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「おーい」

遠くのような近くのような、反響したかのような声が耳に届く。

「ねぇ、おねーさん?あ、違うか」

意識が浮上してきたのか、男性の声が自分のすぐ近くから聞こえている事を認識できた。
私を呼んでいる……?と思ったけれど、私はまだ十五歳になったばかりだ。お姉さんと言われる年齢でもないような……?というか男!?

「え!?」
「あ、起きた」

思わず目を開け身体を起こすと、目の前には前髪が目にかかり、ボサっとした感じの地味な男が立っていたが、それ以上に驚いたのは、今自分が居る場所だ。

「ここ……は?」

真っ白な空間に光が漂う光景は現実味がない空間となっていて、思わず自分の目を疑った。
地平線と思える程に延々と広がり続けている白い空間は、爽快どころか、ただただ不安を掻き立てるほどに何もなく、漂っている光は何かの明かりとか、そういう物じゃなくて、本当に漂っているのだ。何もない空間に光だけが、ふわふわと。
思わず自分の頬をつねるが、痛みなんて全くない。

「……夢か……」
「…………幽体ってやつかな…………」

何もない空間の中、唯一居る私以外の存在である男の人は、どこか言いにくそうにそう答えた、と思ったらいきなり思いっきり頭を下げた。

「ほんっとうにごめん!」
「え……えっ!?」

私より少しだけ年上だろうと思われる人にそんな事をされて、わからない事だらけすぎて混乱して挙動不審になってしまう。というかパニックだ。
半分泣きそうになりながらも、脳が処理速度に追いついていないせいか、どこか冷静な部分が自分にもあるようで、でも活動は停止しているようで、自分自身わけのわからない中、ただ一言だけ何とか言葉を絞り出す事が出来た。

「……説明」
「喜んで!」

元気な飲食店を彷彿させる即答された返事に、まずは落ち着こうと膝を抱えて座りなおす。
ずっと……ずっと、自分を抱きしめるのは自分だけで、こうやって自分の人肌で温めて落ち着く事を覚えてきていた名残とも癖とも言える行動。
話を聞く気がありますよ、という意思表示的に男の人の目を見ると、前髪の隙間からチラチラと見える素顔がそれなりに整っている事に気が付いて、思わずドキッとしてしまい、視線をそらしてしまうが、相手はそんな事に気が付いていないかのように話し出した。

「間違えて魂を取り出しちゃいました」

軽く、とても簡潔に。

「……」
「……」

耳に入った言葉が意味を持たないものとして、理解する事なく頭を横切っていく。
しばらく、その言葉の意味を考えに考え………………

「え?じゃあ私、死んだの?」

真っ先に脳内を駆け巡った疑問を口にした。

「いや、生きてますよ?生きてるうちに身体に戻ってください!」
「あ…………はぁ…………」

色々と不思議な事は多々あるものの、とりあえず簡単に理解できた事といえば、間違えて魂を取り出されたから、生きてるうちに身体へ戻れと言う事。
まだまだ処理活動が追い付かない脳内で、言われたままに頷こうとして……まるでフラッシュバックか走馬灯のように、私の頭の中で駆け巡ったのは、誕生日の出来事だった。

「…………あ……」
「どうしたの?おねーさん」

完全に停止した私の顔を覗き込むかのように、男の人の顔が目の前にくるが、それに焦ったりするより前に涙が溢れた。
頷く前に思い出したという事は、余程私は戻りたくないのか。生に未練がないのか。とさえ思えてしまう。

壊れた家族。
愛情に飢えて
私はここに居ると心は叫び続け、枯れ果てた。
男の人が言うには霊体である今の状態で、まだ涙が溢れるのかと自分自身が驚く程に。

――どうせ死ぬつもりだった

戻って何になる?

――生きる意味が見いだせない

生きてるのか死んでるのか分からない毎日

痛みなんてなかった。
あっという間に、気が付いたら、こんな状態になってた。本当は痛かったのかもしれない。けれど一切覚えていない。
ただただ目の前に広がったのは夜空から舞い散る美しい雪の光景で、最後の記憶がそれなんて、悪くないんじゃないかなと思う。

「戻りたくない」
「え?」
「身体に戻らない」
「えぇええええ!!!????」

はっきり言い放った私の言葉に、男の人は驚き顔を上げたかと思ったら慌てたように顔や手を動かす。

「それは絶対だめ!まだ死ぬ時じゃないんだから!間違ってしまっただけ!」
「間違ったのは私のせいじゃないし。むしろそっちの問題だし。私は戻らない」
「うっ」

そっちの過失だと暗に伝えたら、流石に言葉に詰まったようだ。そりゃそうだろう。間違えましたから戻って下さい、なんて虫が良すぎると思わないのかな。
私的には、むしろ間違ってくれてありがとうと感謝の気持ちさえ沸き起こる。だって私は目標を叶える事が出来たのだから。
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