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害竜
第42話
しおりを挟む「ああ、神様。あいつ、あそこの児童公園に目を付けやがった……」
誰かの悲痛な声。
向きを変えた先に児童公園? そっ、そんなっ!!
ドラゴンワームは公園の中を見てるんだ。
居合わせて逃げ遅れた子供達を捕食対象として認識したのかもしれない。
惨劇になる。
僕達は道を左へ曲がり、児童公園の方へと向かいました。
子供達を救い出したい。
跳ばれたら終わり。
間に合うのか?
建物に視界は阻まれ、あちら側の状況が分かりません。
こちらにドラゴンワームの注意を向けさせることは出来ないだろうか。
全力疾走しながら考えます。
時間はない。
「ちっ、何も武器を持ってきてないわ」
忌ま忌ましそうにトリアさんが呟きました。
もう肉弾で臨むしかないのです。
あの巨体を相手に。
治安隊がせめて武器だけでも置いていってくれていれば……。
建物の向こう陰。
屋根越しに見えるドラゴンワームの頭に向かって、何かが弧を描き飛んでいきました。ドラゴンワームの巨体に比し、ごく小さなもの。
それが跳躍する寸前だったドラゴンワームの鼻先に引っ掛かる。
鈎爪だ! 長いロープが尾を引く鋭い鈎爪!
あれは……!
希望の光が胸の中に差し込み、もう無心で足を回し走る。
軒を連ねる家の並びが終わり、駆けてきた道と直角に交差する広い通りに出ました。見晴らしが良くなり、通りのずっと先の左手に道沿いの公園が見える。
そして公園前の路上にいるのは、やはりラミアさん。
近くにいたんだ!
ラミアさんは街路の大樹の周りをぐるぐると駆けてロープの先を巻き付けているところでした。
長袖の白いロングワンピース姿のラミアさんは、同じく白のタイツに白の手袋を身につけ全身真っ白。
町仕様の格好なのでしょう。
いつもとは正反対のイメージですが、それで仮面を被っているのはかえって不気味です。本人はそう思ってはいないのでしょうけど。
「すげえぞ、あのガミガミ女」
逃げてきた人が振り返り感嘆の声を漏らしました。
鼻先に深く鈎爪を打ち込まれてロープで大樹に繋がれたドラゴンワームは、首をくねらせながら怒り狂って恐ろしい唸り声を上げました。激しく暴れだしたらロープを千切られるか樹を引き倒されるかするかもしれない。
跳べない今、けりをつけなければ。
ドラゴンワームが大きく口を開けました。
まずい! 火を吹く。
ラミアさん!
逃げようともせず直立するラミアさんの後方から猛スピードで伸びていく直線が目に映りました。
空に描かれる線。
えっ、何?
直線の先が開かれたドラゴンワームの口の中に飛び込みます。
更に第二、第三の直線が空を切り、次々と口の中へ。
分かりました。
矢です。
放たれた矢の残像が直線に見えている。
ラミアさんのずっと後ろ、公園の奥に弓を構えて立つ男性。
トーマさんだ。
その通り名は魔箭のトーマ!
ドラゴンワームは炎を吹き出せません。
口底にある火炎孔を正確に射抜いてるんだ。あの距離から。
す、凄い!!
ねじり鉢巻にふんどし一丁の筋骨たくましい半裸の男の人達が何人も、道の向こうからわらわらと駆けてきます。
ラミアさんの周りに集まり何か言っている。
ラミアさんは彼らに何やら指示を出しているようです。
男達は大樹に結わえつけられたロープを掴みました。
「あれは自警団の連中ね」
トリアさんが教えてくれます。
ドラゴンワームを山へ追い払うのに失敗した自警団の人達が竜を追って戻ってきたのでしょう。
そうして僕達はラミアさんのもとへ。
「あっ、来てくれたの?」
ラミアさんの嬉しそうな声。
「皆でロープを引っ張ってドラゴンワームの首を下に引きずりおろすの」
「その後は?」
トリアさんの質問。
「寄ってたかって頭を攻めて、とどめを刺すしかないかなぁ」
「わっ、ハァハァ、わしが殺る、ハァハァハァ」
後ろからの思いがけない声に振り向くと、大剣の男の人が息切らして近づいてくるところでした。
大剣担いだまま一緒に駆けて来てたんだ。
ドラゴンワームを止めている間に、集まってきた人らが公園の子供達の救出を済ませます。
辺りの人家の住民も避難。
「じゃあ、やるよ!」
ラミアさんの凛とした声を合図に、縦に並んでロープを握った皆の腕が一斉に動き出しました。
「あ、せぇーの!! そいや! そいや! そいや!」
僕達は掛け声合わせ力を合わせ、綱引きのようにドラゴンワームの鼻先を引っ張ります。
当然暴れるので容易ではありません。一進一退。
トーマさんも加わり、こちらの数は10人ちょっとです。
ぐいとドラゴンワームにロープを引かれて先頭の人の足が時々地面から浮き上がる。でも頭を上げると鈎爪が食い込んで痛みをもたらすのか、ドラゴンワームの抵抗は長続きはしません。
苦しげにバタバタのたうつ尻尾が向こうの街路樹を薙ぎ払いました。
「ピシャアアアアアーーーーーーーーッ!!」
吠える。
ドラゴンワームの頭の動きによって、たわんだりピンと張ったりするロープ。
たわんだ時はチャンス。一気にロープを手繰り寄せます。
「そいや! そいや! そいや! そいや! そいや!」
躍動する漢達の筋肉。
しかし目まぐるしく変化する緩急に、力の入れ具合が難しい。転んでしまう人もいる。
それでも徐々に頭は下がってきました。
ドラゴンワームの知能が低いのが救いで、対処し辛い動きはしてこないので助かります。力と力の真っ向勝負といった趣です。
「みんな頑張って! もう一息!」
ワンピースを汗で濡らしながらラミアさんが声を上げます。
「うおおっす!! そいや! そいや! そいや!」
漢達の肌にも玉の汗。
残るロープが短くなっていくにつれ、苦しい戦いになってゆく。
それでも限界まで力を出し切るしかありません。
パクパク開閉する口から嫌な臭いが吐き出され、辺りの空気を汚す。
しかし、もう火は吹けない。
大きな顎の下が見上げる眼前に広がり、陽光を遮る。
迫ってくる異形の顔はさすがに恐ろしいものです。
チロチロ出入りする長い舌先は、いずれ僕らの頭を撫でそうだ。
けれど怯む者はいない。
皆の頭の上まで鼻先がきた時。
「そろそろいけるやろ」
大剣の人がドラゴンワームのうねる首を仰ぎ見て、その横に立ちました。
大きく剣を振りかぶる。
ビキビキと太い腕に浮かび上がる血管。
「せいやあああっ!!」
体重を乗せて振り下ろされる大剣。
一刀両断!
固いウロコをものともせず、剣はドラゴンワームの首を切り落としました。
反動でロープを引いていた皆はドドッと後ろに倒れ込む。
頭を奪われた長い首はのたうち暴れ、勢いよく血を噴き出し撒き散らします。
それを全員頭から浴びてしまう。
「こん血の量じゃエプロン付けちょってもどうにもならんのう」
大剣の人が苦笑している。
この人も凄い。
ズズウゥゥゥンンン……!!
力を失ったドラゴンワームの胴体が崩れ落ちました。
地面に転がる巨大な頭の眼球からは光が消えていく。
「うおっしゃああああああっ!!!」
歓喜の雄叫びが上がります。
「達成感あるわねぇ」
顔に滴る竜の血を腕で拭いながら、立ち上がったトリアさんが言いました。
降り注ぐ血のシャワーを避けることもなく一身に浴びていたのです。
せっかくのドレスは赤く濡れて肌に張り付き、薄い布を隔てて身体のラインがあらわになってしまっています。
下には何も身につけていないのでしょうか、お尻や乳首までくっきりと浮かび上がっている。
その姿を見た自警団の人達はふんどしをモゾモゾ動かしながら腰を引き、何だか妙に辛そうです。
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