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ぐんぐんぐんぐん、ぐんぐんぐんぐん、ギュギューン!
しおりを挟む部屋の濡れた家具をタオルで拭きながらカナコちゃんが言いました。
「おばあちゃん、ここはびしょびしょだから二階に行こうよ」
ばってんばあちゃんがうなずきます。
「それがよかね。もうこれ以上どうしようもなかばい」
二人はため息をつきました。
「タオルば絞ってくるけん先にいっとき」
「うん」
カナコちゃんは居間を出て階段に向かいます。
ママが帰ってきたら何て言おう。
オバケが出たって信じてくれるかなぁ。
カナコちゃんは階段を上りながら考え込みました。
カナコちゃんのパパは単身赴任中で、夕方に仕事から帰ってくるのはママだけです。
濡れた部屋を見たらカナコがいたずらしたって思うに決まってる。
困ったなぁ。
カナコちゃんの頭の中は無実の罪で怒られる心配でいっぱいになっていました。
困ったなぁ。困ったなぁ。・・・あれっ?
ふとカナコちゃんは不思議に思いました。
もうずいぶん階段を上っているはずなのにまだ二階に着きません。
おかしいな・・・。
カナコちゃんは立ち止まりました。
すると。
上に見える二階の部屋のドアが遠くなっていきます。
理由はすぐに分かりました。
階段の上に立ったまま、カナコちゃんの身体が階下に下がっていくからです。
「わあっ! 階段が動いてるう!」
カナコちゃんが叫ぶと同時に階段の動きが速くなりました。
段々が下に向かってぐんぐん降りてきます。
ぐんぐんぐんぐん、ぐんぐんぐんぐん。
カナコちゃんはあわてて階段を駆け上がりました。
「どうなってるのお、これ!」
走っても走ってもカナコちゃんは前へ進めません。
同じところで足踏みしているみたいです。
階段が降りてくるスピードとカナコちゃんが駆け上がるスピードがちょうど釣り合っているのです。
高速の下りエスカレーターに乗って上へ行こうとしているのとまるっきり同じ状態でした。
「このままじゃどうにもならないよう」
もしも疲れて走るのをやめたら。
カナコちゃんはきっと後ろへ吹っ飛んで一階の壁か廊下に叩き付けられてしまうに違いありません。
「おばあちゃん、助けてえ!!」
カナコちゃんの悲鳴を聞いて、ばってんばあちゃんが駆けつけて来ました。
そして、動く階段を見て口をあんぐり。
「またまたオバケのしわざのごたるね」
背中の下から聞こえるおばあちゃんの声に、カナコちゃんは前を向いたまま答えました。
「きっとそうだよ。オバケの名前を言って追い払ってえ」
あまりのスピードに振り向くことさえできないカナコちゃんの様子におばあちゃんはあわてふためきます。
でも、やっぱりすぐには階段のオバケの名前を思い出せません。
まごまごしているうちに階段はスピードアップしていきました。
ぐんぐんぐんぐん、ぐんぐんぐんぐん、ギュギューン!
「わあん、もう転びそうだよう」
泣きそうな声。
このままではカナコちゃんがケガをしてしまいます。
ばってんばあちゃんはオバケの名前を思い出すのを待てないと思い、ダッシュで階段を駆け昇っていきました。
孫を思う気持ちの強さか、老人とは思えない脚力でおばあちゃんはたちまちカナコちゃんの位置に追いつき横に並びます。
「わあ、何してるの! おばあちゃんまでケガしちゃう!」
カナコちゃんは驚いて叫びました。
「だいじょうぶたい。ばあちゃんにまかせときゃよか」
おばあちゃんは体をひねって横のカナコちゃんに両手を伸ばし、ひょいと持ち上げて自分の背中に乗せました。
背負われたカナコちゃんの更なる驚きの声。
「おばあちゃん、無茶だよ!」
「なんてこつなか。紙のように軽かたい」
強がりを言うおばあちゃんにカナコちゃんは涙が出そうになりました。
火事場の馬鹿力とはこのことを言うのでしょう。
カナコちゃんをおんぶしたまま高速で下る階段の上を走るおばあちゃん。
ぐいぐい速さを増す階段に一歩も引けを取りません。
それどころか少しずつ少しずつ二階に近づいていっているようです。
「おばあちゃん、すごい! オリンピックに出られるよ!」
「階段上りが競技として採用されたら出るに決まっとろうもん」
おばあちゃんは言いました。
しかし、軽口を叩いていてもやはり限界はあります。
だんだんおばあちゃんの息が切れてきた様子なのです。
カナコちゃんはおばあちゃんの体がもう心配でたまりません。
そして、こんな目にあわせる階段のオバケに対してすごく腹が立ってきました。
「階段のオバケ! 姿も見せずにひきょうだよ!」
カナコちゃんが頭上の階段のゴールに向かって叫びます。
オバケはそこにいるような気がしたのです。
しかし、反応はありません。
「よかよか。ばあちゃんが上にのぼって退治しちゃるけん」
おばあちゃんはそう言いますが、でもその声には何だか力がありません。明らかに疲れています。
カナコちゃんはこうなったら自分がオバケの名前を言い当ててやると決心しました。
「おまえの名前は階段オバケ!」
カナコちゃんは声を張り上げ言いました。
もちろん当てずっぽうです。
でも何も起こらないので、カナコちゃんは次の当てずっぽうを口にしました。
「おまえの名前はひきょう階段!」
やっぱり何も起こりません。
「わあん! おまえの名前は無限階段!」
ダメです。
カナコちゃんは次々と思いつく限りの名前を叫んでみましたが、全部空振りでした。
そんな懸命なカナコちゃんをあざ笑うかのように階段が降りてくるスピードは更に増してしまいました。
ぐんぐんぐんぐん、ぐんぐんぐんぐん、ギュギュギューン!!
ついにおばあちゃんが階段を上る速さを、階段が降りてくる速さの方が上回りました。
今までいた場所からおばあちゃんとカナコちゃんはちょっとずつ後退していきます。
カナコちゃんはせめて転ばずに下に着地できればいいのにと思いました。
一階の床まであとどれくらいあるのか、不安な気持ちで後ろを振り返り確かめます。
その時、見たのです。
階段の一番下の段の陰にサッと身を隠した小さなネズミ。
いえ、二本足で立っていたからネズミではありません。それに赤いとんがり帽子を被り、緑色のタイツを履いていたように見えました。
見間違いではないはずです。
オバケだ。あれがオバケだ。
階段の下にいたんだ。
・・・あっ、そうか!
カナコちゃんは気がつきました。
階段が下にぐんぐん降りていくのは、階段を下からつかんで引っ張っていたからなんだ、と。
もう一度チャレンジ!
カナコちゃんはすうっと胸いっぱいに息を吸い込み、階段の下に向かって大声で言いました。
「おまえの名前は引っ張りネズミ!」
オバケがまるで頭をひっぱたかれたかのようにフラフラと階段の陰から出てきました。
そして・・・。
きゅうっと顔をしかめ・・・。
ひゅるーん、ぱっ!
消えてしまったのです。
「正解だあ! おばあちゃん、当たってたよ!」
カナコちゃんが喜びの声を張り上げます。
見たまんまを言ったら、それが大当りだったのです。
階段はぴたりと動かなくなり、いつもの普通の階段に戻りました。
「でかしたばい。さすがばあちゃんの孫やね」
そう言ってばってんばあちゃんはカナコちゃんを背中から下ろし、大きく息をはいて階段に座り込みました。
さすがにもう、すっかりヘトヘトになってしまったようです。
「じゃあ今度はカナがおばあちゃんをおぶって二階の部屋まで連れてってあげるよ」
カナコちゃんが言うと、おばあちゃんは嬉しそうに笑いました。
「ありがたこつ。ばってん、そりゃまだ無理たい」
おばあちゃんは立ち上がります。
「さ、だいじょうやけん部屋に行くばい」
二人は並んで階段を上り始めました。
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