【完結】婚約破棄された地味令嬢は猫として溺愛される

かずきりり

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 仕事紹介してくれるんじゃなかったのか、師匠……私で遊んでいるのか。耳や尻尾が垂れ下がる私をきちんと抱けば、師匠は部屋の中を歩く。

「こっちがトイレですよ。こちらは洗面になります。あちらはバスルームですからね?」
「いや、何をやってるんだ?」

 うん、確かに。
 師匠は、もう決定事項だと言わんばかりに、私に部屋の間取りを教えてくれる。……当の王太子殿下本人の意思を確認する事なく。

「この子……イルは賢い猫ですから」
「なるほど?」
「食べ物は人間と同じで構わないですよ~紅茶やお菓子も大丈夫です」
「いや、でもチョコレートは……」
「大丈夫ですよ~! ネギ類やスパイス類、生のエビやイカ等も大丈夫です!」
「な……なるほど?」

 王太子殿下、ドン引きである。
 声を出せるものなら、そんな猫が居るか!と突っ込みたくなる。いや、その猫は私なんだけどね?
 というかトイレを教えてもらったのは有難い。猫用トイレだとか言って用意された箱とかで、人目がある中で排泄なんて、さすがに出来ない。街中でも、流石に草むらとか見えない所を選んでいたからね!

 ――というか、護衛するのは確定なんですかね?

 既に師匠の押しに対して、突っ込む事も忘れて、たじろいでいる王太子殿下は、猫が護衛である事に対する疑問をぶつける事すらしていない。
 むしろ飼い方の指南を受けているようだ。……あれ?私、護衛だよね?

「ではイル。護衛のお仕事頑張ってね」

 師匠は、そう言って私を下ろすと、そのまま部屋を出て行こうとする。

「……本気なのか……?」

 そんな王太子殿下の声は、完全無視なのか聞こえていないのか。無情にも扉が閉まる音だけが響いた。
 うん、師匠の王太子殿下への扱い、不敬にならないのかな?
 思いながら、とりあえずその場へ座ろうとし、絨毯の柔らかさに気が付く。
 ……うん。これ、めちゃくちゃふわふわしてる。確実に高価なやつ!え、私、野良生活のままお風呂にも入ってないから汚れているんですけど!?てか足拭いてないよね!?
 毛皮がなければ、真っ青になっているのが分かるだろう。下手に汚さないようにと、その場から動けなくなる。
 今まで気が付かなかった事実に、呆然自失となり、どうしたもんかと王太子殿下に目を向ければ……そこには鼻の下を伸ばしたような、きびしい顔つきが破綻し笑顔満載の王太子殿下が居た。
 一歩一歩、ゆっくりと近づいてくる王太子殿下に、これは誰だと思いつつも後ずさる勇気もない。だって絨毯を汚してしまう。
 逃げ場をなくした状態の私は、ただ王太子殿下が此方に向かってくるのを眺めるだけだ。
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