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式場も決まり、ドレスも制作され始め、出される料理も決まった。式まで残り一ヵ月といったところだ。着実に準備が進んでいる。
全く持って、夢や希望もなければ、期待などと言ったものもない。むしろ、侯爵家を私達の代で終わらせてしまうのではないかという不安の方が勝る。
そんな私の思いとは裏腹に、ジャンはまたもや義姉の言いなりになるのだ。
「……どういう事?」
「え? 話聞いてた? アンヌの部屋だよ!」
にこやかに答えるジャンに、私は右手を振り上げかけた時、扉の近くで花瓶を両手で持ち上げているマリーを見つけた。……勿論、その花瓶はジャンに向けて放つつもりなのだろう。周囲の侍女たちに止められてはいたけれど。
おかげで、私は右手を上げる事もなく……勿論、ジャンに向けて叩きつける事もなく、少しは冷静さを取り戻せた。
「……見事なまでにピンクなのだけれど?」
「あぁ! 義姉さんが、女の子ならばこういった可愛らしい部屋の方が良いって言ってくれて、見繕ってくれたんだ!」
またも、義姉。
またも、ブリジット嬢。
部屋はカーテンからベッドカバー、ソファに至るまでピンクで埋め尽くされているだけでなく、置かれている小物の類までピンクだ。
眩暈がしそうになるのを、頭を抑えながら耐える。
「……私はシンプルなモノトーンの部屋が落ち着くのだけれど? そう手紙にも書いていたわよね?」
「ん? だからピンクにしただろう? 派手な色は使っていないよ」
「……」
思わず、絶句した。
モノトーンが良いと言っているのに、派手な色を使っていないとは、如何に?
白はあるものの、黒はないんですけれど?というか、ほぼピンクですけれど?
そもそも、これ、誰の好みよ。ブリジット嬢でしょ。私じゃないでしょ。
声にまでは出せないが、頭の中では言葉が駆けまわる。
今にも殴って罵声を浴びせたいところなのに、どうやら衝撃が強すぎて、頭の中で混乱を起こしているようだ。
むしろ、言葉だけでここまでダメージを与えられる程の頓珍漢な回答は、悪い意味で賞賛に値するのではないだろうか。
「アンヌ?」
放心状態のように見える私に、ジャンは顔を覗き込むようにして名前を呼ぶ。
「この無神経男」
「えっ?」
絞り出すようなドスの聞いた声が、自分の奥底からボソリと放たれた。
ジャンはポカンとした顔で停止した。内容を聞き取れなかったのか、それとも脳の処理が追い付かず、言われた意味を理解出来ないのか。
私はそれ以上、何か言葉を発するでもなく踵を返すと、マリーが親指を立てて、にこやかな表情をした後に動き出した。私がこのまま邸へ戻ると判断したのだろう。まさしくその通りだ。
こんな落ち着かない部屋に、これ以上居たくはない。しかしそれ以上に、ジャンに対し不安や不信感以上のものも芽生えた。
全く持って、夢や希望もなければ、期待などと言ったものもない。むしろ、侯爵家を私達の代で終わらせてしまうのではないかという不安の方が勝る。
そんな私の思いとは裏腹に、ジャンはまたもや義姉の言いなりになるのだ。
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「え? 話聞いてた? アンヌの部屋だよ!」
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「ん? だからピンクにしただろう? 派手な色は使っていないよ」
「……」
思わず、絶句した。
モノトーンが良いと言っているのに、派手な色を使っていないとは、如何に?
白はあるものの、黒はないんですけれど?というか、ほぼピンクですけれど?
そもそも、これ、誰の好みよ。ブリジット嬢でしょ。私じゃないでしょ。
声にまでは出せないが、頭の中では言葉が駆けまわる。
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私はそれ以上、何か言葉を発するでもなく踵を返すと、マリーが親指を立てて、にこやかな表情をした後に動き出した。私がこのまま邸へ戻ると判断したのだろう。まさしくその通りだ。
こんな落ち着かない部屋に、これ以上居たくはない。しかしそれ以上に、ジャンに対し不安や不信感以上のものも芽生えた。
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