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「えーっと……アンヌ?」

 夕食の席で、お父様が私の機嫌を伺うように声をかけてきたので、私はナイフとフォークを置いて、満面の笑みを見せた。その表情だけで安心は出来なかったのだろう、躊躇うようにした後、意を決したようにお父様は顔を上げて口を開いた。

「マリーから話は聞いていたのだが……何というか……」
「どうして我が家をここまで見下すのでしょうか。理解が出来ません」
「……だな……婚約を解消ないし白紙に戻したとて、アンヌの経歴に傷がつくだろうと思って抗議の文は送っているのだが……」

 お父様も頭を抱え出した。
 というか、マリーはキチンと報告をしてくれていたのか。素知らぬ顔で控えているけれど、私以上の怒りを持ってしてお父様に進言したのだろう。

「そもそも、クレシー侯爵からどうしてもと言う婚約だったのだが……」
「受けなければ良かったのに」
「しかし、恩を返したいと言って、何度も言われれば、家柄的に断り続けるのも周囲の目があるというものだ……」
「それでも受けなければ良かった……まぁ、結果論でしかありませんが」

 そう。その時はこうなるなんて思ってもみなかった。
 何の見返りもなく、ただクレシー侯爵を助けただけだ。それに対し、恩義を感じたクレシー侯爵が、どうしても私を侯爵家に迎えたいと言い出した。

「……度重なる抗議も無碍にするとは……」

 恩義なんて口先だけだったのだろうと思える。
 むしろ私を迎え入れるのも、今になっては何かしら利用しようとしているのかとさえ邪推してしまう。
 私は、ただ貴族の契約結婚で、クレシー侯爵の方から繋がりを持ちたいと言われれば、ただの子爵家が何度も断る事は出来ない。それが恩義からだとしても。周囲の貴族は、侯爵家を無碍に扱う、常識の知らない子爵家に思うだろう。

「いっそ、契約書を変えてみてはどうでしょうか」

 私の放った言葉に、お父様は勢いよく顔を上げた。

「そうか……そうだな。今までは何の制約もない、ただの契約書だったが……そうか、そうだな! 抗議を聞き入れないのであれば……」

 ブツブツと呟き始めるお父様。きっと、その内容は私……否、子爵家にとって害はないが、優位に運ぶような内容にしてくれる事だろう。ただ、それを侯爵が認めるかどうかだけだ。

「まぁ、抗議文を無視している事をつつけば、サインくらいするだろう。……アンヌは気にするな」
「と言っても、結婚は取りやめませんよね? 先行きは不安以上の不安しかありませんよ」

 結局、決めてしまった婚約・婚姻は覆す事が出来ない。
 その事実だけに打ちのめされたように、お父様は項垂れたが、その目は絶対に見返してやると言わんばかりに怒りが溢れていた。
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