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伝説の勇者は星を見ない
しおりを挟む世の全てを恐怖をもって支配する殺戮王ラズウェル。
彼が覇権を握って以降、人々の苦しみ筆舌に尽くし難く、世界は暗く陰欝な空気に覆われていた。
しかし、数年続いた非道の時代ももしかしたら終焉の時を迎えるかも知れない。
修業を終えた伝説の勇者パーンがラズウェルに決闘を申し込んだのだ。
数多の過酷な戦いを制し、不死身の男と謳われたあの英雄が。
人々の目に希望の光が宿る。
だが、パーンが勝利を得る保証はどこにもない。
それ程にラズウェルは強大なのだ。
部下すら持たずに世界を掌握したラズウェルは恐るべき大魔法使いであった。
ラズウェルはあっさりと決闘を承諾した。
人々が最後の頼みの綱と縋るパーンを葬り去ってしまえば、彼の支配は揺るぎのない強固なものになるに違いないからだ。
負けるわけがないという確信も当然ある。
一方のパーンはせめて相討ちに持ち込めれば上等と、そんな悲壮な決意を胸に秘め決闘に臨む。
ラズウェルが世界を手にした記念日の正午、霊峰フージの麓の大平原で決闘は行われる。
見に行く者などいない。
激甚なる力と力がぶつかり合うのだ。
間近でそのエネルギーに巻き込まれたら命はないであろう。
当日。
太陽は真上。
パーンとラズウェルは平原の真ん中で対峙した。
無骨な鋼の鎧に身を固めた壮年のパーンと、漆黒のローブをゆるりと纏う老いたラズウェル。
「正午きっかりに始めるぞ」
ラズウェルが皺枯れた声で告げると、パーンは重々しく頷く。
時はきた。
二人は無言のままにそれぞれの攻撃を放った。
霊峰フージを遠く囲み、人々は固唾を呑んで決闘の行方を見守る。
遠すぎて何が起こっているのかまでは分からない。
ただ、無数の大小の光球が立て続けに広がり、また火花散るのが見える。
そして遅れて凄まじい轟音が届く。
自然と溢れてくる涙。
いつしか皆胸の前で両手を組み、地に跪いて頭を垂れた。
ラズウェルは思いがけず苦戦を強いられていた。
力業だけだと思っていたパーンが修業によってとんでもない術を身につけていたからだ。
それは瞬間移動の術。
あらゆる命を焼き尽くすラズウェルの光球がその術によってぎりぎり避けられてしまう。
そしてパーンは瞬時に背後に現れ斬りつけてくる。
もちろんラズウェルも瞬間移動は出来るが、光球を放った直後には一瞬の隙が出来るのだ。その隙をパーンは見逃さない。
体を硬化していても伝説の男の刃は防ぎきれなかった。
全くもって誤算であった。
三時間後、遂に決着はついた。
俯せに地に臥すのは血に染まるラズウェル。
仁王立ちでそれを見下ろすのは満身創痍のパーン。
勇者パーンが勝ったのだ。
息も絶え絶えのラズウェルが呟くように言った。
「見事だったな、パーン。だが貴様も無事では済まぬぞ・・・」
パーンは負け惜しみのようなその台詞を一蹴した。
「俺は不死身のパーンと呼ばれてるんだ。こんな傷すぐに治るさ」
ラズウェルはくぐもった嫌な笑いを漏らした。
「くふふ・・・馬鹿め、そんな事ではない」
パーンが眉をひそめる。
「何だ? はっきり言え」
ラズウェルはゆらゆらと首を動かし、少し頭をもたげてパーンの目を見た。
「呪いをかけた」
「何っ?!」
ラズウェルの顔に氷のような笑みが張り付く。
「ふはははは! 貴様の命は日没までだ! 日が沈んだ時、枯れ葉のようにその命は散る」
「はったりを言うな!」
パーンが怒鳴る。
「直ぐに分かる事であろう。わしの命を刈る仇敵にだけかけることが出来る最後の呪いの魔法さ」
思えば稀代の大魔法使いが数時間後にはばれるような幼稚な嘘を口にする訳もない。
真実か! とパーンは悟った。
が、元々相討ち覚悟だったのだ。その通りになっただけ。
夜までの命か・・・・・・。
「夜になるまでは生きていられるのだな?」
傷口を押さえながらパーンは聞いた。
「ああ、それまでに死ぬことはない。せいぜいその間に友人縁者に別れを告げて回るんだな・・・・・・くふっ」
最後に笑いとも嗚咽ともつかない小さな声を漏らしてラズウェルは息絶えた。
決闘から数十年。
世界は長く穏やかな平和に満たされている。
どこかに組織的な悪が現れ世を乱せば、どの国であろうと勇者が駆けつけ、たちまちのうちに平定してしまうからだ。
あの勇者パーンが。
伝説の不死の勇者パーン。
彼は夜にならなければ死なないという。
だからパーンはどの地にあっても黄昏を前に姿を消す。
瞬間移動で昼の時間帯の国へ行くのだ。
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