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キメラのダモン
第20話
しおりを挟む歩いているとキメラの部下の人達が何かとフィンさんに指示を仰ぎにやって来ます。駆り出してきた街の住民達にやらせる作業の手配など。
問題が起こると呼ばれてそっちに行ったりと、フィンさんはけっこう頼られて忙しいようです。
何だかんだでずいぶんと時間をかけて目的地に至りました。さっきいた所からそんなに離れてないんですけど。
キメラが巣食う四階建てのアパートです。
密集する街の建物群からは少し離れ、大通り入り口のバリケードを築いている場所の横。
僕達はアパートの階段を上ってゆく。
フィンさんはポケットからバナナを取り出しモグモグ食べ始めました。
「バナナってね、疲労回復にすごくいいんだよ。手軽だし、効率的に脳のエネルギー補給ができて……」
フィンさんのとりとめのない話に僕は上の空で相づちを打ちながら考えていました。
停戦のためのプラン。未だに何も思いつかない。
「それに皮は武器にもなるし」
ずっとバナナの説明してる。
キメラの根城といえど、天井が低く安っぽい作りなのは街の他の建物と変わりません。
その最上階、廊下の突き当たりの最奥の一室にキメラのボスはいました。
ボスの部屋のドアはもげ、床にボロボロになって崩れ落ちています。
フィンさんは入り口に立つと、ドア枠の横の壁をコンコンと叩きました。
「誰だ?」
「フィンです」
「ああ、入れ」
何でしょうか、この茶番は。
ボスの姿は廊下を歩いている時から見えていました。
雑然と荒れた部屋の中、素っ裸で汚れたソファーに座り、美神のように綺麗な女の人と濃厚に戯れ合っていたのです。その女性も素っ裸。
「顔は知ってるだろうけど紹介するよ。キメラチームのボス、ダモンだよ。そして四天王の一人、餅肌のトリアちゃん」
もちろん顔なんて知りませんでしたが、それは空気を読んで口にはしません。
「誰だ? そいつぁ」
ダモンさんが当然の質問をします。
均整の取れた筋肉が美しい、20代半ばの色黒の男性。髪はライオンのたてがみのようで、長い眉を突き立てた鋭い目をした美丈夫です。
「うん、彼はね、名前は知らないけどボク的にはチームの即戦力として」
言いかけたフィンさんの言葉を僕は遮りました。
「僕はアレンといいます。ダモンさん、お願いです。この街でラミア一味と争うのはやめて下さい」
正直何をどう言えばいいのか分かりませんでしたので、素直な気持ちをストレートに言葉にしました。
フィンさんがギョッと僕の顔を見つめます。
「好きで争うかよ。奴らが勝手に攻めてくるんだ。俺に言うな」
ダモンさんは普通に答えてくれました。
「そこを何とかしましょう」
「どうすんだよ?」
「うーん……そうだ! 降伏してみてはどうでしょうか?」
思いつきですが、我ながら名案だと思いました。
「……なるほど」
「ね? 何でしたら僕が使者になってラミアさんに謝りに行きますよ!」
ダモンさんは黙ってソファーから身を起こし、ゆっくりと立ち上がりました。
「ばっ、馬鹿。ラミアじゃなくボスに謝って! センスのない冗談言ってごめんなさいって!」
フィンさんは慌てふためいています。
「えっ、冗談なんかじゃありません」
「フィンよお、ドッキリの看板出すタイミングが遅すぎるんじゃねぇかぁ?」
「あっ、いや、その」
「お兄ちゃんのバカぁ!!」
最後の台詞は突然部屋に飛び込んできた、10歳に満たないような愛らしい小さな女の子が発したものです。
「うわっ! ピエタ、もう起きたのか?」
飛び上がるダモンさん。
「そんなに長くお昼寝できないもん!」
僕の横に並んだ女の子は叫びます。
前開きのワンピースを着た、手足の細い、パッツン前髪にツインテールの愛らしい子です。どうやらダモンさんと女の子は歳の離れた兄妹ということのようです。
「じゃあ、その、お金あげるからどっかで遊んでおいで」
「この町に遊ぶとこなんてないもん!」
「あっ、ああ、それもそうだな」
「お兄ちゃん、何で裸なの?」
「うおっ、そっ、それはだな、これは風呂上がりでな」
「ここにお風呂なんてないもん! あればあたしも入りたいもん」
「ああ、うん、それもそうだな」
「嫌だって言ったのに!」
「ああ……」
「女の人と変なことするの気持ち悪い!」
「ああ、まったくなぁ」
何だか凄い勢いで話が逸れていきました。
ダモンさんの隣りに座る餅肌のトリアさんは脚を組んで横を向き、うんざりしたような表情で波打つ長く豊かなブラウンの髪を掻き上げ、その白魚のような指で頭をポリポリと掻いています。
口元の艶ぼくろが印象的なこのトリアさん、ダイナマイトな感じの肉感的なボディの持ち主。細かな立ち居振る舞いもセクシーです。
ふと僕の頭に『ミネフジコ』という謎のワードが浮かび上がってきました。知らない言葉です。
何でそんな言葉を脈絡なく思いついたのか、実に不思議な現象です。
「とにかくな、ピエタ。今お兄ちゃんはその人と大事な話をしてるところなんだ」
ダモンさんが僕を指差すと、ピエタちゃんは僕の顔を見上げます。
「何で変なお面つけてるの?」
「えっ」
思いがけずピエタちゃんの関心がこちらへ。
「なぁ、そうだろう? お兄ちゃんもそれを聞きたかったんだよ」
「いやっ、その、これは、ええと、ファッションで……」
「ふぅん。カッコイイと思ってるの?」
「ええっ! だ、ダサいよね。ごめん」
「でも角付けたらカッコよくなるよ」
「うえ? 角?」
「そうだ! そうだよな! さすがはピエタだ! おい、フィン、角を用意してやれよ」
「マ、マジですか? 牛の角? 鹿の角?」
「そういうんじゃなくてね、頭のてっぺんにユニコーンみたいな角を一本生やすの」
「あー、そっち。ユニコーンの角はねぇ、入手困難かもねぇ。頑張って探してみるけど」
「いえ、僕、角はちょっと! 生活が不便になりそうですし」
誰かこの混乱に終止符を打ってくれないか。
ピエタちゃん以外のその場にいる全員がそう思っていたはずです。
そして、その願いは思いがけない形で叶ったのです。
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