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モコモコッ! びーーーーーっ!!

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 カナコちゃんとばってんばあちゃんは二階の部屋に入っていきました。
 そこは寝室です。
「おばあちゃん、疲れたろうからベッドで横になる?」
 カナコちゃんは大きなベッドを指差し言いました。
 そして、次の瞬間。
「びーーーーーっ!!」
 甲高い変な叫び声を上げたのです。

「何ね。どげんしたとね?」
 おばあちゃんが驚いて聞きます。
「今、今、目の前でベッドの布団が急にモコモコッと盛り上がったんだよう」
 カナコちゃんが震える声で答えました。
 おばあちゃんがベッドを見ると、確かにちょうど人が入っているくらいの大きさに布団が膨らんでいます。
「誰も潜り込んでなんかいないよ。いきなり掛け布団があんな風になったんだよ」
 カナコちゃんは布団の中にいるものが怖くてオロオロ。
「おかしなことばっかし起こりんしゃるね。やれやれたい」
 おばあちゃんはベッドに近づき片手で布団の端をつかみました。
「ええっ! 布団めくるの?」
 カナコちゃんが後ずさりしながら言いました。
「もちろんくさ。とりあえず中を確かめるしかなかばい」
 おばあちゃんは当然のようにそう言います。
「だって、布団めくった瞬間、怪物がウオーッて襲い掛かってくるかもしれないよ」
 カナコちゃんはホラー映画のワンシーンみたいな光景を想像して震え上がりました。
 カナコちゃんが怖がるのでおばあちゃんは思案顔。
「それやったら布団の上から布団たたきで打ちのめして、弱らせてから布団めくればよかばいね」
 おばあちゃんが提案します。
「えっ、でも布団の中にいるのが怪物とは限らないよ。お姫様かもしれないよ」
 カナコちゃんはよく分からないことを言い出しました。
 でもカナコちゃんがいつも読んでいるファンタジー童話の世界だったらそういうこともあるのかもしれません。
 魔法でどこかから一瞬で転移してきたお姫様という設定の物語でも想像しているのでしょう。

「困ったばいね」
 おばあちゃんは腕を組み、セリフ通りの困った顔をしました。
「中にいるのが怪物じゃなく、人なら話ができるかもしれないよ。誰がいるのか聞いてみようよ」
 カナコちゃんの素晴らしい提案。
「なら話しかけてみるばい」
 おばあちゃんは布団のそばに顔を寄せて声をかけました。
「もしもぉし。中にいるのはどちらさんですやろか?」
 しばらく答えを待ちます。
 でも何も反応はなく、ただちょっと布団がモコモコッと動いただけでした。
「言葉は通じんごたる。人やなかばい」
 おばあちゃんの結論に、慎重なカナコちゃんは異論を唱えました。
「でも外国のお姫様だったら日本語は分からないから答えられないよ」
 変にお姫様にこだわるのはカナコちゃんの願望なのでしょうか。

 突然、布団の中からプウと音がしました。
「あっ、オナラした!」
「こりゃ臭かばい」
 二人は鼻をつまんで手の平を顔の前でパタパタさせます。
「外国のお姫様がこんな臭かオナラばするかいな?」
「そりゃ外国のお姫様だって人間なんだから、する時はするよ」
 オナラごときではカナコちゃんの公平な立場は揺るがないようです。
「ばってん、中にいるのが怪物でもお姫様でも確かめんことには話が進まんけんね」
「うん・・・そうだけど」
 言いよどむカナコちゃんは、布団の中にいるのが誰なのかはっきりさせたくないようにも見えます。はっきりしないうちは布団の中にお姫様がいる可能性がずっとあるわけなので、その夢を壊したくないのかもしれません。
 でも、このままあいまいにしておける問題ではないのです。

「仕方なかけん、ばあちゃんが布団の中に手を入れてさぐってみるばい」
 おばあちゃんが決意して言いました。
「えっ、中にいるのが怪物だったら手を食べられちゃうよ」
 カナコちゃんの頭の中には相手が怪物かもしれないという不安もちゃんとあります。
「お姫様だったらだいじょうぶたい」
「そんな一か八かみたいなのダメだよ」
「ばってん、そげなこと言っとったらどげんならんたい」
「そうだ、おばあちゃん、中に孫の手を入れてみようよ」
「カナの手を入れるわけにはいかんばい」
「違うよ。背中をかく孫の手だよ」

 カナコちゃんは部屋の壁に掛かっていた孫の手を取って持ってきました。
 受け取ったおばあちゃんは、それを布団の隙間からそろりそろりと中へ入れていきます。
 孫の手を布団の中に入れきったおばあちゃんは、おや? という表情をしました。そして、孫の手で思いっきり布団の中を引っかき回し始めたのです。
「おばあちゃん! 何やってるの?」
 カナコちゃんが怪訝けげんな顔で言いました。
「手応えがなか。布団の中には誰も入っとらんばい」
 おばあちゃんはそう答えるなり布団をつかんでめくり上げました。
 中は空っぽ。

「あれえ? どういうこと?? 透明人間?」
「いや、透明人間なら見えんでも触ることはできるはずやけんね。違うっちゃないかいな」
「だから触られる前にこっそり逃げたのかもしれないよ」
 言いながら部屋の中を見回したカナコちゃん。
「びーーーーーっ!!」と、また変な甲高い叫び声を上げました。
「今度はどげんしたね?」と、おばあちゃん。
「今、今、カーテンが急にモコモコッと盛り上がったよ!」

 カナコちゃんが指差したのは、ベランダに出る掃き出し窓に掛かっている長いカーテンです。ちょうど窓との間に人が入り込んだような形にカーテンが膨らんでいます。
 でも、誰か入っているのだとしたらカーテンの下に足先が出ているはずなのですが、それが見えません。
「見つからないようにカーテンの裏に隠れたんだ!」
 カナコちゃんが叫びます。
「逃げるくらいだから怪物じゃなさそうだよ。やっぱり外国のお姫様かな? いきなり知らない所へ飛ばされて怯えてるんだ」

 カナコちゃんの頭の中では、いつの間にかもう外国のお姫様の物語の設定が固まっていました。
 それはこんな物語です。
 優しく気の弱いお姫様は王様の一人娘。いつも国民のことを考えています。その王国に、国を乗っとって国民から税金を搾り取ろうと企む悪い魔法使いが現れました。その悪巧みを知ったお姫様は、八人の勇者を集めて魔法使いの陰謀を阻止しようと密かに行動を起こします。ところがそれが魔法使いにばれて、お姫様は魔法で遠い東の国に飛ばされてしまったのです。
 うん、そうに違いない。かわいそうなお姫様。できればお姫様の力になりたいな、とカナコちゃんは思っていました。

「うーん、カーテンの下の足が見えんやろ? 床から浮いてるお姫様なんておかしかばい」
 おばあちゃんはもっともなことを言って、カナコちゃんの妄想を打ち砕こうとします。
「だから透明人間なんだってば。透明になる魔法があるんだよ、外国だから」
 カナコちゃんはビクともしません。
「そうかいな・・・??」
 カナコちゃんの言葉におばあちゃんは首をひねります。
「透明人間なら何でわざわざ布団の中やらカーテンの裏やら、そこにいるのが分かる所に隠れるっちゃろか?」
 おばあちゃんが言うと、カナコちゃんはハッとしました。
「透明ならその辺に突っ立っとる方がよっぽど見つからんやろ?」
 名探偵なみのおばあちゃんの指摘に、さすがのカナコちゃんも考え込んでしまいました。
「・・・つまり、透明になれる外国のお姫様は大バカ者ってこと?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 ばってんばあちゃんは黙って窓に近づくと、カーテンをシャーッと引き開けました。
 そこにいたのは・・・・・・。

 誰もいません。
 またもやもぬけの殻です。

 おばあちゃんがいぶかしんでいると、もはやお馴染みのカナコちゃんの変な甲高い叫び声が背後から聞こえてきました。
「びーーーーーっ!!」
 おばあちゃんが振り向くと、カナコちゃんは壁を指差しています。
 そうです。
 今度は部屋の壁が、くっきりぴっちりと人の形に盛り上がっているのです。鼻の高さまで分かります。
「急にモコモコッて・・・。とうとう壁の裏に入っちゃったよ」
「そげなバカなこつが・・・」
 おばあちゃんは絶句しました。

 壁の人型の膨らみはゆっくりと動いているようです。
 その動きに合わせて壁はモコッ、モコッ、と浮き上がっていきます。
「ありえんばってん、こん中に誰かおるごたるね」
「うん。でも胸がぺたんこだから男の人みたい。外国のお姫様じゃなかった・・・」
 ものすごくがっかりした声でカナコちゃんはつぶやきます。

 その時です。カーテンを開けた窓から夕陽がすうと差し込んできました。
「おやっ?」
 何かに気づいて声を上げるおばあちゃん。

 陽が当たり、小さくキラキラ光っているものがあります。
 それは壁から伸びて、線になっているようです。
 おばあちゃんはその線をたどって視線を上に走らせていきました。
「見つけたばい。やっぱりオバケやったばいね」
 そう言ったおばあちゃんの口調は、まるで獲物を見定めたハンターのようです。

 カナコちゃんもおばあちゃんに習って天井を見上げます。
 そして、そこに張り付いているものを目にして悲鳴を上げ、ペタンと床に尻餅をつきました。
 カナコちゃんが見たもの。
 それは大きなクモ。いえ、年取った落ち武者の生首?
 正確にはクモの胴体部分が人の生首になったオバケです。丸い頭がお尻側にあって、振り乱した長い白髪が垂れ下がっています。
 そのインパクト抜群なビジュアルにカナコちゃんは腰を抜かしたのでした。
「からくりはもう分かったけんね」
 おばあちゃんは自信たっぷりに言います。
「どっ、ど、どういうこと?」
 カナコちゃんが噛みながら聞きました。
「あの髪の毛がからくり糸になっとおとよ。クモの八本足で髪ば抜いて、そればぐいぐい伸ばして布団やカーテンや壁にいっぱいくっつけとったと。先っぽに粘着力があるっちゃろね」
「あっ、そうやってくっつけた髪をあそこから引っ張ってたから布団もカーテンも壁も急に盛り上がったの?」
「そうたい。分かってみれば何てこつないトリックばいね」
 そうか、だからあの生首の頭は落ち武者ハゲになってるんだ、とカナコちゃんは深く納得しました。

 ばってんばあちゃんは天井のオバケグモに人差し指を突きつけ、きっぱりと言いました。
「いたずらオバケは消えうせるがよか! おまえの名前は生首ぐも!」

 クモの胴体の生首が、きゅうっと顔をしかめました。
 そして・・・。
 ひゅるーん、パッ!
 跡形もなく消えてしまったのでした。

「ええええっ??!!」
 カナコちゃんの驚きの声。
「こ、今度はどげんしたね?」
 その声に驚いて、おばあちゃんは目を丸くしてカナコちゃんの顔を見ます。
「おばあちゃんが、すんなりオバケの名前を言ったからビックリしたの」
 カナコちゃんがそう言うと、おばあちゃんは苦笑いしました。
「そりゃ、ばあちゃんはそこまでワンパターンやなかばい」


 こうして事件は解決したのでした。
 でも、カナコちゃんの心にはまだ何か引っかかるものが残っています。
 何だろう。何か大事なことを忘れているような・・・。
 カナコちゃんは一生懸命考えました。


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