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ただいま
しおりを挟む凍える二月の夜。
馴染みの小さな居酒屋のカウンターに座った。
今夜も孤独を満喫しながら呑むのだ。
何しろ店主は無口な男だ。
客は他に爺さんの二人連れがいるだけ。
テーブル席の彼らの会話が聞こえてくる。
やたら大声なので別に耳を澄ませなくとも話の内容はよく分かった。
「そっかぁ、花ちゃん死んじゃったのかぁ」
「ああ、もうひと月も前の事よ。電話で話したろ?」
「そうだっけかなぁ。お前さんもこれで名実ともに独り身になったんだなぁ」
「名実ともにって言うか? まぁ、18年連れ添ったし、寂しくなったよ」
「だろうなぁ、何年飼ってたんだっけ?」
「だから18年。死んだ女房がな、子猫の時に拾ってきた形見でもあったんだがな」
「俺もその頃から知ってらぁ」
「毎晩布団の中入ってきて・・・一緒に寝て・・・あいつ俺の脇に頭乗せてな、時々いびきかくんだわ」
「ふぅん。で、庭に埋めたのかい?」
「いやいや、ペット供養してくれるお寺さんで火葬してもらったよ」
「へえ、大したもんだなぁ」
「むしろ俺を供養してくれる者がいないんだが」
「互いに子に恵まれなかったもんなぁ」
「まぁ、それよりな、妙な事が起こったんだ」
「何だい?」
「花を納骨してすぐ・・・寝ていると何かが急に布団の中にもぞもぞ入ってきてな」
「何・・・? 空き巣か? 夜這いか?」
「何でだよ。ちゃんと戸締りしてるし。小さくて柔らかなもんさ。触ると毛むくじゃらで・・・どう考えたって猫なんだよ」
「猫・・・」
「そいつが俺の脇に頭乗せて眠りやがんの」
「おいおい、まさか」
「それが毎晩続いてな。朝になるといつの間にかいなくなってるのさ」
「・・・・・・・・・」
「時々いびきかきやがるんだよな」
「今でもか?」
「今でもだ」
「・・・薄気味わりぃなぁ」
「何だとっ」
「だってよ、庭の土ん中から這い出してきてんだろ? 大概もう腐り果ててるんじゃないか?」
「花は火葬したって言ったろうがよ」
「あれっ、そうか。何にしろ怖えぇよ」
「そんなこたねぇ、俺は嬉しくてな。寝ている間だけの事だが・・・戻ってきてくれてるんだなぁって」
「お前さん、感覚がおかしいんじゃねぇか」
「お前こそ薄情だな、おい。あったかくてな、寂しさも吹き飛ぶんだぜ」
「で、いつまでもそうしてるつもりかい?」
「ん・・・話の続きがあるんだ」
「どうした?」
「こないだな、布団の中で咳き込んでるのが聞こえてきてな」
「ほう。腐ってるのにか」
「腐ってねぇって。でな、心配になって布団捲り上げて声掛けたんだ」
「それまで声掛けたりはしなかったんだな」
「ああ、何となく大事にそっとしておくのがいい気がしてな。でもそん時は思わず電気までつけちまった」
「骸骨がいたか?」
「いない。どっかの知らない野良猫がキョトンと俺の顔見上げていたよ」
「はぁ?」
「ふふ」
「何だそりゃ。わっはははは」
「はははは。脱力したわ。花の為に作った猫ドアから勝手に入ってきてやがったんだな」
「幽霊の正体見たり枯れ尾花ってな」
「まぁな、そいつも寒かったんだろう。やせっぽちで・・・何となくそのまま面倒見てやってらぁ」
「結局不思議でも何でもない話だったなぁ」
「ああ。世の中そうそうおかしな事なんて起きやしないのさ」
そうして二人の話題は次に移っていった。
だが、いや待て。
見知らぬ野良猫がいきなり?
人が寝ている布団の中に?
それって充分に不可解だろ・・・と思った。
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