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「ここから行くよ」

そう言って目の前にいきなり現れたのは、かろうじて四角い形に光ってる線とでも言えばいいのだろうか。光輝く線が浮かんでいる感じだ。
……現実なら言ってる自分が頭おかしくなったのかとさえ思える。
勇さんの差し出した手を取り、その四角の中を通り過ぎると、そこは空の上だった。

「うわぁあああああお!!!」
「驚いた?」
「そりゃ驚くよ!!」

何かするわけでもなく空中に浮かんでいる自分自身に驚きながらも、のぼったり下がったり、右に行ったり左に行ったり出来るのかと、ジタバタと手足を動かしてみると、意識するだけですんなり動けた事に驚いた。

「プッ!」
「……勇さん?」

そんな私を見て笑いをこらえたつもりなのか、私から顔を背けているけれど噴き出したのは聞こえたし、今も肩を震わせてるのは見てわかる。
思わずジト目で責めるような声で名前を呼ぶと、ごめんごめんと言いながらも、周囲を見てごらんと言われて私は周りを見渡す。
晴天の空、足元には建物が立ち並び、人々が忙しく動いている。あの中に私も居たんだと思うと感慨深くすらなってくる。更に遠くには山等の緑や、海も見えたりする。これはこれで絶景だ、なんて思いつつ、ふと隣に目を向けると雲があった。雲は水蒸気と言うよね、なんて思いながら、掴むかのように手を差し伸べるも、特に感覚なんてなかった。

「幽体だからね……?」

残念そうにする私に、勇さんは感覚がなくて当たり前だと言わんばかりに言ってきた。
そうだった。冷たさも熱さも何も感じないのか、なんて思いながらも雲の中に手を入れるなんて、生きている内に経験できるだろうか!?いや、スカイダイビングとかならできるのか……?……したいと思わないけど。絶叫マシンは苦手なんだよね。幽体になってこんな事してるのに何言ってるんだと思われるかもしれないけど。
実際、急速に動くわけでもなければ、いきなり落下するわけでもないし、自分の意志で身体を動かせるというだけで心持ちが全然違う。

「よーっし!観光だー!」
「……は?」
「生身の体と幽体じゃ違うでしょ!」
「あ~……」

なんとなく納得はしたのか、私は勇さんの手を取ると、そのまま弾丸観光ツアーに向かった。
思いつく限り見て回る。
東京タワーや東京スカイツリーを真横から見て……というか真横に立ち並んだりする事なんてそうそう出来るわけでもない。
そして壁から出入りするなんて事も、幽体ならではの事だ。
ちょっと挑戦しようと思って触れてみたら、そのまますり抜けてしまったのには驚いたけれど、視界に映る景色に違和感はあるものの、感覚的な違和感は一切なかったから、私はそのまま何事もなかったかのように受け入れたら勇さんに少しは戸惑うとかないの?なんて言われてしまった。
明治神宮や浅草寺の普段立ち入り禁止になっている所に入り込もうとした時は、勇さんに思いっきり止められた。
そういう所に出入りだって、人から認識されてない上に通り抜けられる今だけだと思うのに!と反論したら、人としてのルールを守って!モラルどうなってるの!?なんて言われてしまった。
バレなければ良いとか、怒られなければ良いとか、そういう問題ではないと。人は人として守るべき尊厳とは?なんて難しい事を言われて、思わず顔を背けてしまった。
そんな事を言われても、教えてくれる人なんて居なかった。なんて、責任転嫁のような、でも教えてもらわなければ気が付く事が出来ない分類じゃないか、なんて思いが膨れ上がってしまう。

「……ごめん。家庭環境考えてなかった」
「……」

不貞腐れて、涙を浮かべた私に気が付いた後に、ハッとした表情となった勇さんがそう言ったけれど、私は言葉を返せなかった。
ちゃんと……勇さんは知ってるんだ……なんて事を思いながらも、胸の痛みやザワつきが収まるのを待った。

「……両親の所に行く?」
「いるところわかるの?」
「わかるよ」

勇さんが、ふいにそんな事を言う。
勇さんなりの気遣いかもしれないな、と思いながら問いかけた。
そうか、両親が居るところがわかるのか……
じゃあ……

「絶対行かない!」

私は勇さんを睨むように見ると、そう答えた。

「行かない。絶対に!だから二人が居る所に私が行かないようにだけして!!」

叫ぶような私の言葉に、勇さんは苦笑しながら一歩下がるかのように動いた後、わかったよと呟いた。
悲しみに包まれた私の心を代弁するかのように空から雨粒が舞い降りる。
と言っても、感覚があるわけではないので、視覚によって雨を認識しただけだ。
上を向いて雨を見ようとするも、癖のように目を閉じてしまう。生身であれば目に雨が入らないようにというか刺激に対する条件反射的に身体が動いていたが、幽体になっても閉じようとするようだ。
閉じずにすむように慣れると、私は雨が舞い降りる瞬間をしっかりと視界に収めるようにしながら、少しだけ涙を流すような感覚を味わって心を落ち着けた。
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