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疑惑
第53話
しおりを挟むあの女性軍人、隙がない。手練れのようです。
テンテの暗器も難なく弾かれるでしょう。少し距離があるので飛び掛かることもできません。
対して彼女にとってユニの命を奪うのはたやすい。一瞬で済んでしまう。
僕はテンテをちらりと横目で見ました。
どうする? 暴れる?
抵抗を再開したら、その時点でユニの命はないかもしれない。
でも、このままむざむざ僕らが殺されてやる選択肢は有り得ません。
女性軍人の顔を睨みつけたまま黙り込むテンテ。
その頬を涙が伝っていく。
テンテ……。
胸が痛む。
雲が月を隠し、地面に落ちた松明の火は弱々しい。
暗い。
どうしたらいい。
縄を手にした猟師達が警戒しながらもじりじりと近づいてくる。
ザワッ。
女性軍人の右手、少し離れて立つ大木の茂みが揺れました。
瞬間、白い塊が跳び出し僕の視界を横切って軍人に向かい一直線。矢のように宙を飛ぶ。
それが何なのか、目にした後わずかに遅れて認識しました。
あれはラミアさん!
仮面と短靴以外、身につけているものは何もありません。
雲の切れ間から差し込む月光。夜空に浮かび上がる素っ裸の身体。
なぜ裸?
脚を揃えたドロップキックの型をとるその裸体の、躍動する筋肉が目に焼き付く。
美しい。でも何か、違和感。
女性軍人が振り向きます。
その顔面に爪先が直撃するかと思われた寸前、軍人はかろうじてのけ反り、鋭いキックを躱しました。
見事な反射神経。
が、その瞬間ラミアさんは脚を開いて軍人の顔を股間へ通し、太股で挟み込んで自分の身体を下へ捻って半回転させたのです。
女性軍人の足が地面から離れる。
回転しながら宙に浮いた軍人の体は脱力していて、首への衝撃で既に気を失っているように思われました。
二人はもつれあって地面に倒れ込む。
素早く体を起こして後ろに跳ね、身構えるラミアさん。
が、女性軍人はうつぶせに横たわったまま動かない。
とっくに駆け出していたテンテはもうユニを抱きしめています。
直後、背中の弓に手を掛けた猟師に僕は飛びつき、地面に押さえ付けました。
「ラッ、ガミガミ女さん!」
中年軍人が剣を振りかぶってラミアさんの斜め後方から襲い掛かっていくのに気付き、僕は叫ぶ。
ラミアさんは高速の後ろ回し蹴りで振り下ろされかけた軍人の手の剣の柄を下から弾く。
剣はくるくる回りながら雲間から顔を出した月に重なり、木々の向こうへ飛んでいきました。
「きさまっ! み、見えたぞ!」
軍人ががなる。
「えっ! な、何が?」
狼狽するラミアさん。
雲は再び月光を遮る。
姿勢を低くした猟師が突進し、山刀を下から振り上げる。
ひらりと下がって難なく躱したラミアさんは、股間を片手で覆いながら飛び膝蹴りを猟師の顎にキメます。
その隙を狙って後ろから強襲してきた別の猟師。
ラミアさんはくるんと横に回って猟師を前へとやり過ごし、その背を蹴っ飛ばす。
体勢を崩しながら振り向いた相手の喉へ痛烈なラリアット。かくんと両膝を突く猟師。
薄い暗闇にほの白く、鋭く舞う裸体。
まるで妖美な夜の精霊のように見える。
「何なんだ、お前はぁ!!」
中年軍人が地団駄を踏みます。
「もういい……」
声を発したのは女性軍人。
目覚めて身を起こすところです。
「僕をこんな目に遭わせるなんて只者じゃない。もう任務は果たしてユニコーンの角は手に入れたんだ。欲をかいて怪我するなど馬鹿馬鹿しい」
「ぬ、ぬうう」
中年軍人は悔しそうに唸り、僕達を睨んだまま横に歩いて距離を取っていきました。起き上がってそれに付き従う猟師達。
僕は押さえ付けていた猟師を解放します。テンテに手を貫かれた猟師も続く。
「これで済むと思うなよ! 貴様らは国に盾突いたんだ!」
中年軍人は捨て台詞を吐き、身を翻しました。
松明を拾い持った猟師を先頭に足早に向かう先は、僕達が来た方向とは違います。あちらに登山道があるのでしょう。
「そういうことだ。顔を隠してたって一人は身バレしてる。夜明けまでの命と覚悟しておくといいな」
首をさすりながら女性軍人もそう言い残し、最後に去っていきました。
「何よ、あいつら」
松明が去り頼りない月明かりだけになった中、木々の茂みの下の暗がりに立つラミアさんが呟きます。
仮面を脱いで包帯の顔になる。
「あ、あの、何で裸……?」
僕は聞きました。
「えっ、だ、だって、途中で木の枝にバスタオルが引っ掛かっちゃって……」
ラミアさんの話によると、僕が温泉から駆け出した後ラミアさんもすぐに僕の後を追おうとしたらしいのです。
でも濡れた体で服を素早く着れない。何しろタイトな皮のツナギ服ですから。
それでじれったくなって体にバスタオルだけ巻いて飛び出してきたと。
そして追いついて樹上に隠れ、裸のまま出ていくかどうか悩んでいたところに僕達のピンチが訪れたということのようです。
とにかく助かりました。
「うわあああん!! ちくしょうっ! わあああん!!」
向こうでテンテの泣き声。
ユニコーンの亡骸にとりすがっています。テンテの横には寂しそうに寄り添うユニ。
その場所は月光が木々の茂みに遮られることなく届いています。
何だか悲しく幻想的な空間。
僕は歩いて行き、側にしゃがんでユニコーンの体を診てみました。
致命傷がいくつもある。
完全に死んでいます。何もできない……。
「テンテなの? 何があったの?」
突然の声。
振り向くと僕達の来た方角から木々を抜けて何人もがこちらの野辺に入って来る。
僕は声の方に足を向けて進みました。
「トリアさん? 近くに来てたなんて全然気がつきませんでした」
「アレンもいますのね。何事か争っているようでしたけど、状況が分からないので気配を消して来たのですわ」
今度はルキナさんの声。
手に持つランタンに明かりが灯される。
その後ろにフィンさんもトーマさんもガンプさんも皆います。
「あっ!」
小さな叫び。
振り向くと……。
ラミアさんが裸身を明かりに照らされて立ちすくんでいました。
「ラミア……ちゃん?」
搾り出すようなルキナさんの掠れ声。
「いっ、いやあああっ!!」
ラミアさんは絶叫して腰を落とし、その場にうずくまりました。
顔を伏せてしまう。
ラミアさん……皆に、裸の身体を見られてしまった。
絶対に見られたくなかった姿を……。
一瞬白く浮かび上がった古代の彫像のような裸体は僕の目にも強烈な印象を残しました。
「…………!」
この時、僕はようやく違和感の正体を覚ったのです。
やってきた五人は硬直しています。
僕も、言葉を口に出せない。
混乱してしまって何を言えばいいのか分からない。
ラミアさんは両手で肩を抱いて小刻みに震えています。
「み、見ないで…………」
泣いて、いる?
ああ、どれだけのショックを受けたことでしょう。
ルキナさんとトーマさんが同時に凄い勢いで鼻血を噴き出しました。
フィンさんとガンプさんはラミアさんに目が釘付け。
「ちょっと! デリカシーないわね。殿方はあっち向いて! ……ルキナもあっち向いた方がいいのかしら?」
トリアさんがピシリと言い、他の皆は慌ててラミアさんに背を向けます。
「アレン、説明して?」
語調を和らげ、トリアさんは僕に聞いてきました。
僕はかい摘まんでいきさつを語ります。
聞いてトリアさんが振り向き視線を送った先。横たわるユニコーンの傍らでテンテがユニを抱いて泣き続けています。
「大丈夫かしら……」
トリアさんはゆっくりとそちらに向かって歩いていきました。
「綺麗だ……と、とても綺麗だ……思ってた通り、女神だ……」
トーマさんがあっちを向いたままこうべを垂れて肩を震わせブツブツ言っています。
「お、お黙りっ!」
ルキナさんが黙らせて、くるりとこちらを振り向きました。
「わたくしはもう落ち着きましたわ」
ラミアさんの方へ歩いてゆく。
「ラミアちゃん、これを」
ルキナさんは自分の僧衣のような長い服を脱いで、しゃがみ込むラミアさんの肩にそっと掛けます。
そのためルキナさんは下着姿になってしまいました。
この時、ルキナさんがお腹の真ん中に大きな魔方陣のような意匠のタトゥーを入れていることを僕は初めて知りました。
「立てますかしら?」
ルキナさんに言われ、ラミアさんはしゃくりあげながらゆっくりと立ち上がります。
ラミアさんを支えながらルキナさんはテンテの方を見やる。
トリアさんがテンテと一緒に泣いています。
「アレン、ラミアちゃんをお願いいたしますわ」
「あっ、はっ、はい」
ルキナさんはランタンを僕に渡してテンテの方へ。
僕がラミアさんの傍らに立つと、ラミアさんはちらりと僕の顔を見て、そしてまた目を伏せる。
かろうじて泣き止んでいるけど、目にはいっぱい涙を溜めていました。
かわいそうに……。
僕はその耳元に口を寄せ、静かに囁き、教えてあげました。
「ラミアさん、身体のアバタが、全部綺麗に消えてます……」
弾かれたように頭を上げて再び僕の顔を見るラミアさん。
激しく瞼をしばたかせる。
溜まった涙が飛び散ります。
「え?」
それだけ言って自分の身体に視線を落とす。
叫びそうになったのか、口許を手の平で覆いました。
今度は瞬きもせずそのまま固まってしまう。
白い、つるりと滑らかな美しい肌。
僕だって夢を見ているみたいです。
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