10 / 21
10
しおりを挟む
「お取込み中でしたか?」
扉の外から、声が聞こえる。
「先生!」
扉が開き、入って来たのは白衣を着た医師だ。
嬉しそうにブリジット嬢が駆けて行った事から、ブリジット嬢の担当医だという事は誰が見ても分かる事だ。けれど、当の医師は、どうしたものかと狼狽えている。きっと、先ほどの声が扉の外まで聞こえていたのだろう。
「先生? どうされたの?」
医師の様子が何時もと違う事に気が付いたのか、ブリジット嬢はコテンと首を傾げた。
「ブリジットが泣いたと聞いたからね。すぐに先生をお呼びしたんだ。診てもらいなさい。何かあってからでは遅い」
「まぁ! そうなのですね! ありがとうございます、お父様! では先生、こちらへ」
「先生の薬はよく効きますからね。見立ても良いのでしょう」
何て過保護な。
話は変わったと言わんばかりに、クレシー侯爵とブリジット嬢、そしてジャンまでもが退室して行く。……私は頑として、バージンロードをブリジットに歩かせる許可を出していない事は理解しているのだろうか。
私とマリー、そして医師だけが部屋に取り残された。
慌てふためき、狼狽える医師は、私の方へと戸惑った視線を投げかける。
私は、その視線の意味を理解し、深く頷いた。それを見た医師は、自分の使命を果たすよう、目に力を取り戻し、力強い足取りで皆の後を追うように退室して行った。
「お嬢様」
取り残された部屋で、マリーが私の側に来る。
その顔は、既に無だ。何も感じていない……というより、もう何も考えたくないのだろう。理解の範疇を超えすぎている。
そんなマリーに、思わず笑いが込み上げてきた。
「……笑えませんよ?」
「状況はね」
こんな中でも、まだ軽口を言える余裕が出来るのは、マリーのお陰だと、つくづく思い知らされる。
私にとってマリーは、自分を保つ為の支えであり、助けでもある、有難い存在だ。
「帰って子爵へご報告ですね」
「あと、お手紙を書いてもらうように言わなければね」
「……あぁ、そうですね」
皆が退室して行った扉を見て、マリーも察した。
お父様とクレシー侯爵の間で新たに取り交わした契約。まだ契約書を見ていないけれど、きっとお父様なら、中途半端な情けはもうかける事がないだろう。
情けをかけた結果が、これだけ見下され、蔑ろにされているのだから。
「帰りましょう」
そして、私達も部屋を出て、馬車へ向かう。
――このまま、何事もなく結婚式を迎えるのか。
――それとも…………。
新たな契約が発揮される事なく終われば良いのだけれど。
それはそれで、私自身が不安との闘いに身を置く事になるから、歓迎できるものでもないのが本音だ。
扉の外から、声が聞こえる。
「先生!」
扉が開き、入って来たのは白衣を着た医師だ。
嬉しそうにブリジット嬢が駆けて行った事から、ブリジット嬢の担当医だという事は誰が見ても分かる事だ。けれど、当の医師は、どうしたものかと狼狽えている。きっと、先ほどの声が扉の外まで聞こえていたのだろう。
「先生? どうされたの?」
医師の様子が何時もと違う事に気が付いたのか、ブリジット嬢はコテンと首を傾げた。
「ブリジットが泣いたと聞いたからね。すぐに先生をお呼びしたんだ。診てもらいなさい。何かあってからでは遅い」
「まぁ! そうなのですね! ありがとうございます、お父様! では先生、こちらへ」
「先生の薬はよく効きますからね。見立ても良いのでしょう」
何て過保護な。
話は変わったと言わんばかりに、クレシー侯爵とブリジット嬢、そしてジャンまでもが退室して行く。……私は頑として、バージンロードをブリジットに歩かせる許可を出していない事は理解しているのだろうか。
私とマリー、そして医師だけが部屋に取り残された。
慌てふためき、狼狽える医師は、私の方へと戸惑った視線を投げかける。
私は、その視線の意味を理解し、深く頷いた。それを見た医師は、自分の使命を果たすよう、目に力を取り戻し、力強い足取りで皆の後を追うように退室して行った。
「お嬢様」
取り残された部屋で、マリーが私の側に来る。
その顔は、既に無だ。何も感じていない……というより、もう何も考えたくないのだろう。理解の範疇を超えすぎている。
そんなマリーに、思わず笑いが込み上げてきた。
「……笑えませんよ?」
「状況はね」
こんな中でも、まだ軽口を言える余裕が出来るのは、マリーのお陰だと、つくづく思い知らされる。
私にとってマリーは、自分を保つ為の支えであり、助けでもある、有難い存在だ。
「帰って子爵へご報告ですね」
「あと、お手紙を書いてもらうように言わなければね」
「……あぁ、そうですね」
皆が退室して行った扉を見て、マリーも察した。
お父様とクレシー侯爵の間で新たに取り交わした契約。まだ契約書を見ていないけれど、きっとお父様なら、中途半端な情けはもうかける事がないだろう。
情けをかけた結果が、これだけ見下され、蔑ろにされているのだから。
「帰りましょう」
そして、私達も部屋を出て、馬車へ向かう。
――このまま、何事もなく結婚式を迎えるのか。
――それとも…………。
新たな契約が発揮される事なく終われば良いのだけれど。
それはそれで、私自身が不安との闘いに身を置く事になるから、歓迎できるものでもないのが本音だ。
205
お気に入りに追加
3,562
あなたにおすすめの小説

〖完結〗旦那様には本命がいるようですので、復讐してからお別れします。
藍川みいな
恋愛
憧れのセイバン・スコフィールド侯爵に嫁いだ伯爵令嬢のレイチェルは、良い妻になろうと努力していた。
だがセイバンには結婚前から付き合っていた女性がいて、レイチェルとの結婚はお金の為だった。
レイチェルには指一本触れることもなく、愛人の家に入り浸るセイバンと離縁を決意したレイチェルだったが、愛人からお金が必要だから離縁はしないでと言われる。
レイチェルは身勝手な愛人とセイバンに、反撃を開始するのだった。
設定はゆるゆるです。
本編10話で完結になります。

許してもらえるだなんて本気で思っているのですか?
風見ゆうみ
恋愛
ネイロス伯爵家の次女であるわたしは、幼い頃から変わった子だと言われ続け、家族だけじゃなく、周りの貴族から馬鹿にされ続けてきた。
そんなわたしを公爵である伯父はとても可愛がってくれていた。
ある日、伯父がお医者様から余命を宣告される。
それを聞いたわたしの家族は、子供のいない伯父の財産が父に入ると考えて豪遊し始める。
わたしの婚約者も伯父の遺産を当てにして、姉に乗り換え、姉は姉で伯父が選んでくれた自分の婚約者をわたしに押し付けてきた。
伯父が亡くなったあと、遺言書が公開され、そこには「遺留分以外の財産全てをリウ・ネイロスに、家督はリウ・ネイロスの婚約者に譲る」と書かれていた。
そのことを知った家族たちはわたしのご機嫌伺いを始める。
え……、許してもらえるだなんて本気で思ってるんですか?
※独特の異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。
※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。

契約婚なのだから契約を守るべきでしたわ、旦那様。
よもぎ
恋愛
白い結婚を三年間。その他いくつかの決まり事。アンネリーナはその条件を呑み、三年を過ごした。そうして結婚が終わるその日になって三年振りに会った戸籍上の夫に離縁を切り出されたアンネリーナは言う。追加の慰謝料を頂きます――

その発言、後悔しないで下さいね?
風見ゆうみ
恋愛
「君を愛する事は出来ない」「いちいちそんな宣言をしていただかなくても結構ですよ?」結婚式後、私、エレノアと旦那様であるシークス・クロフォード公爵が交わした会話は要約すると、そんな感じで、第1印象はお互いに良くありませんでした。
一緒に住んでいる義父母は優しいのですが、義妹はものすごく意地悪です。でも、そんな事を気にして、泣き寝入りする性格でもありません。
結婚式の次の日、旦那様にお話したい事があった私は、旦那様の執務室に行き、必要な話を終えた後に帰ろうとしますが、何もないところで躓いてしまいます。
一瞬、私の腕に何かが触れた気がしたのですが、そのまま私は転んでしまいました。
「大丈夫か?」と聞かれ、振り返ると、そこには長い白と黒の毛を持った大きな犬が!
でも、話しかけてきた声は旦那様らしきものでしたのに、旦那様の姿がどこにも見当たりません!
「犬が喋りました! あの、よろしければ教えていただきたいのですが、旦那様を知りませんか?」「ここにいる!」「ですから旦那様はどこに?」「俺だ!」「あなたは、わんちゃんです! 旦那様ではありません!」
※カクヨムさんで加筆修正版を投稿しています。
※史実とは関係ない異世界の世界観であり、設定も緩くご都合主義です。魔法や呪いも存在します。作者の都合の良い世界観や設定であるとご了承いただいた上でお読み下さいませ。
※クズがいますので、ご注意下さい。
※ざまぁは過度なものではありません。

手放したくない理由
ねむたん
恋愛
公爵令嬢エリスと王太子アドリアンの婚約は、互いに「務め」として受け入れたものだった。貴族として、国のために結ばれる。
しかし、王太子が何かと幼馴染のレイナを優先し、社交界でも「王太子妃にふさわしいのは彼女では?」と囁かれる中、エリスは淡々と「それならば、私は不要では?」と考える。そして、自ら婚約解消を申し出る。
話し合いの場で、王妃が「辛い思いをさせてしまってごめんなさいね」と声をかけるが、エリスは本当にまったく辛くなかったため、きょとんとする。その様子を見た周囲は困惑し、
「……王太子への愛は芽生えていなかったのですか?」
と問うが、エリスは「愛?」と首を傾げる。
同時に、婚約解消に動揺したアドリアンにも、側近たちが「殿下はレイナ嬢に恋をしていたのでは?」と問いかける。しかし、彼もまた「恋……?」と首を傾げる。
大人たちは、その光景を見て、教育の偏りを大いに後悔することになる。

あなたに未練などありません
風見ゆうみ
恋愛
「本当は前から知っていたんだ。君がキャロをいじめていた事」
初恋であり、ずっと思いを寄せていた婚約者からありえない事を言われ、侯爵令嬢であるわたし、アニエス・ロロアルの頭の中は真っ白になった。
わたしの婚約者はクォント国の第2王子ヘイスト殿下、幼馴染で親友のキャロラインは他の友人達と結託して嘘をつき、私から婚約者を奪おうと考えたようだった。
数日後の王家主催のパーティーでヘイスト殿下に婚約破棄されると知った父は激怒し、元々、わたしを憎んでいた事もあり、婚約破棄後はわたしとの縁を切り、わたしを家から追い出すと告げ、それを承認する書面にサインまでさせられてしまう。
そして、予告通り出席したパーティーで婚約破棄を告げられ絶望していたわたしに、その場で求婚してきたのは、ヘイスト殿下の兄であり病弱だという事で有名なジェレミー王太子殿下だった…。
※史実とは関係なく、設定もゆるい、ご都合主義です。
※中世ヨーロッパ風で貴族制度はありますが、法律、武器、食べ物などは現代風です。話を進めるにあたり、都合の良い世界観となっています。
※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。

俺はお前ではなく、彼女を一生涯愛し護り続けると決めたんだ! そう仰られた元婚約者様へ。貴方が愛する人が、夜会で大問題を起こしたようですよ?
柚木ゆず
恋愛
※9月20日、本編完結いたしました。明日21日より番外編として、ジェラール親子とマリエット親子の、最後のざまぁに関するお話を投稿させていただきます。
お前の家ティレア家は、財の力で爵位を得た新興貴族だ! そんな歴史も品もない家に生まれた女が、名家に生まれた俺に相応しいはずがない! 俺はどうして気付かなかったんだ――。
婚約中に心変わりをされたクレランズ伯爵家のジェラール様は、沢山の暴言を口にしたあと、一方的に婚約の解消を宣言しました。
そうしてジェラール様はわたしのもとを去り、曰く『お前と違って貴族然とした女性』であり『気品溢れる女性』な方と新たに婚約を結ばれたのですが――
ジェラール様。貴方の婚約者であるマリエット様が、侯爵家主催の夜会で大問題を起こしてしまったみたいですよ?

【完結】元婚約者の次の婚約者は私の妹だそうです。ところでご存知ないでしょうが、妹は貴方の妹でもありますよ。
葉桜鹿乃
恋愛
あらぬ罪を着せられ婚約破棄を言い渡されたジュリア・スカーレット伯爵令嬢は、ある秘密を抱えていた。
それは、元婚約者モーガンが次の婚約者に望んだジュリアの妹マリアが、モーガンの実の妹でもある、という秘密だ。
本当ならば墓まで持っていくつもりだったが、ジュリアを婚約者にとモーガンの親友である第一王子フィリップが望んでくれた事で、ジュリアは真実を突きつける事を決める。
※エピローグにてひとまず完結ですが、疑問点があがっていた所や、具体的な姉妹に対する差など、サクサク読んでもらうのに削った所を(現在他作を書いているので不定期で)番外編で更新しますので、暫く連載中のままとさせていただきます。よろしくお願いします。
番外編に手が回らないため、一旦完結と致します。
(2021/02/07 02:00)
小説家になろう・カクヨムでも別名義にて連載を始めました。
恋愛及び全体1位ありがとうございます!
※感想の取り扱いについては近況ボードを参照ください。(10/27追記)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる