さんと一緒にいる所にたまたま俺が遭遇して紹介してもらったな。あん時の想は中学に上がったばっかだったかな。今よりもっと大人しかったぞ」
そうだったんですねー、と一颯さんはなぜか楽しそうにしている。中学1年のころか。全く覚えてない。
小学生、中学生の頃、僕は姉に助けられていたおかげで、周りからいじめられる事はなくなったが、その反面友達はできなかった。
周りが姉さんを恐れたため、良くも悪くも近寄る人がいなくなった。しかし、僕自身はそれが悪い事とも悲しい事とも思わなかった。当時から他人に興味はなかったし、自分の人生において必要だとも思ってなかったし、何より放課後は姉さんとばったり会って一緒に帰ることが多かった。
でも、そんな僕が今こうして、2人の人間と交流を深めている。自分でも不思議だし、それに対して嫌悪感などは一切ない。
「昔に比べたらだいぶ明るくなった気はするけど、相変わらず控え目だよな。だから、ちょっと心配になっちまったんだ。最近は夜の街も危ないからな。毎晩おまわりさん走ってるぞ。だから、たまに俺が守りにいくからよ! 何かあったらいつでも呼べ!」
なんて頼もしい人なんだ。お願いしますと僕は堂島さんと連絡先を交換する。と、一颯さんが何か言いたげな様子。
「私でさえまだ弖寅衣くんの連絡先教えてもらってないです。私も知りたいです」
お酒は入っないはずなんだが、場の空気で少し酔ってしまっているのか、少し拗ねてるようにも見えたので僕は少し慌てた。
「あ、はい。言ってくれればいつでも教えましたよ? どうぞ」
連絡先を見せたことで、彼女も安心してくれたらしくお礼を言ってくれた。そしてその彼女の前にはいつの間にか食後のデザートなのか、パフェが置かれている。さっき散々食べていたのに。でも、ここは敢えて触れない方がよさそうだな。
そのパフェを味わいながら幸せそうな笑顔を浮かべていた彼女だったが、ふとその手が止まる。外の方を見たまま固まっている。その視線の先には、つい先ほど会ったばかりの横沢さんたち一行が歩いていた。
「おい、あれさっきのやつらか? 知り合いなんだっけ?」
堂島さんも僕らの視線に気づき、ちらりと外を見ていた。
「はい、うちの会社の先輩です。これが普段からひどい人でして」
僕はなぜか少し小声になってしまった。横沢さんたちは、どうやらこちらには気づいてないようだし、この串焼き屋に入ってくる気配もないので安心しているが、彼らの様子がどこかおかしい。足取りが重く、青白い顔で下を向きながら、とぼとぼと歩いている。
「なんか1人増えてんな。しかも危なそうな奴だ」
堂島さんに言われて気づいたが、確かに1人スーツを着崩した男が後ろについていた。あれは関わってはいけない人種だ。そっとしておこう。
「横沢さんたち、追いましょう。怪しいです」
一颯さん、何を言ってるんだ!? 絶対に危険だそれは。よく見るとさっきまであったパフェをもうすでに平らげていた。
「俺ァ別にかまわねぇよ? なんだか、きな臭い感じだから気になるな。何かあっても2人のことは絶対俺が守るから大丈夫だ」
堂島さんの言葉は心強いのだが、僕は全く気が進まない。
「いや、危険ですよ。関わらない方がいいですって。もう20時過ぎてますし。ね?」
僕は流石に反対した。一番の理由は一颯さんを危険な目に遭わせたくないからだ。
「弖寅衣くん何を言ってるんですか? 今日は金曜日、明日は休みなんだから大丈夫でしょう? それに私、前に横沢さんにストーカーされたことあるんです。なので仕返しです!」
一颯さんやっぱり酔ってるのか!? 僕が見てないとこでお酒飲んでたのかな?
「想、大丈夫だ。俺がいる。何かあったら逃げりゃいいし、なんとかなるって」
2人に説得されて、僕は渋々了承した。堂島さんは手早くお会計を済ませてくれたので、僕はお礼を言いながらも不安な気持ちを拭えなかった。
そして、僕はもうすでに後戻りできない所まで来てしまっていたのだ。長い夜の幕開けは疾うに始まっていたのだ。
僕もちょうどカフェでは飲み物しか頼まず、運動をしたためか、お腹は減っていた。一颯さんに至っては、甘い物は別腹なので、よってご飯もまた別腹という事で快諾した。そして、僕ら2人はお酒を飲めないがそれでもよければと堂島さんにも了承してもらった。
案内されたのは、先ほどのカラオケ店から少し離れた飲み屋街にある串焼き屋であった。
「わぁ、私、串焼き屋さんは初めてなんです! あ、紹介が遅れてしまいましたが、弖寅衣くんの同僚の一颯・ミモザ・ルヴィエと申します」
思い出したように自己紹介した一颯さんだったが、串焼き屋に入店すると目を輝かせて喜んでいたので、堂島さんの配慮には感謝した。
「最初会った時に怖がらせちまったし、ここは俺が奢るからよ。好きなだけ食べてくれ」
席に着くなり堂島さんは景気よくそう言ってくれた。一颯さんきっと遠慮せず食べるだろうけど大丈夫だろうか。
店内はやはり仕事帰りの人たちで賑わっており、四方八方から大声が飛び交っている。
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます。それと、お礼を言うのが遅くなっちゃいましたが、先ほどは助けてくれてありがとうございます」
僕は改めて感謝の言葉を伝えた。周囲が賑やかなので、僕も声を張らないと伝わらないだろうと思い、いつもは出さない声量を出す。堂島さんは愛想のいい笑みを浮かべながら、
「いいってことよ! あいつら弱かったしな! 遠くから見てたけど、想もなかなかいい動きしてたな! やっぱ煉美さんに教わったのか?」
そう聞いてきたので、まぁそんなとこですと気まずく答える。流石につい先ほど夢の中で、謎の男――前髪さんに教わったなんて言えない。
初対面でタメ口、名前の呼び捨てというものは普段ならあまりいい印象を持たないが、なぜだかこの人にならいいかなと思えてしまう。それは助けてもらった恩とは別のものに起因する感情であると確信している。
「さっそく気になってた事を聞きたいんですが、堂島さんは姉さんとはどういう関係で?」
僕の問いかけに対し、堂島さんは苦笑しながら上方に視線を動かした。
「何年前だろな。俺が中1の時だったかな。恥ずかしい話、当時俺はいじめられてたんだ。あん時は集団リンチだったな。そこをたまたま通りかかった煉美さんに助けてもらったんだ。見ず知らずのガキだった俺をな。感謝してもしきれねぇ恩があるんだよ」
そう語ってくれた。僕と同じ境遇だったのか。こんなに体格がよくて、強面で、喧嘩も強いのに。そんな過去のイメージとは全く結びつかない。
思いを巡らせていたら注文したドリンクが届いたので乾杯をした。本日2度目の乾杯。堂島さんはビール、僕はウーロン茶、一颯さんはオレンジジュースだった。
「弖寅衣くんのお姉さん、やっぱり正義の味方だったんですね。すごいなー。私もさっきお姉さんのお話を聞かせてもらったばかりなんですけど、こうしてここにも助けられた人がいるなんて。本当にかっこいいです」
一颯さんべた褒めだな。僕も確かにかっこいいとは思うのだけど、本人に言ったら図に乗って何をやらかすかわからないからな。まぁこの会話も筒抜けなのだろうけど。
「さっき聞いたのか? 2人は恋人同士なんだろ? 違うのか?」
堂島さんは少し困惑気味に聞いてきたが、一颯さんが「恋人」という単語に敏感に反応し、少し頬はピンク色に染まる。
「ち、違います。私たちは会社の同僚で、さっき初めてデート、じゃなかった、カフェで雑談していたとこだったんです」
一颯さんがあからさまに狼狽している。普段のはきはきした彼女からは想像もつかない反応で、僕は少し可笑しくなってしまった。
「あー! 弖寅衣くんなんで笑ってるんですかー!?」
「いや、一颯さんがいつもと違うから」
僕はそう言いながらますます笑いが込み上げてしまった。こんな風に笑うのも久しぶりだな。
「ハハハッ、仲良いな! てっきり付き合ってるように見えたし、声かけちゃまずいかなーとも思ったんだが、それなら声かけて大丈夫だったな。ん? 大丈夫だったん……だよな?」
堂島さんは笑う時も豪快だ。そして太い眉をひそめながら、僕に聞いてきたので少し悩みながら、大丈夫だったんでしょうかね? と疑問形で返してしまう。そして、それを聞いてまた豪快に笑う。
「まぁ、こうやってゆっくり話すことができたんだ! 偶然の出会いに感謝だ!」
堂島さんがそう述べたところで串焼きが届いた。定番の焼き鳥から揚げ物、見たこともないような物までずらりと並んでいた。
「わぁー、いただきます! 牛タンもあるんですねぇ? これはなんでしょう? 砂肝? おいしいです!」
一颯さんはすっかりはしゃいでいた。好みのものから初めて見るものまで、気になったものを手当り次第吟味している。プライベートではこんなにも無遠慮なんだな。いい事だと思う。
堂島さんも流石に一颯さんのペースには予想外だったらしく、手が止まっていた。
「ところで、堂島さんは何の仕事をしているんですか?」
呆気にとられていた堂島さんの意識を戻すためにも、僕は彼自身のことについて知りたくなり質問してみた。僕の予想ではジムトレーナーだったのだが、果たして?
「あ、あぁ、俺か? 俺はここからちょっと離れたとこでイタリアンのシェフやってんだ。今日はさっきちょうど仕事終わったとこで、ブラブラしてたら想たちを見かけたんだ」
シェフ!? その見た目で!? その髪と髭で!? 意外すぎて思わず声に出してしまいそうになった。
「イタリアンのシェフですか? ぜひ一度堂島さんのお店にも行ってみたいです!」
一颯さんが少し身を乗り出し気味になりながら言った。食のことになると敏感になるんだな。
これはあくまで僕の勝手な予想なのだけれど、彼女の家では食事も豪華だったためか、こういった和食や一般人の食事が新鮮に感じるのだろう。
「おう! いいぜ! いつでもいらっしゃい! ほとんど毎日いるからさ」
そう言って堂島さんは店の場所を教えてくれた。駅から近いので仕事帰りにいつでも行けそうだ。
「今まではなんで話しかけてくれなかったんですか? 2、3週間くらい前から尾行していたの堂島さんですよね?」
もっと早く声かけてくれてもよかったのにと思い、気になっていた疑問をぶつけてみた。
「ん? 俺が社会人になった想を初めて見たのは先週だったぞ。それから見かけたのは今日で3回目だ」
どういうことだ。ストーカーに尾行されている感覚はずっと前からあった。2、3回程度という話ではない。それとも僕の思い違いだったのか。とてもそうだとは思えないが、堂島さんが嘘を言っているようにも見えない。
「堂島さん、社会人になる前の弖寅衣くんも知っているんですか?」
僕の過去なんて何もないし聞いたって面白くないですよー。と、口には出さずに堂島さんが何を語るか気になるので見守ることにした。
ストーカーの件については考えてもどうにもならないので、とりあえず今は忘れるしかない。
「あぁ、知ってるよ。ただちゃんと話をしたことはねぇんだ。煉美さんと一緒にいる所にたまたま俺が遭遇して紹介してもらったな。あん時の想は中学に上がったばっかだったかな。今よりもっと大人しかったぞ」
そうだったんですねー、と一颯さんはなぜか楽しそうにしている。中学1年のころか。全く覚えてない。
小学生、中学生の頃、僕は姉に助けられていたおかげで、周りからいじめられる事はなくなったが、その反面友達はできなかった。
周りが姉さんを恐れたため、良くも悪くも近寄る人がいなくなった。しかし、僕自身はそれが悪い事とも悲しい事とも思わなかった。当時から他人に興味はなかったし、自分の人生において必要だとも思ってなかったし、何より放課後は姉さんとばったり会って一緒に帰ることが多かった。
でも、そんな僕が今こうして、2人の人間と交流を深めている。自分でも不思議だし、それに対して嫌悪感などは一切ない。
「昔に比べたらだいぶ明るくなった気はするけど、相変わらず控え目だよな。だから、ちょっと心配になっちまったんだ。最近は夜の街も危ないからな。毎晩おまわりさん走ってるぞ。だから、たまに俺が守りにいくからよ! 何かあったらいつでも呼べ!」
なんて頼もしい人なんだ。お願いしますと僕は堂島さんと連絡先を交換する。と、一颯さんが何か言いたげな様子。
「私でさえまだ弖寅衣くんの連絡先教えてもらってないです。私も知りたいです」
お酒は入っないはずなんだが、場の空気で少し酔ってしまっているのか、少し拗ねてるようにも見えたので僕は少し慌てた。
「あ、はい。言ってくれればいつでも教えましたよ? どうぞ」
連絡先を見せたことで、彼女も安心してくれたらしくお礼を言ってくれた。そしてその彼女の前にはいつの間にか食後のデザートなのか、パフェが置かれている。さっき散々食べていたのに。でも、ここは敢えて触れない方がよさそうだな。
そのパフェを味わいながら幸せそうな笑顔を浮かべていた彼女だったが、ふとその手が止まる。外の方を見たまま固まっている。その視線の先には、つい先ほど会ったばかりの横沢さんたち一行が歩いていた。
「おい、あれさっきのやつらか? 知り合いなんだっけ?」
堂島さんも僕らの視線に気づき、ちらりと外を見ていた。
「はい、うちの会社の先輩です。これが普段からひどい人でして」
僕はなぜか少し小声になってしまった。横沢さんたちは、どうやらこちらには気づいてないようだし、この串焼き屋に入ってくる気配もないので安心しているが、彼らの様子がどこかおかしい。足取りが重く、青白い顔で下を向きながら、とぼとぼと歩いている。
「なんか1人増えてんな。しかも危なそうな奴だ」
堂島さんに言われて気づいたが、確かに1人スーツを着崩した男が後ろについていた。あれは関わってはいけない人種だ。そっとしておこう。
「横沢さんたち、追いましょう。怪しいです」
一颯さん、何を言ってるんだ!? 絶対に危険だそれは。よく見るとさっきまであったパフェをもうすでに平らげていた。
「俺ァ別にかまわねぇよ? なんだか、きな臭い感じだから気になるな。何かあっても2人のことは絶対俺が守るから大丈夫だ」
堂島さんの言葉は心強いのだが、僕は全く気が進まない。
「いや、危険ですよ。関わらない方がいいですって。もう20時過ぎてますし。ね?」
僕は流石に反対した。一番の理由は一颯さんを危険な目に遭わせたくないからだ。
「弖寅衣くん何を言ってるんですか? 今日は金曜日、明日は休みなんだから大丈夫でしょう? それに私、前に横沢さんにストーカーされたことあるんです。なので仕返しです!」
一颯さんやっぱり酔ってるのか!? 僕が見てないとこでお酒飲んでたのかな?
「想、大丈夫だ。俺がいる。何かあったら逃げりゃいいし、なんとかなるって」
2人に説得されて、僕は渋々了承した。堂島さんは手早くお会計を済ませてくれたので、僕はお礼を言いながらも不安な気持ちを拭えなかった。
そして、僕はもうすでに後戻りできない所まで来てしまっていたのだ。長い夜の幕開けは疾うに始まっていたのだ。
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