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貧民窟での生活

第13話

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 ひと月も経ってようやく僕は元気に動けるようになりました。
 顔の痛みも概ね治まっています。
 もうドムさんは遠慮なく大変な仕事を言い付けてきますが、僕は全然苦じゃなかった。
 料理の下ごしらえ、ウェイター、畑の手入れ、家や資材の補修、掃除、洗濯、水汲み、重い荷運び、力仕事、お風呂の三助、周辺の町へ荷車を引いてお酒や食材の買い出し。

 街の外へ出る時は、脱げない鉄仮面を隠すために目のところに穴を開けた麻袋を被っていきます。事故で顔に酷い火傷を負ったからと言えば、誰もそれ以上は聞いてきません。

 充実した日々。もっと仕事をこなせるよう体力作りも欠かしませんでした。
 一生懸命働き、食べ、ルナシーと遊び、体を鍛え、疲れてぐっすりと眠る。僕はそんな毎日に喜びを感じていたのです。


 ある夜のことです。
 店じまいをしていた僕は、外から聞こえてくる奇妙な声を耳にしました。
 ホゥ、ホゥ……。
 何だろう。鳥? こんな夜中に?
 不思議な響きを持つ鳴き声。

 気になって外に出た僕。すぐに道路を挟んで店の前に立つ高い木の茂みの中に、妖しく光る二つの丸い目を見つけました。
 僕は固まりました。声は確かにその目の辺りから聞こえてきます。
 まさか、妖魔?

「知らないのぉ? フクロウだよぅ」
 突然の背後からの声に飛び上がる僕。
 いつの間にかルナシーが後ろに来ていたのです。
「ふふっ。びっくりしてバッカみたぁい。フクロウ知らないなんてバッカみたぁい」
「え、いやっ、フクロウは知ってるよ! ただ昼間にしか見たことがなかったんだ」
「へぇ、貴族の子は夜中に出歩かないってわけねぇ」

 そうか。子供の頃、思い出のあの日に見たフクロウなんだ。そういえばフクロウを見たのはあれが最初で最後でした。
 ローズが言った通り、フクロウは夜の魔物なんだ。

「知ってる? フクロウはねぇ、物知りだから聞けば何でも教えてくれるんだよぉ」
「知らないよ。フクロウ語なんてね」
 僕がそう答えると、ルナシーはつまらなそうに口を尖らせました。


 鳥と言えば、ルナシーが動かない小鳥を拾ってきたことがあります。
「父ちゃん、この子どうしたんだろぅ? 道に落ちてたの。すごく弱ってる」
 優しいルナシーは放っておけなかったのでしょう。

 ドムさんの返事。
「おう、焼き鳥にしてやるから食いな。味付けは塩でいいか?」
「父ちゃんのバカ! 鬼! しね!」
 ルナシーはすうっと無表情になってそう言い放ち、プイとドムさんの横を通り過ぎて僕の方へやって来ました。
「ねぇ、アレン、どうしたらいい? どうしよう? どうするぅ?」

 差し出された小鳥を僕は受け取りましたが、どうすることもできません。
 手の平の中に小さな命の温もりを感じながら、途方に暮れるばかりでした。
 ドムさんはというと、こちらに背中を見せたまま凍りついたように動きません。

 と、不意に小鳥が僅かに羽ばたきました。
「あっ!」
 僕とルナシーが同時に叫ぶ。
 すぐに外に出て手の平を開くと、小鳥はチチッと鳴いて元気に飛び立ったのでした。
「良かった。何かにぶつかって一時的に脳震盪を起こしてたんだよ」
「そうなんだぁ。ホッとしたぁ」
 青空に吸い込まれるように小さくなっていく小鳥に手を振るルナシー。
 
 家に戻ると、ドムさんはまだ引き攣った顔で硬直して突っ立ったままでした。
 何だかんだいって、娘に冷たくされると深く傷つくようなのです。
 

 お店で働く女性二人のこと。
 丸々と太った陽気な中年女性の名をキントンさん、ほっそり痩せた若い女性の名をベレッタさんといいます。
 彼女達はドムさんに雇われているわけではありませんでした。
 勝手にお店に来てお客にサービスをし、貰ったチップで生計を立てているらしいのです。
 それをドムさんが黙認しているという、言わば共生関係なのでした。

 キントンさんは体に似合わずダンスが得意。
 狭いお店の中でよくキレの良い踊りを披露しています。
 周りのテーブルやなんかにぶつかって吹っ飛ばしても不思議じゃないのに見事に隙間の空間を生かした動きをする。いつも感心して見ていました。
 アカペラの歌声も素晴らしく、盛り上げ上手な芸達者さんです。
 
 ベレッタさんは病的な痩せ方で損をしていますが、肌は透き通るように白く、艶のある長い髪が美しいとても綺麗な人です。ただ余り活発な動きができないようで、あるいは実際に病気だったのかも知れません。
 仕事以外では口数の少ない、どちらかというと陰気なベレッタさんでしたが、僕のことを気にかけてくれていました。
 よく自分で焼いた素朴なお菓子を持ってきてくれたものです。
 僕が喜んでお菓子を頬張る様を、彼女はじっと静かに眺めているんです。
 そして「美味しい?」と一言聞いてくる。僕が「とっても美味しいです」と答えると、本当に嬉しそうに目を細める。

 何でもベレッタさんには生きていれば僕と同じ年頃になる弟がいたといいます。
 弟さんは僕同様に8年前の死病の大流行時に罹患し、苦しんで亡くなったそうです。
 だからなのでしょう。僕の姿を弟さんと重ねている様子でした。

 
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