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フルト村

第63話

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「あー、ようやっと一段落ついたわぁ」
 言いながら道場に入ってきたのはカヤネ。そして、ツブラ。
「もう今日はヤンマとミルクは帰ってきそうにあらへんなぁ」

「さっきはどもども! 釜虫、尿に浸けといてくれた?」
 メルティさんがカヤネに声を掛けます。
 二人はもう行き合っていたようです。
「何や知らんがやっといたで。あれ、えろうくっさいな」
「そこが魅力よねー!」
「ほうか?」

「おーい! リーダー、つまみはもうねぇのか?!」
 クラッツさんがわめく。
「あちゃ、酒飲んどるん? 今日の食べもんはもう終いやで」
 答えるカヤネ。
 こちらを見やったクラッツさんと目が合いました。
「おうっ、仮面の小僧! そっちにつまみになりそうなもんはあるか?」
「え、あ、漬け物が少し残ってます」
「さっさと持ってこいや! 愚図が」
「はっ、はいっ」
「飲むのはその辺にしときよ。そろそろ寝る時間や。明かりは節約せんといかん」
 カヤネが鋭く言います。
「早えぇなぁ!」
 クラッツさんは不満げな声を漏らす。
「別に外うろつくのは自由やで」

 カヤネは道場の隅にある大きな櫃を開けました。
「じゃ、ツブラ、イチョウ、ニトロ、みんなに毛布配るで」
「あい」
「はぁ~い」
「……はい」

「おお、ようやくゆっくり眠れるのう」
 嬉しそうに言うバニヤンさん。
「あっ、あんたようやく起きてはったんか。て、また寝るんかい!」
「うん」
「食事持って来るさかい、ちゃんと食べてからにし!」
「あるんじゃねぇか、食いもん!」
 クラッツさんの文句をカヤネは無視。


 やがて夜も更けると食器は片付けられ、明かりを消して皆は毛布にくるまり床に横になりました。
 カヤネ達道場組は集まって眠り、傭兵の人達はてんでんばらばらに。
 ラミアグループは道場の一角にひと固まり。
 ガンプさんだけは道場にあった木刀を借りて、素振りをしに外へ出て行きました。

「クラッツのことなんだけどさ」
 フィンさんがボソボソとラミアさんに話しかけます。
「うん?」
 ラミアさんの声色からは関心の高さが窺える。
「ラミア軍に参加するために王都方面に向かってたらしいよ。また穀物庫襲撃でもあれば飛んでいくつもりだって」
「そうなんだ」
 嬉しげな反応をするラミアさん。
「ワタリ熊の件が片付いたら正体明かして声掛けてみるかい?」
「そうね……そうしよう!」
 ドモラへの道中で頼もしい戦力が増えていくのはありがたいことです。
 収容所襲撃という、当初は予定になかったミッションを成功させなければなりませんから。



 目が覚めました。
 朝は近そうですが、窓の外はまだ薄暗い。
 あれ? どこかから掛け声が? 
 そんな感じの人声が断続的に聞こえてきます。
 何だろう?
 僕は絡みつくトリアさんの腕をそっと外し、身を起こしました。
 見回すと皆まだ寝ています。

 音を立てないように外へ出る。
 そして、威勢のいい声のする方へと歩いていきました。
 やがて見えてきた光景。僕はすぐに納得しました。
 大きな広場でカヤネと四人の弟子達が並んで武闘術の型の稽古をしているのです。

「早くから精が出るね」
 近づいていって僕は声を掛けました。
「お、もう起きたんか?」
 突きと蹴りの動作を止めずにカヤネが答えます。
「日課やねん。今は道場使えへんから外でやっとんのや」
「なるほどね。僕も一緒にやっていい?」
「ええで」

 僕は彼らに並び、同じような動きで素早い突きと蹴りを繰り返し始めました。
「やあっ! やあっ! やあっ!」
 これは単調だけど休みなく続けるのでけっこうハードです。
「やあっ! やあっ! やあっ! やあっ!」
 時間が経つにつれ、ついていくのが辛くなってきました。
 僕ってスタミナがないのでしょうか。カヤネ達は僕が来る前からやっているのに。
 もっとも横目に見る皆の表情は苦しそうです。
 やがて遠くの山の肩から朝日が顔を覗かせる。

「はい、終了やー」
 カヤネがパンパンと手の平を打ちます。
 ホッとしました。
「みんなは傭兵はんの朝食作る手伝いに行ってやー」
「はーい!」
 四人の弟子達は大きな煙突の突き出た建物に向かって駆けていく。
「他の皆はんもそろそろ起きてくる頃やろか」
 道場の方へ歩き出すカヤネを僕は追います。

「なぁ、あんた」
 振り向いたカヤネが話し掛けてきました。
「アレンだよ。何?」
「あんた、アレンも前線でワタリ熊と戦うつもりなんか?」
「もちろんさ! 頑張るよ」
「やめとき」
「えっ?!」
「無理や。死ぬで。やめとき。戦い始まったら村人達と一緒に奥におりや」
「だっ、大丈夫だよ。頼りなく見えるかも知れないけどさ!」
「バカにして言うてんとちゃうで? 口先だけの傭兵はんが死んでくの見んのつらいねん」
「口先だけって……バカにしてるよ」
「細かいこと言わんとき。アレンはあかんて」
 そうはっきり言われるとさすがに堪えます。
「……何でそう思うの? 僕だけ?」
「あんな、アレンと一緒におるお姉ちゃん達な、みんな普通やない。見た目に反して中身は猛獣やで。正体隠すの上手やからクラッツはんなんか気付いてへんみたいやけど。だから、お姉ちゃん達はむやみに命落とすようなことはないと思うねん」
「僕は……?」
「アレンはさっきの型見た感じやと確かに身体能力は優れとんな。一つ一つの動きが速さに重さを兼ね備えとった。自信持つのは分かるで? でもやな、中身が乙女やねん」
「乙女て!」
「優しすぎて闘争心ないやろ? 致命的やで」
「そんなことないよ。僕のこと何も知らないくせに」
「その仮面も……火傷の痕を隠してんのもあるやろけど、むしろ優しい顔でナメられんようハッタリかましとるんとちゃうん?」
「違うよ。全部君の憶測と思い込みじゃないか。根拠がないよ」
「うちな、初対面の武芸者はんでもな、その人の本質っぽいのはすぐに感じ取れるようなったんや。たくさんの武芸者はん見てきたからやろな。武の極みや」
「そこまで極めてないよね? そんな曖昧な根拠で決めつけるの?」
「アレンはやな、殺し合いの真っ最中に敵に対して、このおっちゃんには家で待ちわびる幼い娘がいるんやなかろか、なんて勝手に想像してもたもたするタイプや」
「それじゃ本当に馬鹿だよ。そもそも相手は熊だし」
「そんでも多分一瞬の鈍りがあるはずや。それが致命的なんや」

 そうなんでしょうか。
 確かに僕は人どころか動物の命すら直接奪ったことはありません。
 でもホゾンの害竜退治には加わったし、人に危害を加える獣相手にカヤネが言うほど逡巡するとは思えない。

「とにかく大丈夫だから心配しないで! 村を守る力になるから!」
 どう大丈夫なのかはうまく説明できないので、とりあえずそう言うので精一杯。
「自分の命も大事やて」
「大丈夫だから大丈夫。もう黙って」
「なんやて、せっかく言うたってんのに! アホ! 強情っぱり! 身のほど知らず!」
 とうとう悪態をついてくるカヤネ。
「何だい! その時になったら僕のすごいとこ見せてやるから!」
「どう見せてくれんねん」
「無傷でワタリ熊を倒してみせるよ」
「ナメとんな。ワタリ熊一頭で屈強な男四~五人分の戦力持っとるんや。甘くみたらあかん」
「分かってるって!」
「分かっとらん。ワタリ熊は肉が固いねんで。並の力と技じゃ皮膚の表面しか斬れへん!」
「トーフのように斬ってやるさ」
 つい意地になって、自分らしくないセリフを吐き散らしてしまいました。
 真剣を使ったこともないのに。
「そんなん言うんやったらな、うちと」
「おはよう、カヤネ」
 突然の声にびっくり。
 道沿いに立つ前方の木の陰からツイっと女の人が出てくる。
「わっ、たまげた。マライヤか、いきなりやな」
 カヤネも虚を衝かれたようです。
「そうよ。現れたわ! 私が!」
「せやな」
「で、カヤネのくせに何を朝からイチャイチャしていたのかしら?」
「イチャイチャなんてしとるかい。メチャメチャ揉めとったとこや」
「それは誰?」
 女の人は腰に左手を当て、のけ反りながら真っすぐ伸ばした右手で僕を指差す。
 通常長い野良着のスカートを大胆な超ミニスカにした、派手やかな顔つきの僕らと同年代の子です。髪は外ハネのロングで、彩色した木の実のビーズネックレスをいくつも首に掛け、腕輪、指輪をやたらとつけている。
 道場の外で初めて出会った村の人。
 でもなんか中途半端に村っぽくない人。

「傭兵のアレンはんや」
 カヤネは僕を紹介してくれました。
「よ、よろしくお願いします」
 僕は頭を下げる。
「マライヤには関わらん方がええで。ただの変人やさかい」
 カヤネが溜め息つきそうな顔で言うと、マライヤという名の女性はポーズを崩さないまま僕を差していた指を少しずらしてカヤネの方に向けました。
「何ですって! カヤネ、私に関する虚偽の悪評を流して何も知らないよそ者に先入観を植え付けるのはやめてちょうだい! 卑怯よ! 悪質よ!」
 早口でまくし立てるマライヤさん。
「悪かったわ」
 カヤネが謝るとマライヤさんはようやく右手を下ろしました。
「武力ではあなたが上でも女子力では私の方がはるかに高みにあることを忘れないで欲しいわ!」
「で、何で朝早うからそんなとこにおったんや?」
「お菓子を作ったからあなたにあげようと思って待ち伏せしてたのよ! モーニングクッキーよ」
 マライヤさんが左手に持っていた小さな包みを差し出します。
「ほうか、おおきに」
 受け取るカヤネ。
「それを食べながら女子力の絶望的な落差に打ちひしがれるといいわ! ホホホホ」
 言いながらクルリと背を向け、マライヤさんは歩き出そうとして……派手に転びました。
「あっ!」
 思わず僕は叫びましたが、カヤネは特に動じません。
 四つん這いになったまま振り向き、マライヤさんは鋭く言う。
「パンツ見えた?!」
「見えたで。ていうか、まだ見えとるから早よ立ちいな」
 マライヤさんは無言のまま立ち上がると、おもむろに駆けだしました。
「お、覚えてらっしゃい!」
 捨て台詞を残して去ってゆく。

「何を覚えてろ言うねん。パンツの色か?」
 ぶつぶつ呟くカヤネ。
 貰ったクッキーを両手の平で丸く包み込み、僕の方を見る。
「マライヤはうちと同い年の村の娘やけど、一方的にライバル視してくんねん」
「た、大変だね」
「うちはもう厨房に向かうわ。アレンは皆はんの毛布の片付けしといてくれんか?」
「うん、やっとくよ。行っといで」
「あ、さっきの話はまだ終わってへんで」
「しつこいな、もう」
「何やて!」
 それぞれの行き先に向かうか口論を続けるか、迷ってお互いその場で足踏みしてしまう僕達。
「仕事が先や」
「仕事が先だよ」
 同時に言う。

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