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ふーっ! ふーっ! ふうううーっ!!
しおりを挟むねそべって絵本を読んでいるカナコちゃん。
それをニコニコ部屋のすみに正座して眺めているおばあちゃん。
とつぜんカナコちゃんが顔をあげて叫びました。
「見て、見て、ばってんのおばあちゃん! 小さな青いオバケが絵本を読むじゃまをするの」
「ばってん、オバケやら、そげんとは家ん中にはおらんやろ」
博多弁のおばあちゃんが首をかしげます。
おばあちゃんはよく『ばってん』と言うのでカナコちゃんはばってんのおばあちゃんと呼んでいるのです。
「いるよ、いるよ! ふーふー息を吹いて絵本の字を吹き飛ばすの。本を閉じたらもういなくなったけど」
体を起こしたカナコちゃんは真剣です。
おばあちゃんは立ち上がってカナコちゃんのそばにやって来ました。
見るとカナコちゃんのまわりの床には『あ』やら『き』やら『ふ』やらいろんな文字がたくさん散らばっています。
「はあ、ほんなこつオバケのおるごたるね」
おばあちゃんは信じてくれたようです。
「絵本を読もうとすると出てくるんだよ。この絵本、最初のページが絵だけになっちゃった」
カナコちゃんは泣きそうな顔。
だってすごくお気に入りの絵本だったのです。
おばあちゃんは思い出したように言いました。
「そうたい、そうたい。今日はオバケの出てくる日やったたい」
カナコちゃんはびっくりしました。
「そんな日があるの?」
「今じゃみんな忘れとるけど、昔は月ごとにオバケの出る日が決まっとったとよ」
そのことは千年以上前の書物に書いてあります。
「ええ、こわいよ。どうしたらいいの?」
カナコちゃんが心細そうに聞くと、おばあちゃんは力強く言いました。
「だいじょうぶたい。オバケの名前ば言えばよかと」
「名前?? なんで?」
「オバケは自分の名前ば当てらるうと力ばなくして消えるけんね」
「本当? だけどオバケの名前なんか分かんないよ・・・」
カナコちゃんの戸惑いの声に、おばあちゃんはドンと胸を叩いて答えます。
「ばあちゃんはオバケに詳しかけんね。まかしときんしゃい」
そういえば、ばってんばあちゃんのおじいさんは有名なオバケ研究家だったとカナコちゃんは聞いたことがあります。
おばあちゃんに促され、カナコちゃんはもう一度床に座って絵本を読み始めました。
すると思ったとおり。
またさっきのオバケが、どこからともなく姿を現わしたのです。
そして、ふーっ! ふーっ! ふーっ!
ほっぺを膨らませて開かれた絵本の上に息を吹きかけます。
するとどうでしょう。
ぱらら、ぱらら、と絵本の文字は吹き飛ばされて本から離れ、宙に舞い上がるのでした。
「おばあちゃん、おばあちゃん、このオバケの名前はなんていうの?」
カナコちゃんが声を張り上げます。
そばに立つおばあちゃんは現れた青いオバケをじっと見つめています。
オバケは子猫くらいの大きさで頭でっかち。目はまん丸で、だんごっ鼻にウサギのように長い耳。体はぷっくり丸く太って手足は短く、お尻には細くて長いしっぽが生えていました。
「うーん、こやつの名前はなんやったかいね。ここまで出てきとるっちゃけど」
おばあちゃんは自分の頭をげんこでとんとん叩きながら思い出そうと必死です。
「早く! 早く思い出して! 字がなくなっちゃう」
そうしているうちにもどんどん絵本の文字は吹かれて飛んでゆくのです。
「こらいかんばい。ばってんまだ思い出せんとよ」
「早くう! 早くう!」
「こうなったら吹き返しちゃるばい」
おばあちゃんは思いっきり空気を吸い込んで胸を膨らませると
ふううううーーーーーーーーーーっ!!!
身をかがめ、オバケに向かって息を吹きつけました。
オバケは自分の吹く息が押し戻されてびっくりしたようです。
おばあちゃんは燃えあがる炎を吹き消す時のような勢いで吹き続けました。
ふーーーっ! ふーーーっ! ふうううーーーーっ!
オバケは大風に吹かれたみたいに後ろへ押されてよろめき、あわてて足をふんばります。
そして怒った顔をして、逆におばあちゃんに向かって息を吹きつけました。
ふーーーっ! ふーーーっ! ふうううーーーーっ!
おばあちゃんの顔にオバケの吹いた風が真正面から勢いよく当たります。
その強風のせいでおばあちゃんの顔のしわが伸び、ちょっぴり若返って見えました。
負けじとおばあちゃんもまた吹き返します。
オバケとおばあちゃんのすさまじい吹きあいが始まりました。
ふううーーっ! ふううーーっ! ふううううーーーーーっ!!
ふううーーっ! ふううーーっ! ふううううーーーーーっ!!
両者一歩も譲りません。
とつぜん、おばあちゃんの口から何かが飛び出てきました。
激しく吹きすぎて、入れ歯がはずれて飛んだのです。
入れ歯は弾丸のようなスピードでびゅんとオバケに向かい、頭にガブリと噛みつきました。
「ぷぎゃあああっ!!」
オバケは思わず悲鳴をあげます。
その時、おばあちゃんはポンと手の平を打って叫びました。
「ひょもいらしららい!」
「おばあちゃん、なに言ってるかわかんないよ!」
カナコちゃんも叫びました。
おばあちゃんはあわててオバケの頭に手をのばし、入れ歯を取り戻して自分の口の中へ押し込みます。
そして改めて叫びました。
「思い出したばい!」
カナコちゃんの顔が輝きます。
「オバケの名前を思い出したの?」
おばあちゃんは大きくうなずきます。
「そうたい」
おばあちゃんは腰をくいと伸ばすと、オバケに向かってピシリと指を突きつけきっぱりと言いました。
「おまえの名前は字吹き坊!」
オバケは、きゅうっと顔をしかめました。
そして・・・。
ひゅるーん、ぱっ!
消えてしまったのです。
「消えた、消えたよ! ばってんのおばあちゃん」
カナコちゃんは、かっこよくポーズをきめたままのおばあちゃんを見上げて嬉しそうに言いました。
「うむ。名前を当てられて力ばなくしたけんね。もう絵本を開いても出てこんやろ」
戦いに勝ったおばあちゃんの顔は、全力を尽くしたすがすがしさに満たされています。
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