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「俺の婚約者様は、いつになったら俺の事を名前で呼んでくれるんだろうなぁ……」
「……ご本人に言ってください」

 王太子殿下が誰かに聞かせるかのように、大きなため息をつきながら言葉を吐けば、側近は言葉を選びながらも返した。
 いつもの執務室。それは人間であった事が知られ、婚約者となっても変わらず、私は此処に居る。まぁ、実績はあったから護衛も兼ねて、というわけだけれど。それでも側近や従者の人に私が猫へと変化していた事を話せば、何かしら複雑な気持ちになって、今までと対応が変わるのではと思ったが、全くそんな事はなかった。
 むしろ王太子殿下の側近と従者だけあり、師匠が出した刺客達……つまり、私が師匠に確保させていた者達の人数に、驚きと感謝の念を示されたのだ。

「どう思う? イル」

 うぅう……。
 そんな私は今、チェストの下に隠れている。……猫の姿で。
 人間だとバレたのだから、人の姿で良いじゃないかと思った。思っていた。だけれど、人の姿で居ても王太子殿下の行動は同じなのだ。
 私を膝に座らせようとし、優しく髪を撫でながら仕事をしようとする。……いや、邪魔だよね!?猫ほど小さくないし、視界遮ってるよね!?
 しかし王太子殿下はそんな事をものともしないのか、関係ないのか。私を話すまいと抱き寄せたりした為、私の心臓が限界に達して、猫へと変化し逃げたのが今。

「にゃぁ……」

 人の姿で触れ合いが多い事にも慣れないし、むしろ今までろくに人間関係を築く事が出来なかった私にとってはハードルが高すぎるのだ。
 更には名前呼び。うん、もう心臓の鼓動が大きすぎて、喉元から出てきそうだよ。自分で自分の心臓の音が聞こえるよ。名前で呼んでほしくて、私が居るのに、わざわざ言ったのだろうけれど。

「イルは今日も可愛いなぁあああ!!!」

 誤魔化すように鳴き真似をすれば、王太子殿下が叫んでこちらに来ようとした為、私は一目散に逃げだした。
 あぁああ、まだ心臓が落ち着かないの!落ち着かないから!
 せめて最初から猫の姿で居れば……とも思ったけれど、今も変わらず四六時中、護衛だ。しかも婚約者だから良いだろう、なんて同衾の既成事実まで逆手に取られ、常に一緒に居る。
 ……常に猫の姿で居ないといけないのか?

「殿下、ご報告がございます」

 今まさに追いかけっこが始まろうとしていた時、従者が書類を持って部屋へとやってきた。
 ナイスタイミングと言わざるおえない。
 私は従者の後ろへ隠れるように逃げれば、王太子殿下は少しイラッとした表情を見せたが、気にしない事とした。
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