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華麗なるラミア
第29話
しおりを挟む「女の子が。たぶん、四階に」
ラミアさんの問いにトリアさんが答えました。
ちらりと見上げ、ふわりと飛ぶラミアさん。
軽く羽毛のようにこちら側へ着地すると、弾丸のように駆け出しました。
走りながら、巻いて手に持っていた物を伸ばす。どうやら鈎爪ロープのようです。
バリケードの上にそれで上がってきていたのでしょう。
すぐにロープの先をぶんぶん回し始めました。
そして、アパートに近付くや鈎爪を上方に素早く飛ばす。
鮮やかな遠投。
長いロープの先に付けられた爪は見事に四階の窓に掛かり、ラミアさんは地を蹴ります。
瞬時にロープを大きく手繰る動きで上へ。ラミアさんの体は勢いのままにスウと舞い上がりました。
振り子のように移動してアパートの側面にトンと両足をつく。
膝を曲げて勢いを吸収、そしてそれをバネに壁面を蹴ってまた高く浮き上がる。
その反動を使って空中で倒立。ロープから手を離し、後方回転。
下方から噴き上がってくる黒煙を切り裂き、くるりくるりと鮮やかに上へ。
手を伸ばしてまたロープを掴むと下半身を振って勢いよくアパートの壁へ。
再び足をつく。蹴る。宙に浮かんでくるくる回転。上へ。
ひらり、くるり。目を見張る鮮やかな舞い。
それを数回繰り返すと、あっという間に四階の窓にたどり着きました。
壁を這う炎をものともしない。
あまりの早業に見守る皆は言葉を失う。
窓を飛び越え、中に姿を消すラミアさん。
四階の窓からはまだ火は見えませんが、奥がどうなっているかは分からない。
時間が経つ。
きっとそんなに長い時間が経ったわけではないと思いますが、ものすごく長く感じる。
「神様! 神様ぁ!」
押さえ付けられたまま、人目も憚らず泣きじゃくるダモンさん。
やがて入っていった窓にラミアさんが姿を現わしました。
ピエタちゃんを抱えている!
「うおおおおおおおおおおおおっ!!!」
キメラ達から地を揺るがすような歓声が沸き起こります。
バリケードの向こうからも喝采のどよめき。
僕も感動で鳥肌が立っていました。
重苦しい気分があっという間に吹き飛んでしまった。
ラミアさんはピエタちゃんを抱いたまま片手でロープを掴むや飛び、滑るように降りてきました。
まるで黒い風。
これが厳重な貴族の屋敷を荒らし回った稀代の怪盗の業。何て艶やか。
誰もが心奪われ見惚れています。
解放されたダモンさんが、地に降り立ったラミアさんの方へ駆け寄って行きました。
「ピエタ! ああ、す、すまねぇ」
頭を下げる。
「礼は早い! この子、息をしてない。心臓も……止まっている」
ラミアさんの悲痛な叫びが絶望的な事実を告げる。
「え……」
ダモンさんが固まりました。
沸き立っていた空気も一気に凍りつきます。
地面に敷かれたダモンさんのコートの上。
そこに横たえられたピエタちゃんの体にダモンさんは縋り付き、号泣しました。
「うわあああ!! ピエタ! ピエタ! 目を覚ましてくれぇ!」
揺さぶられても力なく弛緩したまま何の反応も示さない。
目を閉じたままのピエタちゃん。
天使のような顔立ちがかえって悲劇の色を際立たせる。
この街に医者なんていません。
周辺の町から急いで呼んできても間に合うようなものか。既に息をしていないのに。心臓停止から何分経っているかも分からない。
再び重くのしかかる沈痛な雰囲気の中、僕達は力なくダモンさんとピエタちゃんを取り巻くばかり。
「この兄妹の絆は……まあ、いろいろあってね」
僕の横でフィンさんが目を伏せて呟きます。
トリアさんはしゃがんで両手で顔を覆い、声もなく泣いている。
僕は必死に考えていました。
帝王教育で学んだ中には医術の心得もあった。王国一の名医に教わったんだ。
こんな時、何かやることは。できることは。何か。
何かあったはずだ。
「階段の途中に倒れていた。爆発に驚いて外へ出ようとして濃い煙を吸ってしまったんだと思う」
ラミアさんが言葉を搾り出します。
そう、ピエタちゃんの体に火傷はない。
そうだ……。
「人工呼吸と心臓マッサージをしてみます」
僕は申し出ました。
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