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一度きりの文車
しおりを挟むからからから。
石畳に車輪の音を響かせて、文車がやって来ました。
ずっとずうっと楽しみにしてた。
僕の住む小さな炭鉱町には娯楽がほとんどありません。
だから僕はいつも灰色の空を眺めていました。
浮かぶ雲の形から想像を膨らませ、物語を作って遊ぶんです。
牛の引く文車は屋形になっていて、そこにはたくさんの本が積んであります。
それを子供達は文車が町に滞在している間、自由に借りて読むことが出来ました。
そこには僕の空想のお手本になるような物語がぎゅうぎゅうに詰まっています。
大好きな夢の空間。
僕は文車を追って駆け出しました。
文車はいつものように広場に停まります。
僕は胸高鳴らせて近付いて行きました。
前に文車が来た時に読んだ宝島の続きを読みたいな。読みたいな。
早く先を知りたくてウズウズしてたんだ。
お客はまだ僕一人だけ。
僕は御者のおじさんに挨拶をすると、簾を上げて屋形の中に入りました。
いつもの愛想の良いおじさんとは違う、何だか無口な真っ黒なおじさんでした。
僕は積み上げられた本や雑誌を一冊一冊手に取ってタイトルを確認します。
ところが・・・。
宝島が見つからないのです。
どこを探しても見当たりません。
それどころかいつもあるオズの魔法使いや赤毛のアンなどもありませんでした。
小さな子供用の、ピーターラビットなんかの絵本も見当たらない。
本を全部入れ替えてしまったのかな、と思いました。
代わりにあるのは黒い表紙の写真集らしき本、兵器図鑑、戦史や軍記物語。
それから隣国の非道な行いについて歴史を紐解いて解説した本。そんな本ばかり。
どれも興味をそそられるものではありませんでした。
試しにいっぱいある写真集の一冊を開いてみた僕は吐きそうになってしまいました。
人の死体の写真が載っていたのです。
頭を撃たれて脳みそが飛び出した兵士。
裸で足を広げてお腹を裂かれた女の人。
地べたに座らされた子供が剣で首を刎ねられる瞬間。
そんな写真ばかり。
別の写真集も見てみた。
死んだ赤ん坊が積まれて燃やされている写真。
吊るされて射撃の的にされている小さな女の子。
その手前で若い女の人が、ズボンを下ろした兵士の股間に涙で濡れた顔を押し付けられています。
キャプションによると女の子の母親だそうです。
従姉妹のお姉ちゃんに似ている。
僕は屋形の中から黒いおじさんの背中に声を掛け、抗議しました。
持って来た本、間違ってますよ。
おじさんは前を向いたまま、ぶっきらぼうに答えました。
間違っちゃいない。もうそういうことに慣れておかないとな。・・・いずれ役に立つ。
僕は何も借りずに文車を飛び出しました。
通常は数日滞在する文車が翌日にはもういなくなっていました。
そして直ぐにいつものおじさんの文車がやって来たのです。
僕は愛想の良いおじさんにあの嫌な文車の事を話しました。
おじさんは首を捻ります。
「前の町でも同じ事聞かれたけど、そんな文車は許可されてないはずだよ。
誰かが勝手にやってるのかなぁ」
隣国との長い長い戦争が始まる前の年の出来事でした。
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