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「あぁああああ…………」

 目の前には蕩けそうな程の笑顔で、こちらを見ているルイス。
 狭い馬車の中では逃げ場なんてものはなくて、私は、ただ呻き声をあげて顔を隠している事しか出来ない。
 というか、ルイスの顔をまともに見る事なんて出来ない。
 どうやら私は、昨夜あのまま寝てしまったようで、気が付けば朝だったのだ。しかも、ベッドの上で、横にはルイスが居た。
 風邪を引いてはいけないのでと、ルイスは言っていたけれど、いくら婚約者と言えど同衾は良くないでしょう! というかヒロインに申し訳ないというか、ヒロインの事は良いのかルイスよ!

「義姉上、つきましたよ?」

 いつもと変わらない、否、笑顔が多いルイスだけれど、その顔を直視する事は出来ない。
 何とかエスコートしてもらって馬車から下りるけれど、最早羞恥心で死ねるというか、今すぐどこかへ隠れたい。もう穴があったら入りたいというより、穴を掘って埋まってしまって見えなくなりたいという気持ちだ。
 ……そうなったら命の危機なので出来ないし、しないけれど。
 それくらい、人目に付く事……いや、ルイスの視界に入る事が恥ずかしい。

「あっ」
「ねぇ……」
「ちょっと……」

 学院を歩いていれば、騒めきと共に道が開けられる。
 いや、待って!? 私の醜聞を皆が知ってる!? そんなわけないよね!?
 いくら情報をいち早く掴み、先行きを見通して動く貴族だからと言って、公爵家の中で起こった事にまで!?
 これぞ前世で言っていた、壁に耳あり、障子に目ありですか!?

「義姉上、そんな緊張しなくても大丈夫ですよ……?」
「はひぃ!?」

 いきなり話しかけられて、身体が跳ねる。
 いやでも大丈夫じゃないよ!? 公爵家の醜聞だよ!? 同衾なんて!
 と言いたいけれど、周囲の視線から声に出す事は憚られる。
 おろおろと挙動不審になるだけの私に、ルイスは溜息を吐きながら口を開いた。

「……そのうち、正式な声明が発表されるまでの間ですよ。俺の事が噂されるのは……」
「……はい?」

 ……ルイスの事?
 恥ずかしさもどこへやら。キョトンとルイスを見上げれば、ルイスもこちらを見て首を傾げた。

「「…………」」

 お互い、しばし無言で立ち尽くす。

「あ……あーー!!」
「義姉上……声大きいです」

 そうだ。ルイスに王族の血が入っているって事で遠巻きにされているのか!
 私の事でなくて良かった!

「義姉上の可愛らしい寝顔が周囲にバレてたまるか」

 ボソリと笑顔で呟くルイスの声は、しっかり私の耳には届いたわけで……。
 顔を真っ赤に染めながら、教室へと向かった。
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