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「ならば、変わらず寄越しなさいよ!」
「寄越せとは何事ですか。私は医師の意見を尊重致しますよ。行きたくないと言うのに、腕を見込んで派遣していたのです。でも、それも侮辱されるまでの間です」
「子爵家の分際で!」
「分際と言うならば、子爵家に頼らないで下さい。まぁ、もう新たな契約通りに事を進めさせて頂いておりますが」

 体調が悪いのも忘れたのか。それとも怒りが勝ったのか。顔を真っ赤にしながらブリジット嬢が叫ぶ。
 ただ今までと違うのは、私が全て言い返している所だろうか。……しかも、毒を含めて。
 マリーが居れば、もっと穏やかに話せていたのだろうか。むしろマリーならば、どんな反応を見せてくれていたのだろうと思えば、ここに居ない事が少し残念な気もする。

「新たな……契約……とは」
「こちらですよ」

 対象的に、クレシー侯爵は顔を真っ青にして呟くように言葉を放った瞬間、タイミング良くお父様が登場して、契約書を掲げた。

「我がヴァロア子爵家からクレシー侯爵家へと、特に利息や期限もなく資金援助していた恩として、何度も願い出られた婚約でしたが……こうも侮辱され見下されていれば、こちらとしても腹立たしいと言うもの」
「資金援助!?子爵家が侯爵家に!?」

 驚き声を上げたのはブリジット嬢だ。ジャンは呆気に取られている。
 けれど、侯爵家の資金繰りが厳しい事は社交界でも有名だった為、周囲の貴族は静観している。それを見て、ブリジット嬢も驚き目を見開いた。

「式の準備は全てブリジット嬢が口出し、新居の部屋もブリジット嬢が選ぶ。それに対して同調する令息。何より、こちらが抗議の声を上げても無視し続けたクレシー侯爵に、こちらも情けをかける事をしなかっただけだ」

 慌ててクレシー侯爵が契約書をひったくって、その内容を確認し始める。その横で、ブリジット嬢やジャンも契約書に目を落とした。

「……なっ」
「お父様……」
「これは……」

 愕然とするクレシー侯爵だが、侯爵家の事を何も知らない二人は、クレシー侯爵に困惑の目を向けるだけだ。

「これ以上ブリジット嬢を止める事なく暴走させ、アンヌの意思を無視するのであれば以下の通りに契約を遂行する……だと!?こんな横暴な事、ヴァロア子爵らしくない!今までしなかったじゃないか!」

 慌てて怒鳴るクレシー侯爵に、お父様は冷たい目線を向けた。

「バージンロードを歩かせろなんて非常識的な事を言うブリジット嬢を止めなかったのはそちらですよね?招待された方々が、どう思うか考えもしなかったのですか?……我が家も醜聞に巻き込もうとされたのですか?そうなった場合でも、資金援助は難しくなっていたでしょうね」
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