【完結】ネットゲームで知り合った配信者に恋をした

かずきりり

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 あの声で歌ってもらえるなんて喜ばしい限りだ。
 配信で歌うなんて事はないから、楽しみや期待は果てしない。私だけが聞ける、ロイさんの歌。それが何よりも尊くて大切な時間だ。
 駅から少し離れたカラオケ店まで歩き、三時間パックを選択して入る。
 もっと一緒に居たいのだけれど、今日は絶対早く帰るのだと心に決めて。

「……ロイさん、うまい!」
「マジで? 嬉しいな」
「もっと歌ってよ!」
「しぃも歌えって!」

 息を飲むほどの上手さに、私は次を懇願する。
 ロイさんの声で、歌も上手だなんて、配信なんてすればもっとファンが増えそうで、優越感と勝手な嫉妬が込み上げる。

「歌配信なんてしたら、もっとファンが増えそうだねぇ」
「いや、俺はゲームがしたい」

 そんな言葉に安堵する。
 私だけが聞いている、私だけが聞ける。嬉しさで自然な笑みが浮かぶ。
 嫌いなところなんて見つからない。
 好きだ。大好きだ。
 会って思えるのは、ただ好きという感情が溢れんばかりに増えた事だけ。
 ただ、それだけを実感する事になった時間も終わりを向かえ、私達はカラオケ店を出たのだけれども、外はまさかの大雨だった。

「え、傘持ってない」
「俺も。通り雨かな?」

 そこでしばらく待ってみても、雨は弱まる事もない。ふと頭上を見上げれば、一切星明かりが見えず、ただ真っ暗な闇ばかりだ。

「天気予報見たけど、しばらく止みそうにないな」
「え!?」

 そういえば、天気予報まで確認していなかった事に肩を落とす。
 前日なんて、自分磨きにしっかり時間を使っていたし、それまでは皆に相談というか愚痴を垂れ流す事ばかりしていた。詰めが甘い自分に対し、嫌になる。
 強い雨音で周囲の雑音が耳に届く事もない程で、カラオケ店の軒先に立っていても、地面に跳ね返る雨で靴は濡れていくばかりだ。既に中まで浸透している。

「駅まで走るしかないかな……」
「いや、十分以上かかるよ?」
「途中でコンビニとかあれば、傘買えるし」
「近くにあったかなぁ……」

 確か駅の近くにはあった筈だ。つまり、十分近くは濡れたまま走る事になってしまうけれど。

「私、行くね! 今日はありがとう!」

 このまま、ここに居たところで、帰るタイミングを見失うだけだ。
 むしろ、立ち往生してしまうだけになる。

「あっ! しぃ!」

 ロイさんの声を背後に、思い切って私は走り出した。まるで、振り切るかのように。
 だけど、少し走っただけで、もう全身ずぶ濡れだ。
 どこかでタオルでも買って乾くのを待つか、服を買って着替えた方が良さそうだ。終電までには何とかなるだろう。
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