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「お取込み中でしたか?」

 扉の外から、声が聞こえる。

「先生!」

 扉が開き、入って来たのは白衣を着た医師だ。
 嬉しそうにブリジット嬢が駆けて行った事から、ブリジット嬢の担当医だという事は誰が見ても分かる事だ。けれど、当の医師は、どうしたものかと狼狽えている。きっと、先ほどの声が扉の外まで聞こえていたのだろう。

「先生? どうされたの?」

 医師の様子が何時もと違う事に気が付いたのか、ブリジット嬢はコテンと首を傾げた。

「ブリジットが泣いたと聞いたからね。すぐに先生をお呼びしたんだ。診てもらいなさい。何かあってからでは遅い」
「まぁ! そうなのですね! ありがとうございます、お父様! では先生、こちらへ」
「先生の薬はよく効きますからね。見立ても良いのでしょう」

 何て過保護な。
 話は変わったと言わんばかりに、クレシー侯爵とブリジット嬢、そしてジャンまでもが退室して行く。……私は頑として、バージンロードをブリジットに歩かせる許可を出していない事は理解しているのだろうか。
 私とマリー、そして医師だけが部屋に取り残された。
 慌てふためき、狼狽える医師は、私の方へと戸惑った視線を投げかける。
 私は、その視線の意味を理解し、深く頷いた。それを見た医師は、自分の使命を果たすよう、目に力を取り戻し、力強い足取りで皆の後を追うように退室して行った。

「お嬢様」

 取り残された部屋で、マリーが私の側に来る。
 その顔は、既に無だ。何も感じていない……というより、もう何も考えたくないのだろう。理解の範疇を超えすぎている。
 そんなマリーに、思わず笑いが込み上げてきた。

「……笑えませんよ?」
「状況はね」

 こんな中でも、まだ軽口を言える余裕が出来るのは、マリーのお陰だと、つくづく思い知らされる。
 私にとってマリーは、自分を保つ為の支えであり、助けでもある、有難い存在だ。

「帰って子爵へご報告ですね」
「あと、お手紙を書いてもらうように言わなければね」
「……あぁ、そうですね」

 皆が退室して行った扉を見て、マリーも察した。
 お父様とクレシー侯爵の間で新たに取り交わした契約。まだ契約書を見ていないけれど、きっとお父様なら、中途半端な情けはもうかける事がないだろう。
 情けをかけた結果が、これだけ見下され、蔑ろにされているのだから。

「帰りましょう」

 そして、私達も部屋を出て、馬車へ向かう。

 ――このまま、何事もなく結婚式を迎えるのか。
 ――それとも…………。

 新たな契約が発揮される事なく終われば良いのだけれど。
 それはそれで、私自身が不安との闘いに身を置く事になるから、歓迎できるものでもないのが本音だ。
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