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初体験
第36話
しおりを挟む僕が近々遠方の地ドモラへ旅立つということで、ドムさんがお店で壮行会を開いてくれました。
お馴染みの常連客さんらが集まり過ごす楽しい時間。
自分のために人に集まって貰ってのパーティーなんて何年ぶりでしょうか。
その目的が壮行会となると、もちろん初めての体験となります。
「アレンちゃん、あなたドモラから帰ったら結婚するとか、そんな約束してないわよね?」
なぜかチラリと横目で料理のお皿を手に忙しく立ち回るルナシーを見て、ヒソヒソと僕に言うキントンさん。
「ええっ? な、何ですか、いきなり?? そんな約束誰ともしてないですよ」
面食らって答える僕。
酒樽を抱えて通りかかったドムさんの背中の肩がピクリと動いた気がします。
「本当に?」
「と、当然です」
「ピエタは約束してないから本当だよ」
僕の膝の上に居座るピエタちゃんも保証してくれました。
「ならよかったわぁ。戦地で『僕帰ったら結婚するんだ』は厳禁だから。タブー中のタブーなのよお」
「そ、そうなんですか。そんなジンクスがあるとは知りませんでした」
「絶対死ぬから!」
戦いに行くわけではないのですが、敵地に乗り込むという点では似たようなものかもしれません。
心配してくれてありがたいと思いました。
「なら戦地から帰ったら離婚するってのはどうだ? 確実に生き残れそうじゃないかい?」
酔ったホルマインさんが話に入ってきました。
「そうかしら?? 理屈に合わない気がするわあ」
「元のジンクスだって理屈も糞もないだろ。試してみりゃいいのさ」
「無茶言うわねえ」
「アレン! 今のうちに結婚しちまうんだ。そして、ドモラから戻ったら離婚する約束をしろ」
ホルマインさんが吠えます。
「い、いや、結婚する相手なんていませんし。年齢も僕はまだ……」
「ピエタもまだ若いし、りこんて何?」
「生きて帰りたいだろ?! どうせ離婚すんだから相手なんか誰でもいい!」
「りこんて何?」
「ああら、じゃあ私と結婚するう? アレンちゃあん」
両頬に手を当てて身をくねらせるキントンさん。
「いっ、いえ、離婚前提の結婚なんて道義に反することはできません」
「なに真面目に答えてんだよ」
他の常連さん達が笑い出しました。
お店の扉が開く音。
「らっしぇーい!」
ドムさんの威勢のよい声が響きます。
「ここでアレン君の壮行会をやっていると聞いてね! この機会に親睦を深めておこうと思って来たんだよ!」
えっ、と思い入り口の方を見ると、入って来たのは男女の二人。
トーマさんとルキナさんだ!
ラミアさんの右腕・左腕と呼ばれるラミア軍最古参幹部の二人。挨拶を交わす程度でちゃんと話したことがありませんでした。
この二人もドモラ偵察のメンバーです。
僕は立ち上がりました。
「アレン君! ドモラへは長い旅になるからね。道中よろしく頼むよ」
僕が挨拶するより先にトーマさんが言います。
「はいっ! こちらこそ改めてよろしくお願い致します」
二人とも20代半ばでしょうか。
トーマさんは、目と歯と横に流した金髪がキラキラ輝く爽やかな好青年といった風の人です。
身だしなみよく流行りの服を着こなす美男子。女性ファンが多いと聞きます。
その横に控えめに佇み、ペコリと頭を下げたルキナさん。
しとやかな雰囲気を纏う女性です。目は伏せ気味ですが、暗い印象は受けません。
肩までの黒髪に長い睫毛。えくぼのできる微笑みを湛えた、優しげな眼差しの綺麗な人。着ているのは僧衣のように緩やかな、落ち着いた意匠の裾の長い暗色の服。そして、頭には金の鎖のフェロニエールを巻いている。額の真ん中では青い宝石が慎ましい輝きを放っています。
トーマさんとルキナさんを交えて壮行会は更に盛り上がりました。
何しろ二人の口からラミア軍の武勇談が次々と語られるのですから。
もっとも饒舌に話すのは主に僕の隣りに座ったトーマさんの方です。
ルキナさんは食べ物を運ぶルナシーを手伝ったり、皆の杯にお酒を注いで回ったりと甲斐甲斐しく動いています。
「お姉ちゃん、美人だし気が利くし気に入ったよお。ラミア軍は辞めてここで働きなよ。この店は大人の色気が足りない」
上機嫌なホルマインさん。
ルナシーとキントンさんの体からピリッとした何かが立ち昇ったような気がします。
「あら、それはできませんわ。でもお誘い頂きましてありがとうございます」
ニコニコと丁寧に返すルキナさん。
本当に感じの良い人です。
「まぁ、あんたも座って飲み食いしてくんな。客に働かせちゃきまりが悪いや」
ドムさんがそう言うと、ルキナさんはウフッと小さく笑って小首を傾けました。
「性分なんですのよ。でもお言葉に甘えさせて頂きますわ」
トーマさんの隣りの席につくルキナさん。
「この美味しそうなお料理の香りにお腹が鳴ってしまいそうでしたの。恥ずかしいですわ」
ドムさんが少し顔を赤らめたのを僕は見逃しませんでした。
武勇談が一段落した頃、トーマさんが全身を僕の方に向けて唐突に聞いてきました。
「ねぇ、アレン君はラミアさんのどんなところが魅力的だと思う?」
質問の意図が今一つ分かりません。
「ええと、正義感溢れるところとか、行動力とか、大勢の人を統率する指導力とか」
少し戸惑いながらも思いつく答えを並べる僕を、キラキラした目で見つめながら大きく頷くトーマさん。
「うん、うん、そうだね。それもホントそうだね」
「兄ちゃんはどこが魅力的だと思うんだい?」
ホルマインさんが身を乗り出してトーマさんに質問しました。
するとトーマさんは黙ってスッと立ち上がり、ピンと背筋を伸ばして深呼吸。
「?」
皆は何だろうと見上げます。
「全部!! 全部が魅力的ぃぃ!!!」
突然ぶわぁっと両手を広げて天に向かい叫ぶトーマさん。
「スタイル抜群なまだ16歳の女の子が軍を率いるカリスマ性!」
えっ、ラミアさんって僕と同い歳だったんだ。
「とてつもない身体能力! 誰も思いも寄らぬ大望!」
つばきが僕の顔に降り注ぐ。ピエタちゃんはたまらず逃げ出しました。
「公な場では見せないけど実は意外とぬけたところもある親しみやすさ!」
トーマさんは天井の一点に定まらない視線を向けながらまくし立てます。
「そして、顔を決して誰にも見せない神秘性!」
トーマさんは僕の両肩を力強く掴んできました。
「ねぇ、アレン君! ラミアさんはどんな顔してると思う?」
黒い包帯に包み隠されたラミアさんの素顔。
「えっ、さ、さあ? 目は澄んでいて凄く綺麗ですよね」
トーマさんはまた天井を見上げました。
「そうっ! 吸い込まれるようなあの目! 淡く可憐な花びらのような唇! 包帯を通しても形の良さが分かる輪郭!」
皆は唖然とした表情でトーマさんを見ています。
「美人だよ! ラミアさんは超絶美人なんだ! それにね」
狂信者の目で皆を見回し、続ける。
「顔が分からないということは、即ちいかなる顔でもあるということなんだ! 深遠なる無限の顔がそこにある!」
わけの分からないことを言い出しました。
「つまり実際に包帯を解いて確認するまでは、ラミアさんの顔は決定していないんだよ! 分かるかい?」
わ、分かりません……。
「つまり、現状ではラミアさんは僕の理想とする顔をしていると思っていい。いや、そうに違いない」
トーマさんは満面の笑みを顔に浮かべ、僕の肩をポンポン叩く。
「もちろん同時にアレン君の理想の女性の顔もしているわけさ!」
もはや頭が痛くなってきました。
「に、兄ちゃんはラミアの右腕と呼ばれてるんだってな?」
さすがにドン引いた様子のホルマインさんが恐る恐る聞きました。
「はいっ! 呼ばれています!」
嬉しそうに答えるトーマさん。
「私は文字通りラミアさんの右腕になりたい!」
トーマさんの弁舌は止まりません。
「真の右腕としてラミアさんの汗をぬぐい、食べ物を口に運び、痒いところを掻き、用を足したお尻を拭きたい!」
トーマさんの向こうに座って黙って聞いていたルキナさんがゆらりと立ち上がりました。
気配に気付いてトーマさんが振り向く。
「お黙りっっっ!!!」
バシイイッ!!
いきなりトーマさんの頬に強烈な平手打ち。
「ぶべらっ!」
衝撃でくるくる回転しながら吹っ飛んでいくトーマさん。
しんと静まり返る店内。
「ラミアちゃんはウンコなんかしないっっ!!」
ルキナさんは絶叫しました。
「女神ですもの! 何ならわたくしが代わりにいたしますわ!」
固まる皆の顔に恐怖の色が浮かぶ。
何なんですか、この二人。
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