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追い剥ぎ街道
第45話
しおりを挟むそれにしても随分と長く森が続く。
それなりに道は広いのですが、両側には間近に茂みや木々が迫り、確かに賊にとってはいくらでも身を隠せて仕事がしやすそうな場所に思えます。
「この森は広大でね、貧民街の森とも繋がってるよ」
ラミアさんが周囲を見回しながら言いました。
人と行き会ったのでラミアさんは警戒してまた仮面を被っています。
「えっ、じゃあぼくらの街から森を通ってここまで来ることもできたんですね?」
僕が言うと、フィンさんが笑い出しました。
「あはは。それができればそうしてるよぉ」
「それもそうですよね。人や馬が通れるような道がないのかな」
「まぁ、ここや貧民街の森は大森林の周辺部でしかないからね。奥に入って行けば行くほど歩くのも容易でなくなってくるけど……問題はそこじゃないよ」
「え? と言いますと?」
「巨大な森の中心部は原始林で、そこは神域なのさ。人が行ってはならない禁忌の場所」
「そうか、その神域に入らないと森経由での行き来は出来ないわけですね?」
「そういうこと。神域を避けて森を通り抜けるのは障害が多くてほぼ不可能だね」
思い出しました。
僕の祖先でもある初代王が神と契約を交わした地が神域と呼ばれる所です。
伝説として聞いていた話の舞台となった場所。それが今も特定されて伝わってるんだ、こんな身近に。
「太古の禁忌が今でも忠実に守られているんですね」
しみじみとした気持ちになって言いました。
それにしてもシニカルなところがあるフィンさんが、古い禁忌を決して馬鹿にしている風ではないのがちょっと意外でした。
「だってさあ、守るも何も、神域の中に入って真っすぐ進んでるつもりなのに、いつの間にか外の元の場所に戻ってきちゃうんだから。何度やっても同じ。ムキになってチャレンジしたことあるんだよ」
「えっ、それは不思議ですね」
「ま、中には神域に入っていったきり二度と戻らない者もいるね。どっちかだよ。神域に入れないか、神域の中で消えちゃうか」
「へえ、ちょっと怪談めいてますね。消えてしまった人達はどうなったんでしょう?」
答えがあるとも思えませんが、僕は聞いてみました。
「森の人に出くわして、食われちゃったのかもねぇ」
本気とも冗談ともつかないフィンさんの笑み。
「神域に森の人?」
「いるらしいよ、たくさん。昔から言い伝えがあるね。神域に迷い込んだ若い女の話とか。森の人の嫁になることで食われずに済み、隙を見て里に逃げ帰ってくるんだよ。で、その女が行方不明になったのは実は百年以上も前で、いきさつを語り終えると同時に骨になって朽ちたってやつ」
フィンさんが語ったのはポピュラーなお伽話で、僕も乳母に聞かされたものです。
登場する森の人は野生の人とも野人とも呼ばれます。
男は顔以外、女は顔と乳房以外の全身が長い毛で覆われ、裸で生活する人。人ではあるのですが、一切の文明を持ちません。
お伽話の中の悪役としてはドルーカと並び立つ存在だと言えます。
自然の脅威を象徴するようなキャラクターで、うっかり彼らの領域に迷い込んだ主人公は理不尽な暴力で酷い目に遭わされる。
何しろ簡単に素手で人を八つ裂きにする腕力を持っているのです。
でも森の人には知恵がないので、主人公は科学の知識でうまいこと出し抜いて生還する。そんなパターンのストーリーも定番です。
そういえば、自然であるが故に彼らは神に愛されているという話もありました。
神域にいるという説はそんなところから出てきたのでしょう。
そうだ、でもドルーカは現実にいました。
森の人の話も、ただの迷信と笑うわけにはいかないのかも知れません……。
「そろそろ森を抜けるわよ。あそこを曲がったら後は真っ直ぐ行って森を出るだけ」
トリアさんが大木を指差しながら教えてくれました。
平和な追い剥ぎ街道ももうすぐ終わり。結局賊とは遭わずに済むようです。
僕達は大木に視界を遮られた曲がり道を進んでゆく。
曲がりきって視界が開けた時、ショッキングな光景が目に飛び込んできました。
「また人が倒れてるね!」
トーマさんの語調には少し警戒の色が伺えます。
少し先の路上にうつぶせになってぴくりとも動かないその人は髪の長い女性です。
しかも、何も身につけていない。裸体でした。
透き通るような白い肌がなまめかしく黒い地面に張り付いている。
乱れた蒼い髪は扇状に広がり、周囲には複数の足あとが争った跡のように不規則に入り乱れ残っています。
賊に襲われた?
僕は馬を降り走ってゆく。
今度は皆もすぐに続きました。
僕は女性の横に膝を突き、呼吸と脈を確認しました。
生きている。外傷もなさそうです。熱があるわけでもない。
「気を失っているだけのようですわね」
僕の向かいにしゃがんだルキナさんが女性を仰向けにひっくり返します。
皆が見ている前で無造作に仰向けに……。
勢いで開きかけた脚を僕は閉じてあげました。
ルキナさんは軽く女性の頬を叩く。
「もしもし」
女性がうっすらと目を開けます。
八の字眉の幸薄そうな顔立ちの美人さん。細い身体がはかなげです。
「気が付きましたか? 何があったんです?」
僕は聞きました。
女性はハッと目を見開き半身を起こしました。
「追い剥ぎが……。身ぐるみ剥がされてしまいました」
泣いたり喚いたりと取り乱すことはなく、意外と落ち着いています。
物を奪われただけで暴行は受けていない様子なのは不幸中の幸いでしょうか。
「賊は?」
僕の後ろに立ったフィンさんが聞きます。
「森を出て逃げて行きました。私は……すぐに目の前が真っ暗になって……後のことは分かりません」
「ショックで貧血を起こしたのかもしれませんね。体を温めなくちゃ」
トリアさんが毛布を持ってきてくれたので、それで女性の体を包みました。
「どこに行くところだったんですか? 送って行きますよ。それにお金も奪われたでしょうから……」
僕のお金を差し上げますと言おうとして、言葉に詰まりました。
さっきの老人に全部上げてしまったんだった。
「いえ、お金はほとんど奪われておりません」
女性は思いがけないことを言います。
「えっ、でも、こんな状態で」
「犬を連れておりましたので、お金の袋をくわえさせて茂みの奥へ走らせたんです。……ほら、戻ってきました」
ガサガサと音がして道沿いの深い茂みから、おとなしそうな大型犬が顔を覗かせました。
犬は出て来て女性の傍らへ歩いてくると、くわえていた皮の袋を地面に置く。ズシリと重量感があります。
「こんな大金を」
「ええ、奪われなくて良かったです」
さっきから誰も言葉を発しなくなったので、思わず振り向いて皆を見回しました。
みんな微妙な笑みを顔に湛えて見ています。
ルキナさんも皆の方へ行ってしまいました。
「とにかく送っていきましょう」
改めて僕は女性に申し出ました。
「いえ、それもけっこうです。元々待ち合わせをしていたので、その相手がもうじき来ると思います」
「そうですか」
「はい、ありがとうございます」
フィンさんが僕の肩を叩きました。
「そういうことだから行こうか」
「あ、はい」
僕と女性は同時に立ち上がる。彼女は毛布を返してきて、素っ裸のまま深々と頭を下げました。
「道中のご無事をお祈りいたします」
「あ、ありがとうございます。そちらこそ、その、お気をつけて」
僕は何となく釈然としない気持ちを抱えたまま馬に跨がり、先に行く皆の後を追いました。
森を抜けるとフィンさんが言いました。
「中々興味深いお芝居だったね」
えっ??
ルキナさんがフフッと笑いました。
「わたくしも探りを入れてみましたが、途中で馬鹿馬鹿しくなってしまいましたわ」
えっ、えっ??
「あんたら囲まれちょったことには気づいとったんやろ?」
ガンプさんが言います。
「もちろんよ」
答えるラミアさん。
「そう思うて黙っちょったがね」
「ガンプさんが空気読める人で良かった!」
トーマさんも笑っています。
「あ、あのぅ」
僕は口を差し挟みました。
「皆さん、何を言ってるんですか?」
トリアさんが優しく答えてくれます。
「アレン、あなた騙されたのよ」
えっ!?!?
「あの娘、たぶん女賊アステリアだね。西のホルスを拠点にしていたはずだけど、こっちに移ってきてたんだぁ」
フィンさんが言うと、ラミアさんが頷きました。
「ホルスでは手口が有名になりすぎてやりにくくなったんじゃないかな」
ぽかんとしたままの僕。
トリアさんが馬を寄せてきます。
「アステリアはね、ああやって襲う相手を選ぶの」
「選ぶ……??」
「うん。自分が囮になって、周りの茂みには大勢の部下が気配を消して潜んでるのよ」
「えっ!」
全然気が付かなかった。
「でね、裸の彼女に暴行を加えようとしたり、犬が持ってきた金袋を奪おうとした相手には部下達が一斉に襲い掛かってくるわけ」
「え、つまり、そういうことをしなければそのまま見逃してもらえる……と?」
「そうね。襲った場合も命までは取らないし、お金も最低限必要な路銀は残してくれるみたいだけど」
「そうだったんですか」
みんな分かってて僕のやり取り見てたんだ。恥ずかしい……。
「甘いよねぇ。襲っといて殺さないからせっかくの手口が知れ渡るんだよ。ま、嫌いじゃないからボクも見逃してあげたけど」
そう言ってフィンさんが笑います。
「ただ猿芝居の脚本は練り込みが足りないね。その点についてはいつか彼女とゆっくり話してダメ出ししたいと思ったよ」
ええっと、追い剥ぎの手口の完成度を高めてどうするんですか。
と、心の中でツッコミつつ、やっぱり情けない気持ちの方が勝る僕です。
僕だけめちゃくちゃレベルが低いというこの現実……。
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