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村での三日目

第72話

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 第二の男は道場にいる皆を見渡す。
「道着を着てるのがミルクの仲間、他が傭兵か。むさ苦しい男ばっか雇ったな」
 男はふと僕に目を止めました。
「うおおっ! 仮面! 俺と被っとる!!」
「でっ、でも兄貴の仮面の方が断然カッコイイですぜぇぇ」
「そうだな……そうだよな。あいつ服ださいし」
 そう。彼の仮面は僕と同じように口元が見えるタイプですが、前面が猛禽のくちばしを模したように鋭く尖っています。
 そして意匠を凝らした文様が全体に施されていてオシャレなのです。

「あの二人、雑魚くさか言動ばしちょるが強かぞ」
 ガンプさんが小さくつぶやく。
「ああ」
 応じるクラッツさん。
「おっ、おらだって実は気づいてただ……」
 なぜか慌てたように言うドンマルさん。

「説明してや」
 カヤネが促す。
 カヤネの横にヤンマが立つ。

「はいはい、順を追って話すよ?」
 仮面の男が軽やかな口調で話し始めます。
「まずは自己紹介しておこうか。僕はカチャトーラ。こいつはグリムリン。よろしく」
 少し間。
「おいっ!」
 カチャトーラさんが隣りのグリムリンさんの足を蹴る。
「ああ、よ、よろしくぅぅぅ」
「よろしゅう」
 困惑しながら答えるカヤネ。
「さて、君のところのミルクちゃんとお付きの男。いきなりこのグリムリンに喧嘩を売ってきた」
「……武芸者はんの腕試しや。村を守ってくれはる力を持っとんかどうか」
「それは後で聞いたよ。でもそんな理不尽な話があるかい? 挑戦された方はもし負けてケガでもしたらどうなる?」
「相手が弱かったらケガさせんよう言うとるし、できるだけのお詫びもするわ」
「へえ、それはそれは」
「それに武芸者はんなら普段から覚悟持って生きとるはずや。それがなきゃ挑戦に応じへんやろ」
「なるほどね。ま、いいや。グリムリンは楽勝だったしね」
「それでミルクは」
「話の途中だ! 質問するな!!」
「…………」
「グリムリンはねぇ、楽勝だったけどちょっぴりケガしちゃったんだ」
 グリムリンさんの方を見る。
「おい、見せてやれ」
 グリムリンさんはズボンのポケットから左手を抜いて突き出します。
 手の甲に小さな傷痕があるようです。
「ね? これ、治療費と慰謝料が必要だよね? だからまずミルクが持ってたお金は全部その分として貰ったよ」
「そのお金は傭兵代の……」
「うん、傭兵の話も引き受けた。僕らは常にコンビで活動してるから二人で参加するよ」
「それはありがたいんやけど」
「ここまで話したら分かったろ? ぐだぐだ言ってねぇで二人分の傭兵代よこせやっ!」
「お、お金はもうないねん」
 うろたえるカヤネ。
「あのな、俺達ゃ雇われることを承諾して契約はもう成立してるわけ」
 カチャトーラさんは、じっと静かにカヤネを睨みつける。
「だからさ、わざわざこんな片田舎まで足運んできたんだ。手ぶらじゃ帰れねぇよ。分かるだろ? 何とかしないとひどいことになるよ?」

「やれやれ」
 立ち上がりかけたクラッツさんをガンプさんが止めます。
「カヤネ、わしらの分が残っとったろ。くれてやるがよか。そいつらは戦力になるき」
 ガンプさんはカヤネの背に声を掛けました。
 カヤネは困り果てた顔で振り返る。
「で、でも、うちはあれ、最後にちゃんとあんたらに渡すつもりやったんや」
「大丈夫やき」
「それは二人分あるのか?」
 会話を聞いていたカチャトーラさんが口を挟みます。
 マランダの出口で挑戦してきたカヤネが持っていた傭兵代……一人分。
「そ、それは……」
 カヤネは口ごもる。
「あります!」
 僕は立ち上がりました。
「僕と、このガンプさんの分ですから」
「……そうか。ならいいが」
「治療費と慰謝料に取られたお金も傭兵代二人分だったはずですけど、そのくらいのケガでそんなに必要ですか?」
 僕は問いただす。
「見た目より深手なんだよ! なあ?」
「へえ、兄貴! 痛い! 痛いいい」
「しかしよ、あれで二人分の傭兵代かよ。渋いな」
「税を搾り取られて貧乏な村ですから。皆それで承知しています」
「けっ。分かったよ」

 カヤネはポカンと僕を見ています。ヤンマも目を丸くしている。
 カチャトーラさん達を騙すのは悪い気もしましたが、そもそも慰謝料を払う必要があるとは思えません。挑戦時の小さなケガに対する詫び金なんて傭兵代に含まれていると考えるべきでしょう。
 つまりこれで丁度二人分、正規の傭兵代を渡すことになります。

「それでミルクは……」
 話がまとまり、カヤネはすがるようにカチャトーラさんの顔を見る。
 まだ姿を見せないミルクのことが心配でたまらないようです。
「ああ、はいはい。グリムリン、返してやれ」
「へぇ」
 グリムリンさんは背を向け、握っていたロープを引きずり寄せました。
 そして先に結び付けてあったものを持ち上げ、片腕で掲げ、振り向く。
 それは……。

「あっ! ああっ!!」
 カヤネが悲痛な声を上げる。

 縄の先にぶら下げられた女の子。
 両手首を縛り上げられ、首を垂らし力なく揺れている。
 足先からぽたりぽたりと滴る血。
 道着は黄色ですがぼろぼろで、もはや半裸です。
 肌は無惨に擦り切れ、ひどいアザと腫れが露出した全身に広がっています。
 暴行を受け、地面を引きずり回されたんだ。
 幸い馬で引きずられてまではいないようで、気を失っていますが息はある様子。

 でも、でも、あんまりだ。
 あの二人はこういうことを平然と、むしろ楽しんでやる人種なのでしょう。死ぬまで痛めつけなかったのも、単に村まで案内させる必要があったからというだけの事なのかもしれません。

「何てことすんねん!!!」
 カヤネが激昂して声を荒げる。涙声。
「武芸者同士の決闘の結果だ。普段から覚悟持って生きてたんだろ?」
「……………………!!」
「約束は守れよ? 俺達、違約にはうるさいよ?」
 カチャトーラは冷たい目で念を押します。
 グリムリンがミルクをカヤネの前に乱暴に放り投げました。
 取りすがるカヤネ。
 ヤンマがおもむろに身構える。

「年端も行かぬ娘を……むごい!」
 マンドレッドさんが立ち上がる。
 ガンプさんも立つ。
「絶対許せねぇだ!」
 叫んだドンマルさんは勢い余ってつんのめる。
「花は愛でるもの。散らしてどうする」
 いまいましげに呟くブローレンスさん。
「胸くそ悪りぃな……」
 クラッツさんが指をポキポキ鳴らしながら腰を上げます。
 
 ニヤニヤしているカチャトーラをヤンマは睨みつけている様子。
 その背中に殺気が揺らぎ立つ。
 動く。

 いや、いち早くヤンマの背後に駆け寄ったガンプさんがヤンマの腕を掴んで止めています。
「ガンプさん!」
「よせ!」
 一言だけ、鋭く言うガンプさん。
 マンドレッドさんがヤンマの前に出る。
「左様! 拙者らに任せよ!」
 僕も、他の人達も道場の入り口に向かっていく。
「違う! 誰も動くんやなか!」
 ガンプさんが叫ぶ。
 威圧のある声に道場の中は時が止まったかのように静まり返りました。

「先を見るぜよ」
 ガンプさんが穏やかに口を開きます。
「まずヤンマ、それにカヤネも、おんしらではあの二人にゃ全く歯が立たんぞな」
 ちらりとマンドレッドさんの方を見る。
「他の者らはいい勝負するかしれん。やけんど」
 ガンプさん達の方へ向かいかけていた僕達を振り返って見やる。
「素手でやりあっても負傷者は出るやろな」
 ガンプさんはヤンマの腕を離しました。
「わしらの集まった目的は何ぜよ? ワタリ熊を撃退するためじゃろが」
 誰も口を挟めない。
「熊が現れる日も近いやろ。今ケガ人が出るんも、あん二人を叩き出すんも、戦力ダウン以外の何もんでもなか。その分、村の被害が増えるちや」
 ヤンマはもうすっかりうなだれてしまっています。
「分かったら怒りは飲み込んで、とにかくその娘の手当ばするぜよ」

 うなずき、涙を拭いながらカヤネはミルクの腕の縄を解き始めました。
「おしゃべりは済んだかぁい?」
 カチャトーラさんはおどけた調子で言います。
「仲間にしてくれるんなら休ませてもらうよ」
 グリムリンさんと二人、ドヤドヤと入ってきて、横たわるミルクに一瞥もくれずに通りすぎてゆく。
 
「ミルクお姉さん!」
「姉ちゃん!」
「ミルクおねぇ!!」
 凍りついていたイチョウ達道場の四人が一斉に駆け出し、ミルクとカヤネのもとへ。
 僕も向かう。
「ああああん!! 目を開けてぇ!!」
「お姉ちゃん……やだ……」
「いやら、いやら、死んじゃいやら!!」
「そんな、ミルクお姉さん……」
 次々とミルクの周りにくずおれる四人。
「ちょっとごめんね」
 彼らを掻き分け、僕はミルクの状態を確認する。
「呼吸が弱い……。布団を。手当をするから奥に寝かせるよ」
 カヤネが用意をしに、すっ飛んで行きます。
「運ぶのを手伝い申す」
 マンドレッドさんが来てくれました。

 
 ミルクの全身に僕はモーラお婆さんの薬を丁寧に擦り込んでいく。
 念のため沢山貰ってきておいて良かった。それに薬のレシピも受け取っていますので、もしなくなってしまっても大丈夫でしょう。
 膝をついて見守るのはカヤネとヤンマ。他の弟子達四人はカヤネに言われて離れています。
 薬の次はガーゼを当て包帯を巻く。

「どないやろか」
 カヤネが不安げにつぶやきます。
 ヤンマは唇をずっと噛み締めている。
「大きな骨折はなさそうなんだけど、僕は専門家じゃないし……。この子が目覚めた時、どこかに酷い痛みはないか聞いてみないと」
 村に医者はいないのです。メルティさんも医療は畑違いだって言ってましたし。
 もしも内臓に損傷でもあったらまずい。それが心配なのです。
 全身をひどく殴打されていると思われますので……。

「あっ!」
 カヤネが叫びました。
 ふいにミルクが目を開いたのです。
 キョロキョロと眼球だけ動かし周囲を確認している。そして、傍らのカヤネに気がついた様子。
「あ……お姉ちゃん……ごめんなあ……うち、ヘマしたんねん」
 ミルクは謝る。
「言わんとき。それより痛いとこないか?」
 包帯とガーゼに覆われたミルクの顔を覗き込んで聞くカヤネ。
「ん……」
 おもむろにミルクが身を起こします。
「えっ、大丈夫なんか? そんな無理せんとき」
「平気みたいなんやで。別に痛いとこもないねんやんか」
 包帯巻きにされた自分の体を見ながら言う。
 ミルクはそのままひょいと立ち上がりました。
 その行動にカヤネはアワアワと両手を宙に舞わせる。
「ちょっと! ほんまか?? あんなひどいケガやったのに」
「だって、ほら」
 オイッチニ! オイッチニ! と体操を始めるミルク。
 ぽかんと見ているカヤネとヤンマ。そして僕も。

「思ったより浅い傷だったのかなぁ。でも念のため今晩は安静にしててよ」
 僕は言いました。
「分かったんやで。仮面のお兄ちゃん」
 素直にミルクはまた横になる。
「あっ! そや、ミルク。一緒に行った村の若い衆は? ドミオンはんやったな」
 カヤネが聞くとミルクは顔を曇らせました。
「それがすぐにバキバキにのされてもうた。うちが不甲斐ないせいやでねん」
「じゃあ今、ドミオンはんは……」
「まだホドの町にいるはずや。倒れとんのを町の人が運んでくれよってたから手当はしてもらっとる思うねんでん」
「ほうか。熊の件が落ち着いたらお礼持って迎えに行かんとなあ」
 しばらく話しているうちにミルクは寝息をたて始めました。
 ミルクはちょっとおでこでまつ毛の長いパチクリ目。他の子同様、愛らしい顔つきをしたポニーテールの娘です。
 大事に至らなくて本当によかった。

「おおきにな」
 潤ませた瞳でじっと僕の目を見つめながらカヤネが礼を言いました。
「ほんまに、ほんまにおおきに」
「いやっ。僕はたいしたことはしてないんだよ」
「そんなことないさ。そもそもアレンがいなければこんな良い薬も村にはなかったわけだし。本当にありがとう」
 ヤンマも微笑んで言う。感謝されるのは照れ臭くて仕方がありません。
「あっ、薬のレシピを書き写して渡しておくよ。原料はどれも野山や川で採れるものだからレシピがあれば作れるんだ」
 僕が言うと、ヤンマはさらに顔をほころばせました。
「そりゃありがたいなあ! そうだ、シズカさんに薬の使い方やなんかを教わってもらおう」
「シズカさん?」
「リュービさんの婚約者だよ。看護師の経験があるんだ。傭兵集めの決闘でケガした若い衆の手当ても彼女がしてくれてる」
「そうか、適任だね」
「村の人みんな助かるわ。ほんまおおきに」
 言って頭を下げ、カヤネは立ち上がる。
「とりあえずミルクは大丈夫みたいやから、うちは仕事しに行ってくるわ。ヤンマ、あと頼んだで?」
「うん、任せて」


 カヤネが行った後、二人でミルクを見守るヤンマと僕。
「ミルクはカヤネと同じ地方の子なんだね」
 何かむにゃむにゃ言ってるミルクの寝顔を見ながら僕は言いました。
「えっ、違うよ」
 予想外のヤンマの答え。
「あれっ?」
「ああ、ミルクの話し方?」
「うん。カヤネと同じ訛りがあった」
「ははっ、あれはカヤネの真似をしてるのさ」
「えっ! そうだったのか。どうりで何だかちょっと変だった」
「無理して真似てるからかなり変だよ」
「そっ、そっか」
「ミルクはね、僕らの次女なんだ。カヤネのことを凄く尊敬してる」
「そう」
「最初心を閉ざしていたミルクを明るい子にしたのはカヤネだ」
「長女として頑張ったんだね」
「さらに先生が次々と連れて来る妹弟達をてんてこ舞いしながら一生懸命世話するカヤネの背中を、ミルクはずっと見てきた」
「そんな姿を見てたら尊敬するのも当然かな……」
「うん。そしてミルクはカヤネになりたいと思ったのさ。話し方を真似し始め、髪型を同じにした。他にも色々とね。ミルクにとってカヤネは目指すべき理想の女性なんだ」
「そうか……素敵な話だと思う。僕と同年代なのに、まったくカヤネには頭が下がるよ」
「カヤネを嫁にしたくなったろ? 決まりだね」
 突然昨日の話を蒸し返すヤンマ。
「えっ、また。何でそうなるの。カヤネと知り合ってまだ数日だよ? 所帯を持つような歳でもないし、彼女の気持ちもある」
「口説きなよ。ぼくもカヤネの背中を押すから。結婚は早いというなら婚約だけでも構わないさ」
「本気で言ってるの? だいたい僕はこの村に一時的に滞在してるだけなんだよ」
「村を立つ時にカヤネを連れてけばいいよ」
「そんなことしたら道場のみんなが困るよね」
「その時は、その時こそミルクがカヤネになるよ」
「…………ヤンマは何で会ったばかりの僕をそんなに買ってるの?」
「う~ん、そうだねぇ……アレンは何というか、普通じゃない。一目でそう感じた」
「えっ、そりゃまぁ、こんなだし」
 僕は自分の顔を指差しました。
「そういう意味じゃないよ。うまく言えない。……まぁ、直感だよ」
「適当だなぁ」
「とにかくさ、カヤネはアレンと一緒にいれば幸せになれるよ、きっと」
「…………」
「どうしたの? 黙っちゃって」
「ヤンマは意外と人を見る目がないね」
 僕なんか……。
 ヤンマは僕のことを何も知らない。
「何でそう思う? ブローレンスさんを連れてきたから?」
「いやいや、そうじゃなくて!」

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