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第一章

23話 心は雨のち晴れ、そして

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 はああ。ずっとジーンズ生活だったから、お酒入ると何の気なしに脚開いちゃう癖ついてんだ。
 サイテー。
 しかし、見られて苦情言われるとかホント情けない。
 文句言うならまずパンツ発明しろ。

 あ、待てよ。
 それこそ東方の習慣ですっつってパンツ穿いてしまえばいいのかな?
 でもねぇ、それってやっぱり皆との間に壁作ることになっちゃうような気がする。
 あたしが先駆けになって広まっていって、皆も穿くようになってくれればいいけどさ。きっとそんな容易じゃないでしょ。
 パンツ穿く習慣がない人達にとって、密着する布で股間を覆って動き回るのは違和感ありまくりなんじゃなかろうか。


「ふししっ。いかがなしゃいまひた?」
 あたしが意気消沈して部屋から出て来たのを見て、衛兵と談笑していたマドンナさんが心配そうに声を掛けてきた。
「なっ、何でもありません。あはは」
 お酒も抜けきってないし、色んな意味で頭が痛い。散歩でもして気を紛らわせたい。
「あの、城の外をちょっと案内してもらえませんか?」
「ふししっ。お安いご用でしゅ」

 突然後ろで閉じた扉がまた開いた。
 振り向くと伯爵が顔を覗かせた。
「ミチル、忘れていた。伝言がある」
「あっ、はっ、はい?」
「ルクレチアがミチルを今日の午餐に招きたいと言っておる。食事を共にしたいそうだ。二人だけでな」
 伯爵夫人と二人きりの食事?
「ゆっくりと話をしたいのだろう。ルクレチアはミチルのことをいたく気に入った様子であったからな」
 へえっ、そうなんだ。嬉しいな。
「来客用の小食堂を使うと言っておった。マドンナさん、お昼前に案内してやってくれ」
 伯爵はマドンナさんに視線を移して言った。
 おおっ、さすが超古株。使用人でもマドンナさんは伯爵に名前を覚えられている。
「ふししっ。分かりまひた」
「そうそう、私の子供の頃の悪戯なんか、ミチルには話さないでおくれよ」
 伯爵が言う。
 やっぱりマドンナさんは伯爵の子供時代をよく知ってるんだね。
「ふししっ。それは話ひてやってくれという意味ですかにゃ」
「おいおい! かなわないな。ま、ミチル、そういうことだからよろしく頼むよ」
 伯爵は大笑いしながら部屋に引っ込んだ。



 マドンナさんと城の外へ。
 街とは城壁で隔たれた、その中のだだっ広い敷地を散策する。
 空は晴れ渡り、あちこちから働く人達の出す音が聞こえてきた。
 城壁を補修する石工達。水場からは洗濯の音。よく響く鍛冶の音。練兵の掛け声。その他雑多な音。
 様々な建物が見える。多くが小さな小屋だ。各種作業場に調理場、蔵や厩、大きな井戸や池もある。
 マドンナさんがあの小屋では何をやっていて、こっちの小屋では何をと説明してくれる。聞き取りにくいけど。

 取りあえず、すごく興味を惹かれた練兵の様子を見学に行った。
 やってるのは木の柵で丸く囲われた広い空間の中。ほうほう、ふむふむ、大勢がキビキビと動いてるね。
 おお、軽装の少年達が格闘中だ。関節技? おねーさん応援するぞ。
 あ~、指導のおっさんに一人めっちゃ怒鳴られてる。あんなひ弱な体じゃ大変だ。
 つか、あの教官酔っ払ってんじゃないの? 持ってんの酒瓶でしょ。
 お、向こうでは甲冑姿の人らがランスを振るってるね。
 それにフル装備で逆立ちして競争してるグループ、腕相撲して雄叫び上げてるマッチョ達。
 馬に乗って藁の人形に向かいランス構えて突撃していく人達もいる。カッコイイ!
 これ、トーナメント試合みたいのもあるのかなぁ?
 あっ! 侍従のガチムチ三人組もいる! 彼等も練兵に参加してるんだねぇ。
 がんばれー。


「ミチルーーーーーーッ!!」
 どこからかあたしの名を呼ぶ愛らしい声。
 見ると懐かしきチドルが駆けてくるではないか。
 いや、別に懐かしかないか。
 チドルはリードを付けた猫目の子犬を連れている。
 ちゃんとクラシックスタイルの小っこいメイド姿なのが可愛いな。

「チドルぅ! もうお仕事?」
「うんっ! この子のお世話をするのがチドルの仕事だよ」
 チドルは息切らしてあたしの前で立ち止まった。
 猫目の子犬があたしに向かってワニャンワニャンむやみに吠える。
「ちょっとムカつくけど可愛いね。何て名前?」
「伯爵夫人の犬だけど名前はなかったの。だからチドルは勝手にコーギーって呼んでるの」
「そっか。コーギー、お手」
「ワニャン! ワニャン! ワニャン!」
 コーギーは豆柴に似た猫目犬だ。
 チドルの村では毛の長い犬や大きな犬も見かけたから、この世界にも色んな犬種がいるんだろう。
 ん? チドルがやって来た方向からもう一人、別の女の子が走ってくる。
 チドルより小さく七、八歳かな。全力疾走してる様子だけど、足が遅い。あ、こけた。
「アネッタ! 大丈夫?」
 チドルが女の子に駆け寄る。あたしもついて行く。
「ちょっと! 何勝手に走り出つでつか? ダメでつ」
「ゴメンね、アネッタ。友達がいたの」
「この大きいのがお友達でつか。いいけどアネッタでなくアネッタさんと呼ぶでつよ! 言ったでそ、あたちの方が先輩なんでつから」
 俯せに転んだまま見上げて、舌足らずの口調でまくし立てるアネッタ。
 あたしはアネッタを立たせてあげて、メイド服に付いた土をパンパン払った。
「ありがとでつ」
「どういたしまして」
 アネッタはチドルと同じ金髪をレギュラー・スタイルのツインテールにした子だ。先の楽しみな美少女で、チドルと少し似た顔立ちをしている。姉妹と言われれば信じるだろう。
 ただ、表情は癒し顔のチドルに対し、アネッタは勝ち気に見える。
「この子はチドルにお仕事教えてくれてるアネッタだよ」
 チドルが改めてアネッタをあたしに紹介してくれた。
「アネッタさん、でつ」
「アネッタさんだよ」
「うん。よろしくね、アネッタさん」
「アネッタでいいでつ。よろしくお願いいたしまつ」
 アネッタは例のポーズで挨拶をキメた。

 あたしとマドンナさんはチドル達の子犬の散歩に付き合うことにした。
 ちょうどいい。これで心が晴れそうだ。
 子犬のコーギーはもうすっかりチドルに懐いてる。
 でも、あたしには吠える。何でよ。この世界の犬には吠えられっぱなしだよ。
 元の世界では初対面の犬猫にいつも好かれてたのにな。

「そうだ、ミチル! こっち来て」
 いきなりチドルは向きを変え、コーギーを引っ張って今歩いて来た方向へ逆走していった。
「ん? 何」
 何かを思い出した風だ。あたしも後を追う。
「ちょっと! また勝手に走り出つ!」
 アネッタが後ろで憤然と叫び、マドンナさんは急な方向転換について行けずに何かグルグル回り始めた。
 ま、いっか。後からゆっくり来てよ。

 左右を石壁に挟まれた細い道に入り、何度か曲がる。
 戦時の守備を想定してか、城の周りにはわざと入り組んだ作りにされた道があるんだろう。
 やがてまた広い場所に出た。お城の中庭のようだ。
 チドルとコーギーは立ち止まった。
「あれ」
 チドルが指差すのはポツンと建つ立方体の建造物。アパートの六畳間をそのまま切り取って置いたほどの大きさ。
「向こう側に行けば分かるよ」
 言われて回り込むと、その立方体が檻だと気づいた。
 中にいたのは。
「おおう」
 森で伯爵が捕らえた獣だった。
 飼うって言ってたもんなぁ。
 うう、床に食い散らかしてある肉片が人のものではありませんように。
 檻の奥にうずくまっていた巨大な獣は人間が来たので上半身を起こし、唸った。
「グルルルルルル・・・・・・」
「ワニャン! ワニャン! ワニャン!」
 張り合うなよ、コーギー。
 しばらく獣の様子を観察する。ホント怪物。CGじゃないんだよなぁ、これ。
「こいつも名前はついてないんだろうね」
 あたしが聞くとチドルは言った。
「名前ついてるよ。リンリンだって」
「ふ、ふうん。リンリン」
「そっ、それはあたちが教えてあげたことでつ!」
 追いついてきたアネッタがハァハァしながら叫んだ。
 え~、そこはどうでもいいやん。
 それにしてもやっぱりこの獣に睨まれると身震いしちゃう。リンリン。


 お犬様のお散歩が済んだチドル達と別れ、マドンナさんとちょっとおしゃべり。
 子供時代の伯爵は鬼子とあだ名されてたことなんて聞く。
 何しろ幼時から怪力の持ち主。目に余る悪戯を父親に激しく咎められた時には拗ねて、城壁の石の表面を素手のパンチで砕いていき『オヤジのバカ』と刻印したという。
 うお、幼稚だけど恐ろしい。そんな伯爵の馬鹿力はこの世界でもやっぱり規格外扱いの様子。
 で、何かとどうしようもなかった伯爵が父親の戦死を境に変わっていったというから泣けるね。兄弟もいないし、お母さんとは離れて暮らしてるし、責任感に目覚めていったみたい。


 家畜小屋があったので覗いてみた。
「マドンナさん、あれは?」
「ふししっ。牛と羊でしゅね」
 だと思った。そんな感じの動物達だ。

 羊は渦巻き状の角がドリルツインテールそっくりだけど、あとは地球の羊と同じ形状をしている。
 ただ毛の色がカラフルだ。三原色揃ってんの。染めてる? いや、人の髪色の前例がある。
 マドンナさんに聞いてみた。やっぱり三色どころか、めっちゃ沢山の色の羊がこの世界にはいるらしい。
 ひゃあ、便利。この羊から取れるウールは染色する必要がないね。掛け合わせで新色を生み出す羊ブリーダーは花形職の一つらしいよ。

 あと牛。脚の長い豚みたいでした。ただ、ホルスタイン模様と角で一応牛のイメージは保ってるの。
 ここにはいないけど、豚はどんななんだ?



 それにしてもあたし、こんな遊んでる風なのは気が咎める。
 マドンナさんに言ってみた。
「あたし、皿洗いでもお掃除でも出来る仕事があったらやってみたいんですけど」
 マドンナさんはちょっと考え込んだ。
「ふししっ。しょれなら皿洗いを手伝えにゃいか料理長しゃんに聞いてみまひょう」
「ありがとうございます。お願いします」
「ふししっ。厨房にゃらルクレチアしゃまと会食なしゃる食堂とも近いでしゅし」


 そういえば伯爵夫人との会食。
 伯爵の前でお開帳したダメージが癒えてきたら、今度はそっちが心配になってきた。
 あたし、ちゃんと失礼のないよう振る舞えるんだろか。この世界のお食事マナーも厨房で練習させてもらおうかな。
 悩みの種は尽きまじ。

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