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肌ざわりの良い布が身体に纏わりついていて、薄っすら瞳を開ければ、見ただけで豪華さが伺える見知った天井。だけど、いつもと違うのは、頭の下に何かがあるという事だ。
……これは……枕?
ボーッとして今だ働かない頭でも、いつも側にある人の温もりがない事だけは理解して、周囲を見渡せば、ベッドの横に王太子殿下が居た。しかも添い寝ではなく、何故かベッド脇に椅子を置いて座って此方を見ている。
(刺客は……)
とりあえず、いつも通りに刺客の気配がないか魔法を展開させるけれど、どこか気だるさが抜けきらない。
「大丈夫だよ、ティルトン伯爵令嬢」
――は?
今、この王太子殿下は何と言った?
イルではなく、ティルトン伯爵令嬢と言った?
……は?…………え??
一瞬にして脳内が混乱を起こし、私は思わず自分の手を見れば、そこにあるのは紛れもない五本指。まさしく人間の手であり、腕も人間のものだ。
――は??
……え?今、何が起こっているの?
頭の中を整理するより先に、バッと布団を頭から被った時だった。
「マーガレット!」
ノックもなく、声と共に扉は開かれ、バタバタとした足音がかけつけてきた。
――お父様。
懐かしい声で呼ばれた私の名前。滅多に会う事もなく、顔を合わせる事もない。
けれど、私はその声に、嬉しさとか懐かしいなんて思うわけでもなく……ただ、猫になって逃げる事が出来ない現状に頭を悩ませた。
何で?どうして?
そこまで考えて、私は意識を失う寸前の事を思い出す。
確か、力尽きて……そこで、多分猫の変化が解けただろう感覚。
――王太子殿下が、生きている。
その事に嬉しさを覚えると同時に、猫であった事がバレている絶望。不敬だと処されるのだろうか。例え処されなかったとしても、お父様が帰って来た以上、シェリーの事で何か咎められるのかもしれない。家に戻されるのかもしれない。
「意識を取り戻したばかりですので、お静かに。ティルトン伯爵」
シーツの中で震えていれば、圧のこもった王太子殿下の声が響き、私の事を思う言葉に何故か胸が温かくなった。
「申し訳ございません、王太子殿下。……しかし、一体何があったのですか!」
――ビクッ!
お父様は静かに謝罪をしたけれど、そのすぐ後には興奮したように王太子殿下へ詰め寄った。
何があったか……どこから、何を説明すれば……。
……話したところで、どうにもならないだろうという諦めが私の心を占める。
「家督責任があると思うよ。」
威圧するように、静かに怒気が籠った声で、王太子殿下は放った。
……これは……枕?
ボーッとして今だ働かない頭でも、いつも側にある人の温もりがない事だけは理解して、周囲を見渡せば、ベッドの横に王太子殿下が居た。しかも添い寝ではなく、何故かベッド脇に椅子を置いて座って此方を見ている。
(刺客は……)
とりあえず、いつも通りに刺客の気配がないか魔法を展開させるけれど、どこか気だるさが抜けきらない。
「大丈夫だよ、ティルトン伯爵令嬢」
――は?
今、この王太子殿下は何と言った?
イルではなく、ティルトン伯爵令嬢と言った?
……は?…………え??
一瞬にして脳内が混乱を起こし、私は思わず自分の手を見れば、そこにあるのは紛れもない五本指。まさしく人間の手であり、腕も人間のものだ。
――は??
……え?今、何が起こっているの?
頭の中を整理するより先に、バッと布団を頭から被った時だった。
「マーガレット!」
ノックもなく、声と共に扉は開かれ、バタバタとした足音がかけつけてきた。
――お父様。
懐かしい声で呼ばれた私の名前。滅多に会う事もなく、顔を合わせる事もない。
けれど、私はその声に、嬉しさとか懐かしいなんて思うわけでもなく……ただ、猫になって逃げる事が出来ない現状に頭を悩ませた。
何で?どうして?
そこまで考えて、私は意識を失う寸前の事を思い出す。
確か、力尽きて……そこで、多分猫の変化が解けただろう感覚。
――王太子殿下が、生きている。
その事に嬉しさを覚えると同時に、猫であった事がバレている絶望。不敬だと処されるのだろうか。例え処されなかったとしても、お父様が帰って来た以上、シェリーの事で何か咎められるのかもしれない。家に戻されるのかもしれない。
「意識を取り戻したばかりですので、お静かに。ティルトン伯爵」
シーツの中で震えていれば、圧のこもった王太子殿下の声が響き、私の事を思う言葉に何故か胸が温かくなった。
「申し訳ございません、王太子殿下。……しかし、一体何があったのですか!」
――ビクッ!
お父様は静かに謝罪をしたけれど、そのすぐ後には興奮したように王太子殿下へ詰め寄った。
何があったか……どこから、何を説明すれば……。
……話したところで、どうにもならないだろうという諦めが私の心を占める。
「家督責任があると思うよ。」
威圧するように、静かに怒気が籠った声で、王太子殿下は放った。
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