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村での四日目
第76話
しおりを挟む僕達が広場に近づいていく間も二人の言い合いは止みません。
「おう、上等だっ! ただ強いか弱いかだけが尺度のこの世界、はなっから男も女もねえぜっ!」
一歩も引かないズバンティーヌさん。
「かっ! イキがった分だけ叩きのめされた時にみっともない思いをすることになるんだぜ? 分かってんのか?」
クラッツさんは嘲笑うように言う。
「へえ、つまり、あんたはオレに勝つ自信があるんだな? やってみせてもらおうか!!」
「いいだろう! お望み通り速やかにぶっ殺してやるぁ!」
クラッツさんが木刀を構える。
ズバンティーヌさんも構える。
何てことだ! 今ケガなんかしたらダメだって分かってるはずなのに。
「うおおおおお!!」
クラッツさんが雄叫び、疾風の速さで木刀を打ち込む。
巨体なのに身軽です。
グヮシンッ!!
ズバンティーヌさんが難なく受け止める。
「これが渾身の力かい? ヘナチョコだなぁ!!」
「ナメんなぁぁっ!!」
互いに木刀で押し合ったままクラッツさんの足が上がる。
強烈な前蹴り。
が、瞬時にズバンティーヌさんは後ろに飛びすさってキックは空振り。
「ちっ! 逃げ娘め」
バランスを崩しかけるも直ぐに体勢を整えるクラッツさん。
激しい。広場に行き着いた僕の割って入る隙がありません。
「うりゃああああ!!」
今度はズバンティーヌさんが振りかぶり打ち込んでいく。
こちらも速い。
真っ直ぐ打ち込むと見せて……跳んだ!
高いジャンプ。頭上からクラッツさんの頭を目掛けて振り下ろされる木刀。
ブヮシッ!!
下から繰り出した木刀の先でズバンティーヌさんの一撃を跳ね上げるクラッツさん。
その側頭へ空中のズバンティーヌさんの横からの蹴り。まるで稲妻。
グラディエーターサンダルの爪先を打ち込む。
が、クラッツさんは身を反らし避ける。空振りしたズバンティーヌさんは勢いでくるりと横へ一回転しながら着地。
目を怒らせ睨み合う二人。
ズバンティーヌさんの小さなプレートアーマーは激しく揺れ、浮き上がり、局部がやたらチラチラ見えてしまいます。
言葉を失ったマンドレッドさんは目を背ける。
「バカめがっ!! 色仕掛けで俺の鋼の心が動じるとでも思ってやがんのか?! 浅はかな!」
クラッツさんががなる。
「はぁ? 何の話だぁ!!」
ズバンティーヌさんががなり返す。
その一瞬、僕は二人の間に飛び込みました。
「やめて下さい! 一体どうしたというんです? 何があったのですか?」
僕はあらん限りの声を張り上げました。
「ん……?」
「何……?」
キョトンと動きを止める二人。
「何があったと言われてもな」
クラッツさんが構えを解いて憮然として言う。
「こうなった理由があるでしょう?」
「理由? いいかげん体が鈍るんで実戦的な地稽古をしたかっただけだ。邪魔するんじゃねぇよ」
「そうだぜ? せっかくオレのギガントジャスティスが炸裂するところだったのによ」
ズバンティーヌさんも不機嫌そうに口を尖らせました。
ええっと…………稽古?
「あ……す、すみません……」
何なんですか、もう、これ。人騒がせな。
稽古なら稽古らしくやって欲しい。
あの罵りあいが二人にとっては実戦的なんでしょうか。
マンドレッドさんは行ってしまいましたが、僕は残って二人の剣術稽古を見学させてもらうことにしました。
ハイレベルな攻防を間近で見るのは勉強になります。
「ワン! ワン!」
犬の声。
広場の向こうでは先日の子供達がトルクに似たあの犬、ポンタと遊んでいました。
僕が教えた通りにやっている様子。
「お、お、おい、ダサ仮面!」
いきなり背後からだみ声。
えっ、この声、グリムリンだ! 僕のすぐ後ろにいる
子供達に気を取られていたとはいえ、近づいてくる気配を全く感じなかったなんて。
とにかく来た。やっぱり黙っているはずがない。
「……何ですか?」
僕は振り向き、答えました。
「お前、兄貴となな何かあったのかぁぁ?」
えっ?
この人はカチャトーラからあの事を聞いてない?
「いえ、別に何も?」
僕はとぼけました。
「兄貴……何も言っちゃぁぁくれねぇぇが、やけにお前のこと、気にしてる風に見えるんだなぁぁ」
それなりに観察力はあるようです。
「お前、兄貴の弱みを握ってるのかぁぁ?」
「えっ? そんなことないです」
「弱みを知ってるなら教えろぉぉ!!」
「知りませんって」
いったい何を言ってるんだろう。
「ワン! ワン! ワン!」
ポンタがこちらに向かってまっしぐらに駆けて来る。
僕に気づいたんだ。もう懐いてくれてるなんて嬉しいな。
ワアッ、と子供達もポンタの後に続く。
ポンタを迎えようと体の向きを変えました。
「ああ、ワンコだぁ。かぁかぁかわいいなぁぁぁ」
横でグリムリンがつぶやく。
「こっこ子供が飼い主かぁぁ。元気に駆けてくらあ。かぁわいいなぁぁ」
見上げると、グリムリンは厳つい顔をほころばせ優しげな笑みを浮かべています。
あれっ? この人、意外とカチャトーラとは違って……。
「かっかか飼い主の目の前で可愛がってるペット叩き潰してハラワタぶちまけてやるとよぉぉぉ」
…………え?!
「飼い主の奴ら、みんな決まってぽかんと魂が抜けたようなクソ面白いまぬけ面しやがるんだよなぁぁぁ」
え? え? 何を? 言い出したの?
「そしてすぐに泣きだすのさぁぁ」
グリムリンは微笑んだまま。
「見てぇよなぁぁぁ。まぬけ面から泣き顔への顔面変化ぁ。笑えるからよぉぉぉぉ」
「ワンッ!」
ポンタが僕に飛びついてくる。
しっぽをパタパタ振りながら、僕の太ももに前足を掛ける。
今しがたまで穏やかな空気をまとっていたグリムリンが、突然鋭い殺気を放ちました。
メリケンサックを付けっぱなしにした岩のようなゲンコツをぐいと振り上げる。
そして、猛然と、僕の目の前のポンタに向かって振り下ろしたのです。
うそ。疾い。反応、できない。間に合わない。うそ……。
グシャッ!!
鈍い音。
血がしぶく。
「いいい痛ってえぇぇぇぇぇぇぇ!!」
グリムリンが叫ぶ。
「何やろうとしてんだよ、てめぇ!」
ズバンティーヌさんの凄んだ声。
「クソだな」
クラッツさんの醒めた声。
前方に並ぶ二人の木刀がクロスして、その重なる部分でグリムリンの拳を止めています。
ポンタの頭のすぐ上。
殺気の感知から一瞬でここまで来た。
衝撃によるものか、グリムリンの拳は皮膚が裂け血を噴いている。
木刀がメリケンサックでの強烈な打撃にも耐えて砕けずにいるのは、パンチを受け止めながらうまく力を逃がしているからでしょうか。
すでに息が合っている二人。
「ポ、ポンタ、おいで」
飼い主のアタルくんが怯えた声でポンタを呼び戻しました。
「おおおお、おま、おま、おまえらぁぁぁぁ」
拳を引き、怒りに満ちた声を唸るように吐き出すグリムリン。二人を見やる。
睨み返すクラッツさんとズバンティーヌさん。
木刀を構える。
この二人はおそらくガンプさんの言葉なんか頭の中にないでしょう。
まずい。
空気がピンと張り詰める。
しばらくワナワナしていたグリムリンが急に脱力しました。
そして、クルリと背を向ける。
そのまま黙って去っていきます。
分が悪いと判断したんだ。無軌道に怒りに身を任せるようなことはしない……。
荒い足取りで歩きながらのけ反り、天を仰ぐグリムリン。
「おおおおおおおおおおっっ!!!」
苛立ちの雄叫びが轟き渡る。
「ふんっ! ばぁーか」
グリムリンの背中にズバンティーヌさんは悪態をつく。
「てめぇよ、意外とやるじゃねぇか。何なら女にしてやろうか?」
クラッツさんが表情を変えずに言いました。
「はぁ? 何だ、それ。オレは元から女だっ!! 馬鹿にするなっ!」
子供達には僕が謝りました。
ごまかすのが大変。
みんな離れて行ってしまう。傭兵は恐いと思ったかなあ。
それにしても……。
突然の理不尽な暴力の発動を間近に見ながら、全く動けなかった自分が情けないです……。
道場に戻ると、ラミアさん達が集まっていました。
ドモラに向けて出発した時の最初のメンバーが揃っています。
僕もその中に加わる。
「結局飛び道具を使えるのはトーマと……スカラボさん?」
「そうだねぇ。吹き矢は遠距離は難しいと思うけどさ」
「三十頭くらい来るとして、一人一頭か二頭倒せば何とかなるね!」
「ある程度倒せば残りは村を迂回してくれるんでしたわね」
どうやらワタリ熊との戦い方を話し合っていたようです。
外からイチョウが駆け込んできました。
向こうでゴロゴロしているテンテに近づいていく。
「テンテ、行商の人来たよ」
「行商? おいらに何の用があって?」
「おバカね。別にテンテに用があって来たんじゃないし」
「じゃ、どうでもいいや」
「町で人気の姫色飴も売ってくれるのに」
「何それ?」
「もうっ! とにかく行こっ」
腕を引っ張られていくテンテ。
「行商のマグさんにはお色気通じるから頑張ろっ。いっぱいオマケくれるよ」
「何を頑張るんだよっ!」
「アレン、また子供達と遊びたいわ」
こちらではトリアさんからの誘い。
「あ、いいですね! 行きましょうか。みんな犬と追いかけっこしてましたよ」
さっきの事もあるし、ちゃんと信頼を回復しとかなくちゃ。
応じながら立とうとした時。
「ラミア……」
背中から声。
皆が僕の後方に注目する。
今の声色は……。
振り向くと、やはりスカラボさんが力なく歩いてくるところでした。
「話すことにした」
僕らの側に立ったスカラボさんはボソボソと言いました。
えっ、ついに決心してくれたんだ!
「なら外に出ようか? 他に人が来ないところで話そ」
ラミアさんがそう答えると、全員がいっせいに腰を上げかける。
「待って。あまり何人にも囲まれちゃうと話しにくいよね」
一瞬考えるラミアさん。
「フィンさんと、アレン。一緒に来て」
立ち上がる。
また道場の裏手に向かう僕達。
ラミアさんは横たわる倒木を見つけ腰かけました。
「座って」
スカラボさんの顔を見て、自分の右側を指し示す。
無言でラミアさんと並んで座るスカラボさん。
「フィンさんとアレンも」
「ボクは立ったままで聞くよ」
「あ、僕も立ってます」
倒木に座るラミアさんとスカラボさん。その前に立つ僕とフィンさん。
ラミアさんはガミガミ女の仮面を外しました。
「風が気持ちいいね」
隣りのスカラボさんに顔を向けニッコリ。
「まずは世間話から始める?」
「いえ、単刀直入に、要点を話します」
スカラボさんはそう答えました。
「そっか」
しばらくの沈黙。
深呼吸し、意を決したようにスカラボさんは口を開く。
「私はね、この村に死にに来たんです」
「えっ」
思わず僕は声を上げました。
「どうしてだい?」
フィンさんが聞く。
「贖罪……いや、逃避かな」
「ふぅん。死に逃げ込みたくなるほどのことがあったってわけだね」
スカラボさんは唇を噛んで眉を寄せる。そして、言いました。
「国軍内部のことを聞きたいんですよね?」
「うん」
ラミアさんがうなずく。
「私はあなたの望むような核心に触れる情報なんて持っちゃいない。これからお話することは一介の下っ端兵士の体験談に過ぎません」
「それでいいよ」
スカラボさんはもう一度深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。
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