【完結】婚約破棄された地味令嬢は猫として溺愛される

かずきりり

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 結局、師匠の所で王太子殿下と出くわす事もなかったけれど、人の手が必要な時以外は猫の姿で居た。……と言っても、猫の手では細かい作業が出来ない為、9割以上は人の姿なのだから意味はないようなものなのだけれど、少しでも自分に対する安心感を得る為だ。
 だけれど、この王太子殿下。色んな意味で私の不安をあおる事をしてくれる。
 それは舞踏会シーズン開始となる王城での舞踏会開催日の前日。

「舞踏会はイルをエスコートする」

 執務室で休憩している時、そんな事を言い出した王太子殿下に対して、側近はまたかと言わんばかりに呆れたけれど、従者は多少なりとも慌てた表情だ。そりゃそうだろう。誰が猫をエスコートすると思うのだ。常識的に考えろと言いたい。

「お前も行くよな」
「……にゃぁ」
「イルも行きたいそうだ! これは決定事項だ!」

 不満の声をあげたのだけれど、王太子殿下は自分の都合良く解釈した。それに対して、顔を覆って下を向く従者に、頭を抑える側近。うん、確かにここまで来ると、ただの猫馬鹿王太子殿下にしか見えないと思う。
 思わず王太子殿下の手から逃れ、私は地面へ着地すると、机の下に潜り込んだ。……人前に出るなんて嫌だ。流石に舞踏会で石は投げられないだろうけど、嫌なもんは嫌だ。

「……流石に猫を連れていくのはどうかと。だいたい、王太子殿下には婚約者が居られないのですから、積極的にご令嬢達との交流を……」
「だからこそだ!」

 頭が痛いと言わんばかりの表情で側近が苦言を呈せば、王太子殿下は目を見開いて叫んだ。

「イルを抱えていればダンスも出来ない! 令嬢達への牽制にもなるからな」

 にこやかに語る王太子殿下。側近は肩を落として深いため息を吐いた。
 ……うん、猫を道具に使うな?私をそんな面倒な事に利用しないで?
 机の下から睨みつけるように王太子殿下を見ているが、猫の姿で威圧なんてないだろう。それどころか睨んでいる事すら気が付いてもらえない。

「……早く婚約者を決めて下されば問題ないのでは?」
「優秀な令嬢が居ないからな」

 困った顔で苦言を呈する従者に対し、サラリとかわすように王太子殿下は言い放った。
 ……言われてみれば、王太子殿下なのに婚約者が居ない。幼い頃に高位貴族と婚約を結ばれていてもおかしくない筈なのに。
 年齢の釣り合う高位貴族が居なかった?
 政治バランスを考えて、ちょうど良い家がなかった?
 優秀な令嬢と言う事は、王太子妃教育を学べるだけの令嬢が居ないのか?
 所詮、書物の中だけで学んだ事では、予想すら出来ない。情報は常に変わるもので、そんな内情までは書物に書かれる事はない。
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