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村での二日目

第66話

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 道場へ近付くと、他の外にいた人達が次々と中へ入っていくのが見えます。
 皆どうも入口で誰かに話しかけられているみたい。
 最後に戻ったのは僕達のようです。

「こんにちは! 初めまして」
 開け放たれた扉の向こうから声を掛けられました。
「イケメン!」
 メルティさんが声を上げる。
「あは。カヤネの弟子のヤンマです」
 あ、まだ戻ってなかった二人のうちの一人。
「ヤンマたん、他のお弟子さん達より年上?」
「はい。カヤネよりたぶん上ですし」
「たぶん?? なのに弟子なのっ?」
「ええ。カヤネより後にスマイル先生に拾われましたから」
「ふぅん。あちきはメルティだよ!」
「僕はアレンです」
「お二人ともよろしくお願いします。村のために来ていただいて感謝いたします」
 深々と頭を下げるヤンマさん。
 ウェーブのかかった明るい栗色の髪を持つ涼しげな笑顔の少年。
 確かにイケメンです。背も僕よりけっこう高い。
 道着は緑色で端正に着こなしています。
 頭を上げた時に額に掛かった髪をさらりとかきあげる仕草が様になっている。
「ぷぷっ」
 そこでなぜか吹き出すメルティさん。

 道場の中からカヤネが近づいてきました。
「なぁ、ヤンマ」
「ん? 何だい?」
「あの人本当に大丈夫なんか?」
 カヤネが少し振り向いて視線を向けた先。道場の隅。
 げっそり痩せた男の人が膝を抱えてうずくまっています。よれよれの町着。手入れをしてなさそうな長い灰色の髪。
 ヤンマさんが連れてきた傭兵さんなのでしょう。
「何かずっとブツブツ言うてんで?」
「うん。シャイなんだね」
「そういうレベルか? 強いん?」
「うーん、戦ってないから分かんないけど」
「おい」
「でもかなりの戦力になるはずだよ」
「ほんまか?」
「毒の吹き矢を使うんだ」

 ヤンマさんは事の成り行きを話し始めました。
 それによると最初に目をつけた武芸者に挑んだヤンマさんは負け、この人ならと傭兵の件を持ちかけました。
 が、武芸者はけんもほろろに断った。それどころかヤンマさんが持っていたお金だけを奪おうと襲いかかってきたといいます。
 ヤンマさんは敵わなかった相手です。あわやというところで、しかし、武芸者は突然倒れて気を失ってしまった。
 何が起こったのか分からず呆然としているヤンマさんの前に、野次馬の輪の中から進み出てきて立ったのがあの痩せた男の人。
 そして、金はいらないから自分を傭兵として村に連れていってくれと頼んできたというのです。
 男の人が武芸者を倒すのに使ったのが吹き矢。

「その時は即効性の麻酔薬を矢に塗ってたらしいけどね。猛獣を殺せる毒だって使えるっていうんだ」
 ちょっと得意げにヤンマさんは言います。
「へえ、そないか。過去におらんかったタイプやな。でも何で金目的でもなく志願してくれはったんやろ」
 ちらりと僕の顔を見るカヤネ。目が合うとフンと顔をそらす。
「それは聞いても教えてくれないけど……。元国軍兵らしいから、話を聞いて義勇の心に火がついたのかな?」
 ヤンマさんが首を捻ってそう答えると、カヤネも首を傾ける。
「どっちかというと萎れてる感じやけどなあ」

 ちょっと待って。
 元……国軍兵?

「ま、もう一人は分かりやすいわ。つわものやな」
 もう一人? あ、お金が浮いたのでヤンマさんはもう一人雇ってきたんだ。それで遅くなったのかな。
「うひゃひゃひゃひゃひゃ! またわし様の勝ちじゃ」
「ちきしょうっ! これじゃ貰った傭兵代がなくなっちまう!」
 奥から大声が聞こえてきました。


 中に入った僕とメルティさんは、ラミアさん達がたむろしている中に加わり座りました。
「アレン! もう、捜したのにどこいたのよ? 女連れて」
 ふくれっ面をするトリアさん。
「えっ、ガンプさん達と剣の稽古を」
「それは知ってるわ。その時は邪魔しちゃ悪いと思って声を掛けなかったのよ」
「えっと、その後は村をぶらぶらして、それから……」
 何で僕は細かく行動を報告しているのでしょう。
「尻に敷かれてるの?」
 イチョウが言う。
「そんなことない」
 なぜかラミアさんが答える。
 ルキナさんとトーマさんが顔を見合わせました。
「ズバンヌたん、賭けすごろくをやってんの?」
 奥を見てつぶやくメルティさん。
 そう、ヤンマさんが雇ってきたらしき新顔さんとズバンティーヌさんが、すごろくの盤を前に向き合ってサイコロを振っているのです。
 ガンプさん、フィンさん、それに他の男の人達が周りで見物している。あとテンテもいる。

「姉ちゃん、金がのうなったら体で払ってもええぞ? あんた好みじゃ。うひゃひゃ」
「無理! マゾン族結婚まで処女守る」
「じゃ結婚しよう」
「………………」
 黙り込んで真っ赤になるズバンティーヌさん。
「ぷぷっ」
 吹き出すメルティさん。
「体で払えって! 体で払えって!」
 嬉しそうに反応するイチョウ。

 新顔さんはズバンティーヌさんに求婚するような歳には見えません。
 老武芸者といったおもむきなのです。
 ただ老いてもたくましい体。
 右目に黒い眼帯。左目からは離れていても分かる生き生きとした眼光を放つ。
 日に焼けた浅黒い顔にも、たくし上げた袖からのぞく太い腕にも残る多くの傷痕。その左手には包帯。
 歴戦のつわものに違いないでしょう。
 髪は真っ白ですが豊かで長く伸ばし、カラフルなビーズをいくつも付けています。
 そして、同じく白い口ひげもフサフサと垂れている。
 背筋をしゃんと伸ばして正座をし、丈の長い土色のコートの裾は床に広がる。
 コートの下は伊達な開襟シャツとズボン。派手なストールを腰に巻いている様子。
 あぐらをかいて姿勢を崩した九分九厘裸のズバンティーヌさんとは対照的です。
「ぶひゃっひゃっひゃっ!! 今度もわし様の勝ちじゃ!」
 笑い声は下品ですけど。

「やめやめ! もうやめる!」
 ズバンティーヌさんがわめいて立ち上がりました。
「何じゃ、せっかく良い眺めじゃったのに」
「何が?」
 言って答えを待たずにドスドスとこちらに向かってくるズバンティーヌさん。
 見物人の中にいるマンドレッドさんは顔をしかめています。
「よし! 次は俺がやる!」
 名乗りを上げたのはクラッツさん。
「男とはやらん」
 老武芸者さんはそっぽを向きました。
「何いっ! なぜだっ!」
「お主っ! お前っ! わし様に抱かれたいのかっ?! わしゃ嫌じゃ」
「体で払わせるの前提かっ!!」
「じゃ、おいらがやるっ!」
 テンテ……。分かっているのでしょうか。
「ふぅむ。微妙じゃな。三年後に抱かれると証文を書くならよかろう」
 顎をさすりながら目を細め答える老武芸者さん。
 ルキナさんが跳ぶように立ち上がってテンテの方に向かいました。
 入れ違いにズバンティーヌさんが来て、イチョウの横に乱暴にお尻を落としてあぐらをかきます。

「くそう! ひらひらがいっぱい付いた豪華なドレスを買うつもりだったのに」
 悔しそうに頭を掻きむしるズバンティーヌさん。
「ズバンヌくんは野の花を胸のアーマーに挿すだけで素敵なレディーになるよ!」
 トーマさんが歯をきらめかせて微笑みながら言いました。
 わっ、臆面もなくこんなこと言うんだ。そういえば女性に人気があるのでした。
 ラミアさん命の人だから下心なんかないナチュラルな発言なんでしょうけど。
「へげっ? そ、そうか?」
 再び真っ赤になるズバンティーヌさん。
 メルティさんは笑いをこらえています。
 プレートアーマーがまた浮いたズバンティーヌさんの股間をじっと覗き込んでいたイチョウが顔を上げて聞く。
「あての腕くらいなら入りそう?」
「あ? 何の話だ?」
「それは無理さ。きっと小さな天使だってこじ開けるのに苦労するよ!」
 イチョウもトーマさんも何を言っているのでしょう。
 
 テンテを引っ張ってルキナさんが戻ってきました。
「教育に悪い環境ですわ」
「あの霊山の小屋だって相当だったでしょ」と、トリアさん。
 僕は立ち上がりました。
「新しくきた傭兵さんに挨拶してきます」

 賭けすごろくの見物人達は散り、老武芸者さんはつまんなそうにしています。
 僕が横に立つと顔を上げる。
「男とはやらんと言ったじゃろ。それとも仮面の下は女か? 乳がないぞ?」
「えっ、いえ、あの、挨拶に」
「挨拶だあ?」
 気のない声。
「はい。一緒にワタリ熊と戦うアレンです。力を合わせて頑張りましょう」
「そやの。ブローレンスじゃ。向こうにいる女、一人分けてくれるか?」
 肘から先に分厚く包帯を巻いた左腕をトリアさん達の方に向ける。
 包帯はこぶしを握った状態で巻きつけてあるようで、腕の先は丸くなっています。
「ええっ、僕にはそんな力は……」
 僕はぶるぶる首を振りました。
「そうか、じゃあな。行っていいぞ」
「え、あ、はい」

 引き返しながら僕はもう一人の新入りさんの所にも行くかどうか迷いました。
 なにしろ隅っこの壁際に身を縮めて顔を伏せている元国軍兵さんは、あからさまに人を拒絶するオーラを発散しているからです。
 でも、挨拶だけ。
 僕は思い切って彼の方へ足を向けました。

「あの、こんにちは」
 話し掛けると元国軍兵さんは両膝の上で組んだ腕の中に顔を埋めたまま、ピクリと肩だけ動かしました。
 聞き取れない小声で何やらボソボソつぶやいていたのが止まる。
「今回の傭兵仲間となるアレンです。よろしくお願いします」
「…………スカラボです……よろしく…………」
 ああ、よかった。顔は上げないけど答えてくれた。
「おらはドン・マルチネスというだ。よろしくお願いするだよ」
 背後からの声に少し驚きました。いつの間にかドンマルさんも来ていたようです。
「あんたは国軍にいたと聞いただよ。辞めた事情は色々あるだろうから聞かねぇだ。おら、ただ国軍に入りたいだで、その辺のこと教えて貰えるとありがてぇだ」
 スカラボさんは黙っています。
「まず入隊するにはどうしたらいいだかね? 手続きする役所があるだか? 保証人は必要なんだべか? 所属する部隊は希望が通るのかどうなのか。おらドモラ平定軍に入りてぇだ。第二希望はラミア軍討伐で」
 容赦なく話しかけるドンマルさん。スカラボさんの両肩がぷるぷると震え始めました。

「あー、あの、すみません」
 ヤンマさんが大股でやってきました。
「その人はそっとしておいてあげてもらえませんか? えーっと、その、戦いに備えて精神統一なさっているところなので」
「えっ、そうだっただか。そら悪いことしただ」
 頭を掻きながらきびすを返すドンマルさん。
 僕もその後に続きました。
「……国軍になんて……入るな……」
 背中からスカラボさんがつぶやく微かな、小さな声。僕には確かに聞こえました。

「お前ぇ! まぁだそんな事言ってやがんのか?」
 大声でクラッツさんがドンマルさんに突っ掛かってくる。
「正義の心が揺らぐわけねぇだ」
「馬鹿やろう! この村の今の状況だって治安隊がやることやらねぇからこうなったんだろうが」
「治安隊は職務が変わったんだべ? 国軍は国軍だ」
「熊退治なんざ国軍がやったっていいんだよ! その気になりゃあな」
「賊が暴れるから手が回んねぇだ。賊のせいだべ」
「てめぇっ! だからっ! くそっ!」
「来年はおらが国軍を率いて熊を追っ払いにこの村に来るだよ!」
「つっこみどころが豊富だなっ!!」
 もう皆はやれやれという顔をするだけで特には反応しません。

「お待たせやーー!!」
 ヤンマさんと話した後はそのまま道場を出ていっていたカヤネが、大皿を手に戻ってきました。
 村の女の人達もそれぞれ膳や鍋や食器を持って入ってくる。
 そして、それぞれ傭兵達のもとへ食事を運ぶ。
「おおっ、娘さん、ここに座りんさい。一緒に食べよ」
 ブローレンスさんの生き生きとした声が聞こえてきます。
 配膳に来た気の弱そうな若い女の人の腕を掴んでいる。
「わっ、私はっ……こ、困り」
 しどろもどろの小さな声。ぐいぐい引っ張られてしまう。
「わし様は年寄りじゃで歯が弱いんじゃ。あんたが咀嚼したものを口移ししてくれんと食えん」
 ……何を言ってるんでしょう。
 あの人、相当なくせ者のようです。

「バニヤンはんも起きやーー!!」
 元気なカヤネの声に、いびきをかいて寝ていたバニヤンさんが身じろぎします。
 ニトロが鍋を持って僕達の方に来ました。
「あ……いた。さぼってる……」
 イチョウの顔を見て言う。
 カヤネが振り向きました。
「ほんまや。いないと思ったら」
「テンテだってさぼってるもん」
 イチョウが開き直りました。
「ええっ! おいらもう、もてなす側なの?!」
 驚いてキョロキョロし始めるテンテ。

「手伝いに来た! 私が!」
 聞き覚えのある声。
 マライヤさんが膳を持って入り口から現れ、走ってくる。
「あっ、あんたはやらんでええて!」
 カヤネが叫ぶ。
 次の瞬間、マライヤさんは転んで膳の上のお椀や皿をクラッツさんとドンマルさんに向けて飛ばし、二人の争いに終止符を打ちました。
「おおっ! パンツ見えたぞ」
 ブローレンスさんの嬉しそうな声。

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