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ホウライ山
第50話
しおりを挟むガンプさんの様子を気の毒そうに眺めながらフィンさんがお師様に問います。
「アナタ毒の調合に長けてるようだけど、イサナミ流には毒術も含まれるの?」
「ん、いや。そこはまず自分の話をせんとな」
「というと?」
「我輩は元々裏社会に生きる暗殺稼業の人間でな。特に毒物の扱いに関しては業界一であったろう」
「へえ! 興味深いね。それがなぜイサナミ流に?」
「イサナミ流は多くの暗殺術の源流になっておるからの。仕事柄興味を持つのは当然。そこへたまたまイサナミ流の子孫が現存して技を今に伝えておることを知った」
「それで探し出して会いに来たんだ」
「うむ。そして、ご当主であったテンテのお父上に一目惚れしたよ。オーラが違う。それで弟子にしてくれと頼み込んだ」
「当主はよく人殺しなんか弟子にしたね」
「いや、むしろ人殺しならばこそだったのではないかと考える。修業するうちに拙者は暗殺の生業を恥ずかしく思うようになったのだから」
「なるほど……。真の武でアナタの心を浄化したってとこかな」
「そんなとこだな。まだ幼いテンテと一緒に修業したわ」
「それからずっとここにいるんだね」
「いや、ある日のこと、仮免許皆伝だ帰れと言われた。拙者の内面の変化を見て取って、もう大丈夫だと思われたのであろう」
「あれっ? じゃ、いったん山から出たの?」
「離れておったのは半年ほどの間だったがな。堅気の仕事をしたことがない我輩だ、もう町では暮らせずまた戻ってきてしもうた。それが8年前のこと」
「大疫禍の年」
「そう。お師匠様はすでに近くの集落の者から感染してご夫婦ともども伏しておられた。それで我輩は死の床のお師匠様にテンテのことを頼まれたわけよ」
「で、テンテへの教えをアナタが引き継いだわけね」
「そうだ。まぁ、正直言ってイサナミ流は何十年も学んだわけではない付け焼き刃だからして、得意の暗殺術メインに教えたが」
「…………」
顔を見合わせるフィンさんとガンプさん。
そもそもいい話風に語ってますけど、この人、お師匠様から託されたテンテを人買いに売ってるんですからわけ分かりません。
結局イサナミ流に関しては特に大きな収穫はなく終わりそうです。
もう日が暮れます。
僕達一行はテンテの家の横で一晩を明かすことになりました。
地面にゴザを何枚も敷いて、木の枝に天幕を張り巡らす。全員が寝転べる部屋的な空間の出来上がりです。
テンテが色々と案内してくれます。
「流し的な場所は裏の小川のそばにあるよ。便所的な場所も同じだよ。あと風呂はあそこを少し登ってけば温泉があるから。美肌温泉らしいからお姉ちゃん達にはいいかもね!」
テンテが指差す先には、上に登っていけるよう簡易な狭い階段が設えられていました。土を段を付けて固め、木の枝で補強したものです。
「ありがとう。その服、可愛いらしいですわね」
ルキナさんがテンテの格好を見て目を細めます。
テンテは変わった上着を羽織ってきていたのです。
その服は胸骨までの短い丈でノンショルダー、前面は編み上げです。そして両袖の幅が広く、指先まで完全に隠してしまう長さ。
その布地は艶やかな幾何学模様の刺繍で彩られています。
ちょっとダブついてますが、確かに素敵です。
「てへへ。母ちゃんの形見なんだい」
テンテは照れた様子で袖をひらひらさせます。
天幕を張った庭の端っこでガンプさんが太い木の枝を振り始めました。鍛練を怠らないのでしょう。
その姿を見て、ふと思い立つ。
「アレェン、一緒に温泉入りに行きましょ?」
トリアさんが誘ってくれましたが、僕は頭を下げ断りました。
「すみません。是非やっておかなければならないことを思いつきましたので……」
トリアさん、そ、そんな哀しそうな顔しないで。
それにしても異性と一緒に入浴することに抵抗がないのでしょうか。
王宮では幼児の頃から男女別々でしたので戸惑います。
もちろん庶民の間でも混浴が普通というわけではなさそうなのですけど。
まぁ、トリアさんに関しては最初の出会いの時に彼女は平然と素っ裸で目の前にいたわけで、もともと気にしない人なのかも知れません。
さて、今やるべきこと。
僕は適度な大きさの木の枝を見つけ、握りしめるとガンプさんのもとへ歩み寄り声を掛けました。
「ガンプさん、お願いがあります」
「ん? なんじゃ?」
枝を振る手を休めず、ガンプさんは答えました。
「僕に剣の稽古をつけてもらえませんか?」
剣術はもちろん、かつてアルゴス卿に厳しく叩き込まれています。
けれどブランクがある。
僕は害竜の一件で思ったのです。自分の中の剣術の記憶を呼び起こしておかなければ、と。
「むふっ。よかよ」
ガンプさんはニヤリと笑い、快諾してくれました。
打ち合い続けてどれだけの時間が経ったことでしょう。
極限まで集中していました。
ホゥ……ホゥ……。
あっ! あれは。
フクロウの鳴き声にふと我に返る。
もう真夜中だ。空は晴れ、丸い月は明るい。
ガンプさんも手を止めました。
「もう終わりにするぜよ。さすがにくたびれたきに」
「はっ、はい。こんな時間まで付き合わせてしまってすみません」
恐縮する僕。
「いや、わしも久し振りにいい汗かいたちや。おんしは思いがけず鋭い太刀筋ばしとるのう?」
ガンプさんは唸るように言いました。
「え、ありがとうございます。昔よい先生に師事したことがありまして」
「ほうか。鋭く端正な正統派の動きに荒ぶる野生味を加えたアルゴス流ってやつじゃの」
「へぇ! そんな名で呼ばれてるんですね……」
「聞いちょらんのか? 難しゅうて熟練の者はそうはおらんがや。おんしはまだまだ伸び代のあるごたるし、場数ば踏めばいずれわしも苦戦しゆうろう」
「いえっ、そこまでは! とんでもないですよ、僕なんか。……ところで温泉行きませんか? 汗がすごいですし」
「わしゃの、風呂は好かんきに。このまま寝るぜよ」
「そ、そうですか」
どうりでちょっと、その、臭います。
天幕の中ではもうみんな寝静まっているようです。
ガンプさんもその中に入ってゆく。
僕は一人で湯を浴びることにして、石鹸一つ持ってテンテが教えてくれた階段に向かいました。
長い急な階段を登りきると、木々の向こうに湯気が立ち上っているのが月に照らされ見えました。
そちらに向かい、人の足で踏み固められた道を歩いていく。
やがて岩場に出ると、立て掛けられた藁むしろに囲まれた一角が目に入りました。
あの中に入浴用の温泉があるようです。
その手前には同じく藁むしろで囲んだ小さなスペースが二つ並んでいます。
むしろには荒々しい字でそれぞれ脱衣所・男、脱衣所・女と記してある。
更に脱衣所・女の字の下に貼り紙。『お師様 使用禁止』と書いてあります。
二人の日常を何となく想像しながら、僕は男用の脱衣所の中に入りました。
籠が置いてあったので、その中に脱いだ服を畳んで入れる。
そうして僕は温泉の入り口のむしろを持ち上げ、潜り抜けました。
山の夜は裸になるとけっこう冷える。
汗ももう冷たい。早くお湯の中へ。
ポチャン、と水音。
えっ?
何?
まさか。
湯煙の向こうに……人影?
だ、誰かいる。
こんな遅くに、湯に浸かっている。
目が合いました。
その人は……。
黒い包帯を顔に巻いたまま、肩まで湯の中に沈めたラミアさん。
驚いて目を見開いているような気がします。
「……アレン?」
「あうあっ! すっ、すみませぇん!」
僕はひっくり返った声で謝ると、体を翻しました。
その背中に声が飛んでくる。
「待って!」
「はっ、はい?」
僕は立ち止まり、ラミアさんに背中を向けたまま固まります。
沈黙。
長い静寂。
ホゥ……ホゥ……。
またフクロウが鳴いている。
「……風邪引くよ。一緒に、入ろ?」
意を決したような、か細い声でラミアさんが言いました。
「えっ、でっ、でも」
困惑する僕。
「いいからっ。入ろっ!」
今度はじれったそうに言うラミアさん。
これは、何だか逃げられない。
「は、はい……」
僕も腹を決め、股間を手で覆い隠すと深呼吸して体を反転させました。
ちょうど月が雲で陰っている。
ザアアッ。
湯音を立てて突然ラミアさんは立ち上がりました。
太股から上があらわになる。
「わあっ!」
驚いて目を逸らす僕。
「ダメ。見て。目を逸らさずによく見てよ」
「え……でも……」
その声に困惑しながら、僕は、視線を戻す。
湯気に包まれたラミアさんの身体。
そのシルエット。
古代の女神の彫刻のように、完璧に整った曲線に彩られ美しい。
チャプ、チャプ。
水音立てて、ラミアさんが僕の方へ向かって湯の中を歩いてきました。
何も隠すことなく近づいてくる。
雲が流れ、温泉場は少し明るくなります。
僕は目を見張りました。
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