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 何の茶番だ。
 目を細めて、軽蔑するかのようにクレシー侯爵を見つめる。ジャンは感極まったのか、もらい泣きをするかのよう、目に涙を浮かべている。
 確かに病弱ではあったかもしれない。起き上がるのが奇跡のようかもしれない。それを考えたら、多少の我儘を聞いてあげたくなる気持ちもわかる。
 だけれど、今はどうだ?起き上がり、大声を出して、小走りに駆けている。
 しかも、多少どころではない我儘だ。クレシー侯爵家、並びにヴァロア子爵家の醜聞にもなりえる我儘なのだ。そんなものを安々と叶えようとする辺り、貴族当主としてどうなんだと問いたい。
 そして、私の式だと言うのに、それを無碍にするのは、人としてもどうなのかと思えてしまう。

「……お父様……ヴァロア子爵と、話し合いはしたのですよね?」

 低く、鋭い私の声と言葉に、クレシー侯爵の肩が僅かに上がった。
 それでも、こちらを見る事のないクレシー侯爵に、私は尚も問いかける。

「話し合いはされたのですよね?」
「いや、まぁそりゃ……良いじゃないか、そんな事は今」
「……そんな事?」

 私の鋭い視線に、クレシー侯爵は顔を合わせようとせず、視線を泳がせている。その様子を見るに、きちんと話し合いは行われ、お父様から更に苦言を呈された事だろう。
 なら、お父様は新たな契約書を提示した筈で、それに対してサインもしているだろう。……読んでいるかどうかは知らないけれど。

「いや……その……病弱なブリジットの頼みだ。頼む、アンヌ子爵令嬢」

 私の深い溜息を聞いて、焦ったように言葉を紡ぐクレシー侯爵だけれど、言っている内容は一切変わっていない。
 恩義があると、しつこく婚約を結ぼうと言ってきたのはクレシー侯爵だ。この人に義理や人情と言ったものは皆無なのだろうか。
 たとえ一人娘が可愛かったとしても、それで全ての道理が覆るわけないのだ。
 
「帰ります」

 これ以上、話していても埒があかないと思い、踵を返す。

「ま……待ってくれアンヌ子爵令嬢!」
「アンヌ! 義姉さんの頼みを聞いてくれ!」

 まだ言うか。
 だけれど、当の本人であるブリジット嬢は、さっきまで流していた涙はどこに消えたのか。身体を震わせながら、私に対して鋭い目線で睨みつけている。

「この……子爵家如きが!」

 ピタリと、足を止める。
 室内はシーンと静まり返っている。
 ブリジット嬢の一言に、誰も何かを発する事なく……時が止まったかのように。
 ただ唯一、ブリジット嬢だけは興奮冷めやらぬ様子で、肩で息をしている。

 ――子爵家如き。

 よく言ってくれたものだ。
 クレシー侯爵は、顔面を蒼白にしながら、ブリジット嬢を呆然と見つめる事しか出来ていない。
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