召喚されたら聖女が二人!? 私はお呼びじゃないようなので好きに生きます

かずきりり

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2巻

2-3

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 降り立てば、頭上をおおう木々の隙間から何とか陽射しが入ってくる程度で、地面はぬかるんでいる。草も腰程までに伸びていて、シロに乗っていなければ、こんな所を馬で駆けて来る事になっていたのか。
 そう考えれば、シロの存在に大分助けられているなと、お疲れ様の意味を込めて頭を撫でると、シロは嬉しそうに目を細めた。

「この先は寂れた村があるらしいが……泊まるのはそこにした方が良いだろうな」
「そこから先は、もう未知の世界と言っても過言ではありません」

 食事を終えれば、二人からそんな事を話された。
 これから先は更に過酷なのか。そんな道を、これだけの距離を、クロは移動してきたのか。
 昔も……そして今回も。それだけでクロの凄さと苦労を垣間見る事が出来る。
 会ったら、いっぱいもふもふしよう! じゃなくて、甘えさせ……いや、甘えたいな……いやいやいや、やっぱりもふもふしたい! 存分に愛でよう!
 何度目か分からない決意をし、私達はまたシロに乗り、魔界に行くまでにある最後の村へと向かった。


 年老いた人が数人居るだけで、崩れかけた家と朽ちかけた畑、かろうじて水を汲む事が出来るだろう、ボロボロになった井戸いど
 魔界の一番近くにあるとされている村は、残っている人々が、ただ最後を迎える場所になっているようだった。家や畑を修復させるには、若い人手がいなければ難しいだろう。

「空き家はいっぱいありますので、適当に使って下され……多少なりとも雨風はしのげるでしょう」

 何もおかまいは出来ませんがと、一番の年長者であり、村長のような人が頭を下げた。
 むしろ、食べる物もほとんどないような場所に泊まらせてくれと言った事が、申し訳なく感じる日本人魂よ。まぁ携帯食はあるし、野宿も平気だからこそ余計に思うのだけれど。
 村は柵に囲われているわけでもない為、正気を失った魔物が襲ってくれば、こんな村はひとたまりもないだろう。……飢えはあっても、恨み妬みなどの感情が一切感じ取られないから、変な瘴気しょうきは発生しなさそうだけれど。

「ちょっと畑に行ってくるね」
「お供します」
「俺もー」

 私が言えば、シロは無言で肩に乗り、二人も立ち上がる。

「休んでいれば良いのに」
「それを言うならスワ様も、です」
「シロに乗ってるだけだからなー」

 そう返されたら何も言えない。
 確かに一番疲れているのはシロだしなぁと、肩に乗ったシロを見つめると、私の視線に気が付いたシロはスリスリと擦り寄ってきた。

「スワ様の側にいる事が全てなのです!」

 うん、もう何も言うまい。好きにしなされ。ここで言い合う方が疲れる。
 どうぞ、どうぞと、譲り合うコントじゃないのだから。
 私はただ、意味もなく申し訳なさを感じる日本人として二十八年も生きてきたからこそ、勝手なお詫びとして畑の作物が育つように、水やりへと行くだけなのだが。

「……あれ?」

 土を魔法で少し耕して、持っていた種を少し御裾分けして植えてから水をあげようとすれば、畑の端に人影が見えた。暗くなってから畑仕事をする人なんているのだろうか。
 むしろもう、村の皆は寝静まっている頃の筈だ。

「野菜取ってねぇか?」
「何か背負っていますね」
「小さい男の子に見えます!」

 皆も気が付いたのか、視線の先にいる人物の特徴を次々と口にする。
 確かにジーっと目を凝らせば、小さな男の子が何故か大きないのししを背負い、次々と野菜を取っている姿が見える。
 この村に、あんな小さな男の子がいたかな?
 両親といえるような年代の人は見ていないのだけれど。
 何か事情があって、今から夕飯なのだろうかとも思ったが、私はその子の身なりが少しだけ良い事が気になった。
 この村の人達は、ボロ切れを纏ったような服で、新しい服どころか布すら手に入れる事が出来ないのだと想像できた。けれど、あの男の子が着ている服は、汚れているものの破れてはいなさそうだし、普通に服と言える。


 ――そして、日本人以上に、漆黒しっこくを纏ったような黒い髪。


 懐かしさを感じながら見ていると、その子はいくつかの野菜を取った後、森の方へと駆け出して行った。
 ……あれ? 村の中にある家ではなく……森?

「野菜泥棒!」
「どこに住んでんだ……?」
「色々と謎にしか思えませんね……」

 呆然としていた私の肩で、シロが叫んだのを皮切りに、ルークとフェスも呟きを放った。
 うん、謎だ。この辺りは色んな意味で過酷なのだろうと結論付けて、見なかった事にした。
 流石に幼い男の子を追いかけて、野菜をひったくり返す真似はしたくないというか……出来ない。
 村の人に対しては申し訳なさに更に磨きがかかった為、しっかりと水やりはさせていただいたのだけれどね。

「とっとと育て~」

 罪滅ぼしかのように呟けば、野菜が生き生きとしただけでなく、先ほど植えた種が芽だけでなく葉まで出した。

「この規格外が!」
「……夜明けすぐに出発しますか。見られる前に」

 解せぬ。
 けれど、騒がれるのも面倒なので、私は素直に頷いた。


「ここから先が魔界ですね」

 何もない荒野をひたすら進んだ先にある、枯れ果てた森林が立ち並ぶ森らしきものの前にシロは降り立った。

「ここが魔界か」

 眉間に皺を寄せて、険しい表情を作ったルークは低い声で言うけれど……

「木がある」
「そこじゃねぇだろ⁉」
「まぁ、枯れていますからね」

 ずっと荒野ばかりを眺めていたからか、いくら枯れていようとも、何かがあるという事に感動を覚えてしまいそうになるほどだ。
 この樹海じゅかいが魔界とは、如何に。とある名所さながら、方向が分からなくなって迷うという事態は避けたいところだけど。

「行きますか!」

 この先に広がる魔界。更にその奥深く、元から魔界と呼ばれていた最深部へと。
 私は足を踏み出して、樹海じゅかいへ入ろうとする。

「歩いて行くのか?」
「クロを捜しながら行くからね!」

 ルークの言葉に即答する。
 シロに乗って行くのも一つの手段かもしれないけれど、クロは魔王としての責務という言葉も言っていたのだ。
 だから私も、クロが治めていた場所……魔界の状態を知りたいと思った。
 まぁ、普通に歩いて行っている間に何処かで入れ違いになる可能性もおおいにあるけれど、魔界の状態を知る事も何かクロの為になるのではないかというのが私の考えだ。

「そうですね。未開の地だからこそ、知っておくのも良いでしょう」

 フェスも頷き、理解してくれたが、ルークだけは樹海じゅかいを前に表情をなくした。うん、まぁ……佇まいだけでホラー映画に出てきそうな不安を煽る樹海じゅかいだ。無になるのも分からなくはない。
 と言っても、私の決意が揺らぐ事はないのだが。
 三人と一匹で樹海じゅかいにしか見えない魔界へと足を踏み込んで、しばらく歩いていれば、いきなりぐらりと視界が揺れた。

「何……これ……」

 瘴気しょうきの酷さで眩暈に襲われたのだろう。こんな瘴気しょうきは普通に暮らしている分では、出会う事はない。……第一王子とキラのタッグで巻き起こされた、瘴気しょうきの渦は別として。
 聖女は自然に周囲を少しだけ浄化しているというのに、それでも私に影響があるのならば、二人はどうなのだろうと振り返った。
 フェスは普通に歩いているものの顔色は悪いし、ルークに至ってはフラフラとしていた。
 これから更に奥、瘴気しょうきがもっと滞っている場所へ進めば進む程、普通の人間にとっては辛い事が理解できた。……私にもこれだけ影響があるのだ。
 かといって、浄化の力を使い続けて進んでいくというのは、身体的に私がしんどいというか、倒れるのは目に見えて分かる。まだまだ先は長い。
 人間が入り込まない未知の土地になるのも頷ける。誰もそんな危険を冒したくはない。

「これ……」

 血の気が失せた顔をしたルークが、鞄から聖剣を取り出して私に差し出してきた。
 そういえば預けたままだったなと思い出して受け取り、腰から下げたけれど、特に変化があるわけでもない。
 何かを期待していたかのようなルークは、肩を落として、必死に瘴気しょうきと戦っている。というか、呼吸に必死だ。これだけ瘴気しょうきが立ち込めていれば、そりゃ息をする事も一苦労だろう。
 浄化したいのは山々なんだけれど……これ、どうしよう?
 私もしんどい。若干酸欠状態な感じがする。
 このまま進む事は不可能なのかと不安が襲うけれど、クロをもふもふする為にも進む事は絶対的な決定事項なのだ。

「聖剣が勝手に浄化してくれれば良いのに……」

 自分が出来ないならば誰かが、という他力本願な願いを口にした。

「聖剣とはいえ、役立たずですね」

 相変わらず口の悪いシロの言葉。それに反応するかのように聖剣が一気に光を放ったかと思えば、ほんのり発光する程度にまで光を落とした。

「……呼吸が楽になりましたね」
「何やったんだ?」

 まだ少し顔色が悪いままのフェスが、瘴気しょうきが薄まった事を報告してくると、ルークも顔色が悪いまま、訝し気な目をして私に問う。

「……まさか聖剣?」

 それ以外に、何かあったわけではない。
 私が腰に下げている聖剣へと視線を向けると、聖剣は呼応するかのように一瞬だけ白く淡い光を放った。

「言葉が通じるんですね。役立たずを撤回しましょう」

 シロが言えば、聖剣は一段と強い力を一瞬放つ。光の違いは、意思表示なのだろうか。

「……怒ったんじゃね?」
「……まぁそれでも、これで楽になったから良いんじゃない?」

 ルークの言葉に、結果が良ければそれで良いと考える事をやめた。
 所詮、異世界だ。魔法もあり、魔王もいて、聖獣せいじゅうなんてものまで存在する世界。
 剣が意思を持っていようと、もはやそんなものとしか思えない。
 私は考えるだけ無駄なのだと頭を切り替え、先を急ぐ為に歩き出した。フェスはそんな私達を見て、笑いながら後ろをついてくる。
 先に進むと、瘴気しょうきが増えているせいか、周囲は薄暗いモヤが漂っている。
 そして、草木が増えるも、大地はぬかるんでいて、まるで人間を拒んでいるようだ。
 鬱蒼うっそうとしているかに思えた木々だが、葉は茶色く枯れ果てているようだし、草も同じ有様だ。緑がない。
 木々が増えた分、同じような景色に囲まれて違いなんて分からないどころか、もはや同じにしか見えない。残った足跡が今来た方向を教えてくれるのが救いだ。
 まぁ、ぬかるんだ地面なんて歩きにくい事この上ないのだが。
 視界も悪ければ、足場も悪すぎる。

「スワ、こっち」

 来た方向は分かるけれど、進む方向は分からない。そんな中で、ルークが持っている方向を指し示す魔道具を発動しているから、迷う事なく魔界の中心部へ進む事が出来ている。
 これで魔道具が発動しなければ、コンパスの効かない樹海じゅかいだ。そうならなくて良かった。
 しかし、この中でクロを捜すとなれば、どうなるのかと不安にもなる。

「ねぇルーク。森を吹き飛ばす事ってできる?」
「クロを巻き込むかもしれないから止めとけ?」

 ならば、クロのみ除外した魔法があれば良いのかと思い、あまり陽が差し込まない頭上を見上げて考える。

「……自然破壊……いや、魔界滅ぼすのは止めとけ?」

 ルークにそう言われれば、諦めるしかない。
 思わず舌打ちすれば、ガサガサと草木の揺れ動く音が聞こえた。

「スワ様!」

 素早くフェスが剣を抜き、私の前に守るように立つ。
 魔物の可能性を考慮してフェスが構え、ルークが風魔法で周囲の草木をなぎ倒して音の正体を視界に入れさせると、そこには可愛い系の美少年が佇んでいた。
 年齢的には十歳位だろうか、整った顔立ちで日本人よりも黒いと思えるほどの黒髪に、黄金のように輝く瞳。
 着ている服も汚れてはいるものの、破れてはおらず……あれ? どこかで既視感が?

「……人間……? 何故ここに人間が? 人間型の魔物か?」

 構えた剣を下ろさず、フェスが低い声で言えば、目の前にいる美少年は焦ったように挙動不審となり、そのままきびすを返して逃げようとした所で私の記憶は繋がった。

「あー! 野菜泥棒!」
「え?」
「あ」

 私の言葉に、フェスとルークも思い出したようだ。
 最後に泊まった寂れた村にいた、野菜を盗んで森へと走っていった少年。
 暗くて顔は分からなかったけれど、姿形が似ているし、髪の色や服も同じなのだ。

「!」
いのししを担いでいた奴ですね!」

 驚いて足を止めた美少年だが、私はシロの一言で危機感を覚え、蔦を生やして美少年をぐるぐる巻きにした。
 自分の体格と同じ位だった気がする、あのいのしし。それを狩った上に担いでいたとなれば……一応、危険人物になるのではないか。身の安全を確保する正当防衛だ。

「うぅう……」

 そのまま倒れ込んで抵抗する様子のない美少年に、フェスは剣を下ろした。

「……あの距離をシロと同じような速度で移動した……?」
「人間の姿をした魔物の類……ですかね?」

 確かにそうだ。
 夜に森へ入って行った美少年と、夜明けと共に飛び立った私達。
 先に魔界へ到達していた事からも、速度はシロと同じだ。人間に出来る技ではない。
 しかし、野菜泥棒とは、とても人間臭い行為だ。何だろう、このギャップは。

「何でここに居るの!?」

 美少年は、やっと動いたかと思えば、こちらに視線を向けて叫んだ。
 それは何で人間がここにいるのか、という意味なのだろうか。どう言葉を返したものかと首を傾げていると、ルークが口を開いた。

「むしろお前こそ、どうして人里で野菜盗んでたんだよ」
「うっ……」
「あの大きないのししでは足りなかったと?」
「うぅうっ」

 ルークだけではなくフェスの言葉でも、何故か傷を負ったようにうめき声を上げる美少年。
 ……なんだろう、この食い意地はクロを彷彿ほうふつさせる。
 というか、クロも出会った時は食料を求めて彷徨っていたよなぁと思い出す、というか……

「会話できる?」
「言われてみれば」
「人型だからですかね?」

 シロの通訳がなくとも、魔物であろう美少年のうめき声は聞こえているようだ。
 そもそも私は何故か最初からクロと会話出来たので、他の人が会話出来ないというのが分からなかったけれど、普通は魔物と会話が出来ないものなのだ。

「ならば好都合ですね! 尋問じんもんしましょう!」
「ひぃいいい!」
「まてまてまて」

 サラっと恐ろしい事を言ったシロの前に手をかざして、ストップという意を伝える。
 魔物だろうと思われるが、一応外見がいたいけな少年を尋問じんもんするのは気が引ける。
 ……思いっきり蔦を縄変わりに巻いてはいるけれど。

「だって! ここにはマトモに食べられる物なくて! あの程度じゃ、他の魔物達に分ける事も出来ない……」

 尋問じんもんという言葉が怖かったのか、美少年はあっさりと吐いた。
 ……魔物なのに人間に怯えるとは、如何に?
 というか、ここは瘴気しょうきが渦巻いている場所なのだけれど……

「正気を保っている……?」
「しかも普通な事を言っていますね」
「これだけ瘴気しょうきがあるのに?」

 瘴気しょうきが濃ければ、魔物の類は正気を保っていられなくて暴走するのだ。襲い掛かられなかったから忘れていたけれど。
 思わず三人でシロを見ると、シロは首を傾げつつ、くちばしを開いた。

「私にも分かりません! でも、クロを見つけて問い詰めればいいのです!」
「それもそうか」

 まぁ、見つけるまでが大変なのだろうけど、私はシロに同意した。
 私にとって、ちょっとした疑問程度なので、正直どうでもいい。最優先は何よりクロだ。大多数がちょっとした事ではないと言っても、私には関係ない。
 ルークが溜息をついていたけれど、知らない。
 私はシロの一言で、何故か余計に怯え始めた美少年に向き合う。

「何でここにいるのかって? それは、捜している人がいるの」

 もし魔界に住んでいるのならば、魔界に詳しい筈。クロを捜し出す為の手がかりだ。
 クロの事を人と言っても良いのか迷う所だけれど、魔物を捜しているというのも何か変な感じがする。だって、私はクロをペットというよりは家族だと思っているのだから。
 意思疎通が出来るのであれば、もうそれは人と変わりないだろうという感じだ。食べる物も人と同じだしね。ただ、姿形が違うだけ。
 真剣に問う私に、美少年は驚きで目を見開いた。

「え……でも、ここは……」

 魔界だと言いたいのだろうか。でも、そんなの私には関係ない。

「魔王に会いたいんだけど、どこにいるか知ってる?」

 クロという名前は私がつけたものだから言っても分からないだろうと、率直に訊ねれば、美少年は驚き慌てふためく。
 まぁ、いきなり魔王と言われたらそうなるのかな?
 えっ!? なんで!? どうして!? と言いながら、視線が忙しく彷徨っている。

「魔界での魔王とは、一体どういったものなのでしょうね?」
「恐れられている……っていう想像はできねーけど」
「そもそもこの少年は、どういった立場でここにいるのでしょう?」

 私達の様子を見守っているフェスやルークが、そう言っているのが聞こえる。
 確かに私達の知るクロは、威厳といったものが皆無だ。むしろ可愛いしかない。
 だけれど、圧倒的な力と瘴気しょうきに侵された時の凶暴性は、どうなのだろうか。
 魔王らしいといえるのか?
 魔界での魔王の立場……力あるものが魔王になるとされている、と昔クロは言っていた。
 そして人間に見えるこの美少年は、魔物達の事に……魔界の事に詳しいのだろうか。どこまで知っているのだろうか。

「貴方は此処ここに住んでいるの?」

 私の問いかけに、美少年は視線を彷徨わせたけれど、すぐ悲しげに目を伏せた。その瞳には涙が滲んでいるようで、潤んでいる。
 一体何があったのだろうかと思ったけれど、今この状況を何も知らない人が見れば、ただ子どもを虐めているだけに見えるだろう。私的には良心がチクリと痛んでしまう為、答えが返ってきていないけれど、次の質問を投げかけた。

「魔王を知ってる?」

 その質問をすれば、縛られている状態とはいえ、そわそわと身体を動かし挙動不審になる。
 これは、知っているなと思った。
 まぁ魔王の事ならば知っていても当然かもしれない。
 ……名前とか存在だけかもしれないけれど。

「魔界には詳しい?」

 クロのいる場所の当たりを付けたいから、地理に詳しいのかどうかを判断する為に訊ねると、美少年はビクリと身体を震わせ俯いた。
 何だ、この反応は。住んでいないのか? 住んでいるのか?
 野菜やいのししを他の魔物達に分けると言っていたけれど、どういった関係性なのだろうか。
 見た目的に十歳程だから心配になってしまうけれど、本当の年齢はいくつなのだろう。

「家族というか仲間というか……群れはあるの?」

 バッと顔を上げて私を見上げた美少年の瞳は、何故か悲しみが浮かんでいるような、それでいて戸惑っているように揺れている。

「……離れた」

 しばらくジッとこちらを見ていたかと思えば、寂しそうに視線を落として美少年はポツリと呟いた。

「生きてるの?」

 小首を傾げて訪ねれば、小さく頷く。

「戻れば良いのに」
「……戻れない」

 表面張力が働いて、何とか零れ落ちずに済んでいる涙によって潤んだ瞳。落ち込んだ様子の美少年に対して、謎に私が悪いような罪悪感が募る。解せぬ。私は何もしていないのに。

「魔界を知っていそうですし、都合良いじゃないですか! 連れていきましょう」
「このまま放置するのも……なぁ」
「クロを見つけ出すのに、スワ様にとって最短最善なのであれば道案内に良いでしょう」
「それもそうだね」

 二人と一匹に後押しされた形となったが、勝手に連れて行く事を決めた。

「⁉」

 驚き顔を上げた美少年も、私達を見上げた後、どこか諦めたように肩を落としていた。


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