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第一章

9話 そんな感じだろうなとは思ってました

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 あたし達はようやく地獄の平原を抜け出た。もう二度と来たくない。
 その後は大きな街道をまた長いこと進む。
 道々、尋ねられるままに東方の英雄や合戦のことなど簡単に話す。伯爵は目を輝かせて聞き入り、唸ってたな。
 まあ、語ったのは三国志とか史記とか、その辺の話ですよ。
 途中、伯爵の太陽石の光が弱まってきて、あたしとチドルはまた石擦りのお仕事に励むこととなった。擦れば擦るほど長持ちするらしい。
 やがて、あたしらは二股に道が分かれた所に行き着いた。

「城はこっちだ」
 伯爵が左の道を指し示した。
 言われなくても、そのずうっと先にあの大きなお城が見える。
「村はこっちだよ」
 チドルは右の道を指す。
「なのでここでいったんお別れだよ。約束した通り二日後の朝に迎えを行かせるから準備を整えておきなさい」
「はいっ!」
 伯爵の言葉に、あたしとチドルは声を揃えて返事した。
 ま、あたしは別に準備することなんてないんだけど。
 
 伯爵はあたしの荷物を見て言ったんだ。
『その中には東方の珍しい物も入っているだろう。金に変えようと狙う不届き者がおるやもしれぬ。城では君の荷に許可なく手を触れてはならぬと厳命を出そう』って。
 あたしの不安を先読みするかのように気を遣ってくれる。
 まさかカイゼル髭のおっさんにキュンとする日が来るとは思ってなかったよ。
 つっても恋心なんてのとは全然違うけど。

 伯爵は獣を肩に担いでここまで歩いてきたにも関わらず、ちっとも疲れた様子はない。
 そのままズンズン左の道を歩調を早めて進んでく。今まではあたしらの足に合わせてくれてたんだなあ。
「行こっ!」
 チドルはあたしの手を取って、右の道へと引っ張った。
 あさっての朝まであたしはチドルの家で過ごすんだ。
 あたし達はチドルの村への道を進む。




 決して豊かそうには見えない古い木造の簡素な家が並ぶ通り。
 その中の小さな一軒がチドルの家だった。
 
 高台の森から眺めた時の感じでは、この一帯の家の数は五十戸もなかったと思う。
 家屋の多くはチドルの家がある辺りに集まっていて、あと何軒かが周りに点在してたかな。
 田畝に囲まれてるから、農民が大多数なんだろうね。共同農地で働くような。
 チドルが住む小さな通りの家には何か記号が描かれた看板を出してるとこもあって、そこは何らかの工商を生業としてそう。
 チドルの話では、この村のような集落が国内各所にあるっぽい。
 都市的な地域は向こうに見える城を囲む、広大な城壁の中。城塞都市ってやつ。
 チドルのお姉さんが妹に語ったという話から想像すると、それなりにちゃんと都市機能を備えている。
 つってもその人口は五千から一万人程度なんじゃないかな。推測だけど。


 チドルの家の中に入れてもらう。入口には布が吊されてるだけ。ドアなんてないよ。
 おじゃましまーす。
 部屋は二つあった。居間兼台所と寝室。
 木製のテーブルは粗末なつくり。あとは椅子に長方形のチェスト。鍋や食器。
 そして、40センチくらいの高さの木枠を組んだ上にシーツを掛けたものがベッドね。木枠の内側にはたぶん干し草かなんか詰まってる。
 壁は漆喰塗り。土の地面をそのまんま固めただけの床には藁が敷かれ、居間には囲炉裏があって家の中は煤だらけ。煙突ないからね。
 んで、覚悟はしてたけど、やっぱりお風呂なんかないのね。ぶっちゃけチドル臭いもん。トイレも桶で用を足すんだって。ま、この世界に来てから野外でしてたわけで、贅沢は言えないね。

 天井からは小さな木製の皿が吊り下げられてた。真ん中に穴が開いてるやつ。
 チドルは持ってた太陽石をその上に乗せる。穴は石が落ちないサイズに調整してあるんだ。室内を照らすにはこれで充分。火を使う照明と違って油は必要ないのでリーズナブル。火事の心配もない。
 こんな風に庶民も普通に使ってるし、このアイテム凄い。暗くなるとろくに何も出来なかった地球の中世ヨーロッパとは違うわ。しかも、太陽石の光にはあたしが心配してたノミ・ダニ・シラミに類する蟲を寄せ付けない効果もあるんだって。素晴らしい!


「ミチルー、お姉ちゃんの服あるから着替えたら? あげるよ」
 チドルが言った。
 それはありがたい。いつまでも人目を引く格好していたくなかったし。
「でもお姉さんの形見だよね? いいの?」
「いいの。お城には持ってけないし」
「そう。じゃ大事に借りとく。いつか返すからチドルが大きくなったら自分で着ればいいよ」
「うんっ!! ミチルはお姉ちゃんと身長あんまり変わらないから丁度いいと思うよ」
「そうなんだ」
「あっ、でも胸はブカブカになるかも」
「・・・・・・・・・」
 ベタだな。

 借りた服でファッションショー。
 お姉さんは都市でお城勤めしてただけあって、垢抜けた服も多少持っている。
 まずは純白のゆったりしたロングワンピース。
 次に上半身はぴっちりとして襟ぐりは開き、腰は締まり、スカートはふんわりな赤いコタルディ。これ勝負服かな?
 修道女が被るようなウィンプルもあるね。
 何かの毛皮の茶色いショールは、干からびた肉片付き。
 他、次々と身に纏ってポーズをキメるとチドルは大喜び。
「似合う、似合うよ。ミチル!」
 で、最後は・・・。
 ん?
「それお城でお仕事する時の制服だよ」
 チドルが説明してくれる。
 へえ。ふーん。

 完全にメイド服です。
 黒のドレスとエプロンドレスとヘッドドレス。
 19世紀ヴィクトリア朝時代の服がなぜかここにあるうー。
 いや、地球の歴史と同じわきゃないから、別にあってもいいんですけどね。
 あと着替える時にパンツとブラをチドルに見られた。すっごく不思議そうにしてた。聞いたら、やっぱりこの世界にパンツは存在しないみたいだ・・・・・・。

 あ、チドルは粗末な服着てるけど、実はお姉さんに買ってもらった可愛らしい服も持っていた。
 着ないでチェストの中に宝物のように大事にしまってあるんだよね。
 気持ちは分かるけど、すぐに成長して着れなくなるぞ。


 あたしはとりあえずベージュの筒型貫頭衣姿で落ち着いた。これが普段着。
 で、夕食だー。チドルが作ってくれた木の実のスープと焼いた玉虫肉。固くて黒いパン。
 木を削った荒い造りのフォーク・スプーン・ナイフがテーブルに並んでる。中世ヨーロッパより進んでるね。手づかみでなくて助かる~。
 玉虫は虫とは思えないボリュームのお肉感で普通に美味しい。ちょっと生前のお姿を見てみたいな。
 食べ終わったらあたし達はもう眠くなってしまってた。疲労困憊なのだ。
「いっぱいお話したいけど、今日はもう寝よ?」
 チドルが言う。
「うん。賛成~」
 あたしが答えると、チドルはさっさと素っ裸に。
 あー、そうきたか。まぁ、知ってた。中世ヨーロッパと同じね。
 しゃーない。
 あたしもすっぽんぽんになる。
 そして、二人で一つのベッドへ。
 枕はない。

 毛織りの掛け布団は薄いけど、身体くっつけてると裸でもあったかいね。
 チドルは妙にもぞもぞ、あたしにしがみついてくるな。
 よしよし。
 やがて可愛い寝息が聞こえてきた。

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