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幽閉王子

第7話

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 時間の流れは分からなくなっていましたが、地下牢に入れられてから何の動きもないまま3年以上が過ぎたと思います。
 その間、僕はバーバリやその他の牢番達に入れ替わり立ち替わり嬲られ続けました。楽しそうな彼ら。
 抵抗はしません。解放の可能性に賭け、僕は彼らの凄まじい暴力を甘んじて受けていました。
 もちろん衰弱死する危険はあります。
 全身にくまなく浮かぶ痣と傷。何度も骨折し、放置したまま癒合させる。
 いつ死んでもおかしくなかったでしょう。
 でも、僕は死なない。意志の力で死なない。
 そんな思いを胸に秘めていました。

 衰弱死なんてしたら自然死として処理されて終わりです。
 だから何としても生き続けるんだという強い決意が僕にはあったのです。
 アーシャとの約束が僕の心を支えてくれる。


 ある日、ゲスラー宰相の子息であり僕の友人だった兄弟、年上のハンクと僕と同年のウィリスが地下牢の前に顔を覗かせました。
 久し振りに見る彼ら。けれど、慰めに来てくれたのではありません。
 惨めな有様の僕を嘲笑しに来たのです。

「おお、臭い臭い」
「ひゃーはは! 世界一みじめな醜い王子様。お前、よくおめおめと生きてられるよなぁ」
 次々と心ない言葉を浴びせ、罵倒する。
 以前はまるで僕の従者のように慇懃に振る舞い、それでかえって僕を辟易させていましたのに。

「前は糞みたいに威張り散らしてやがったが、まったくこれぞザマァだぜ」
「ほんとほんと。下僕扱いされて苦痛だったわ」

 そんな覚えはこれっぽっちもありません。
 お願いだから対等の友人として接して欲しいと、何度も何度も頼み込んだものです。あんな関係は僕自身が楽しくなかった。
 でも彼らはとんでもございませんと言って、僕の願いを聞き入れてくれなかったのです。こうするのが生き甲斐であり喜びだとも言ってました。

「糞といえば、糞した後のケツを拭かされたこともあったよなぁ」
「あったあった。舐めろと言われるんじゃないかと冷や冷やしたな」

 ちょっと待って下さい。
 彼らの中では本当にそういう記憶になってしまっているのでしょうか。
 あの時二人は僕が用を足していたトイレのドアをこじ開けて中に押し入り、紙を両手に捧げ持って「お尻拭かせていただきます!」と口々に叫んだのです。
 冗談じゃない、と思いました。ありがた迷惑を通り越して虐められているような気分にすらなったものです。

 二人は牢の前でいつまでも僕を罵り続けました。
「ゴミが」
「カスが」
「ボケが」
「クソが」
 語彙が少ないので終いにはこんな感じです。
 それに対して僕はというと、ぼうっと上の空な様子を演じて一切反応しませんでした。
 僕はもう半年以上も前からバーバリ達がいる時にはそうして過ごしていたのです。
 心が壊れたと思ってくれるように。


 以後、ハンクとウィリスはこまめに牢を訪れるようになりました。
 そして同じように僕をおとしめ、けなし、挑発していきます。
 特にアバタの肌への攻撃は執拗で、以前から女子は気持ち悪がってたんだ等と心をえぐることを言う。
 しかし、僕は何となく彼らの意図を察していました。
 それで彼らの前では常に完全なる廃人であるように努めたのです。
 胸の中にさざ波が立ってもひたすら抑える。
 何を言われても、視点を定めず口をパクパクさせるだけ。
 手をひらひらさせながらグルグル回ったり、長時間ぴょんぴょん垂直に跳ね続けたり。小便なんかわざと垂れ流して歩いて見せたりさえしました。


 いつもは冷静に彼らの前で演技を続けることができた僕ですが、動揺して素が出そうになってしまった事があります。
 ウィリスが言ったのです。
「ピロテスの奴、ついに退学しちまったぜ!」
 えっ?! ピロテスが……。
 秀才のピロテスは僕の同学年の親友でした。
「いつまでもお前のこと庇う発言するもんだからずっとイジメられててよう」
 ウィリスは聞くに堪えない多くの虐めの具体例を一つ一つ挙げていき、得々として詳細に語り出しました。
「で、とうとう精神病んじまった。お前と同じだなー! にゃははは!」

 睨みつけてやりたかった。
 食ってかかってやりたかった。
 でも、それはできません。全てが水の泡になります。

 ピロテス、ごめんよ。何年も僕の為に戦ってくれたんだね。
 ああ、僕は味方してくれる人達を不幸にしてしまう疫病神なのでしょうか……。
 辛かった。さすがにこたえました。



 ある日、ハンクとウィリスはいつものように僕をからかった後、後ろを振り向いて言いました。
「ね、こいつもう全然ダメですよ。廃人だ」
 彼らの背後から現れたのはヴィクトリアス女王。

 数年ぶりに姿を見る女王。むやみに着飾った、大柄で派手な顔立ちの壮年の美女。以前と何も変わりません。
 彼女の姿を見るや僕の心臓は早鐘を打ち、危うく平静を保てなくなりそうになりました。
 けれど何とか落ち着き、いつもの演技を淡々と続ける。

 じっと見ていた女王は、妙に馴れ馴れしいハンク達に向かって厳かに呟きました。
「……そのようじゃな。これならわざわざ糾弾されるリスクを冒してまで殺すこともなかろう。追い出して厄介払いしようかの」
 青く歪んだ長い舌を出して舌なめずりをする。
 僕はその不気味な舌がすごく苦手でした。何かの病気だという話で、気の毒には思っていましたが……。
 しかも、今目にした舌は以前よりも歪みがかなりひどくなっているようです。
 けれど、それはともかく、女王のその舌が紡いだ言葉に僕は心の中で快哉を叫んだのです。

 やった! 成功だ! これで僕は解放される!

 しかし、それで簡単に自由を得られるほど甘くはなかった。
 僕はその後、更なる苦痛を背負い込むこととなりました。

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