友達の姉

牧神堂

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「……茜はな、生娘のまま死んだらサンカクシんなるんよ」
 ばあちゃんは突然耳慣れない言葉を口にした。そのため言っていることを完全には理解できなかった。
「そうなったら永遠に続く地獄の苦しみや。急いで男を知るしかない。だが、できるもんがおらん。親戚付き合いはないし、信頼できる男の知人もおらん」
 ばあちゃんはいったい何を言ってるんだろう。
「だからといって人となりも分からん相手に任せるわけにはいかんやろ?」

 ばあちゃんは言葉を切って、俺の目をじっと見つめた。
「もう裕ちゃんしか頼める相手がおらんのや。やってくれるな?」

 返事。返事をしなきゃ。
「でも、でも茜ちゃんの気持ちもあるし……。中学生だし……」
 俺は混乱の極みにいた。もごもごと呟いた。
 そもそもばあちゃんがそうしなきゃいけない理由として説明した事柄がさっぱり飲み込めていないのだ。

 ばあちゃんの顔つきが変わった。
 突然、声のトーンが跳ね上がる。

「茜を地獄に堕としてもええのかっっ!!」

 俺は反射的に立ち上がり、玄関に向かって駆け出していた。
 ばあちゃんに狂気めいたものを感じ、いたたまれなくなっていた。
「無理です!」
 それだけ言い残して俺は家を飛び出した。



 ばあちゃんの言葉の中にあったサンカクシ、これが俺は気になった。
 今でも意味がよく分からない。
 サンカクシ=山隠しで、神隠しのようなことかともその時は思った。
 しかし、それでは後に慶太に聞くことになった話とは齟齬が生じるんだ。
 とにかく当てる漢字によって色んな意味に受け取れるのだが、どれもピンとこないでいる。
 第一混乱していたし、サンカクシではなく別の言葉がそう聞こえただけかもしれない。
 あるいは、ばあちゃんの国の言葉なのだとしたら分かるわけもない。
 結局、自分の中で結論が出ないままずっとモヤモヤしている。



 話を戻す。
 思いがけない成り行きになって気まずかったものの、俺は茜ちゃんには会いたかった。
 その後、自力で何とかプレゼントの用意もした。

 ばあちゃんの忌まわしい言葉なんか信じたくない。
 あの日、ばあちゃんは明らかにおかしかったし、少しボケ始めているのかもしれない。
 そんな風に自分を納得させた。
 
 連絡を取れず悶々としたまま冬休みに入り、クリスマスを迎える。
 茜ちゃんはもう帰宅しているはずだ。とにかくプレゼントを渡そう。
 クリスマス当日の朝、意を決して慶太の家に電話を掛けた。
 電話に出たのは慶太だったのでホッとした。が、様子がおかしい。
 泣いてる?
 それに気がつくと同時に、慶太はくぐもった声で言った。

「昨日の夜、姉ちゃん死んだ」

 俺がどれだけショックを受けたかは、くどくなるので想像にお任せする。
 ただその衝撃は今も古傷のように頭の奥に残っている。



 お通夜でも葬儀でも慶太とは言葉を交わすことはなかった。
 慶太はうなだれたまま小さくなっており、言葉を掛けられる雰囲気ではなかったのだ。
 そして、そのまま俺と慶太との交友は途絶えた。

 元々学校が違うので連絡を取り合っていないと消息も分からなくなる。
 近くに住んではいるが、慶太宅方面は慶太の家に行くのでなければ何の用事もない、古い住宅街が広がるだけの区域。
 それに行動範囲が違うのか、たまたまどこかで行き会うということもなかった。
 そうして慶太の顔を一度も見ることがないまま2年近くが過ぎた。



 秋の夕方、受験勉強に倦んだ俺は小川の傍に佇んでぼんやりと水の流れを眺めていた。
 随分長くそうしていたように思うが、ふと人の気配を感じて振り向いた。
 そこにやけに背が高く伸びた慶太がいた。
 慶太も面食らった表情をしていたが、ゆっくりと歩いてきて俺の横に並んだ。
 久し振り。同時に声を発した。

 そういえばお前と初めて会ったのここだったよな。
 俺が言うと慶太は微笑み、近況を聞いてきた。
 それからしばらくは取り留めもなく受験の愚痴など言い合った。
 会話が途切れた時。慶太はなぜか深呼吸をして、そして言った。
 姉ちゃんのこと、すまなかったな。

 そんなこと、と俺が言いかけると手を挙げて遮り慶太は続けた。
 ばあちゃんに変なこと頼まれたろ?
 知っていたのか、と妙に気恥ずかしくなった。
 俺、ばあちゃんに言われてお前のこと呼んだけど、頼み事のことは聞かされてなかった。
 慶太はそう言って、申し訳ないという風に俺に向かって手を合わせ軽く頭を下げる。

 俺は迷っていた。
 茜ちゃんの件で色々聞きたいことはある。しかし……。

 あれからあったこと、話してもいいか?
 思いがけず慶太の方からその言葉が出て来た。

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