記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい

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1巻

1-2

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 白々しい笑顔で婚約者を迎えるアルベルトを、シェルニアとフラドは笑顔で迎え入れる。

「ありがとうございます、アルベルト殿下」

 シェルニアがカーテシーをすると、ドレスに飾られた控えめなビジューがキラキラと光り、女性たちの感嘆の声がれた。
 ちらりと辺りをいちべつしたアルベルトは、シェルニアへ憧れの眼差しを向ける令嬢たちに笑顔を見せる。アルベルトの珍しい笑顔に令嬢たちは色めき立ち、シェルニアをめる声はたちまちアルベルトへの熱い眼差しにかき消された。

「フラド殿も、よく来てくれた。ここからは私が引き受けよう」
「娘をよろしくお願いいたします、殿下」

 フラドはうやうやしくお辞儀をすると、その場を離れていった。
 婚約者であるにもかかわらずエスコートをしなかったという事実に、腹の中では八つ当たりにも似た弁明をしながら手を差し出す。
 シェルニアは戸惑ったようにその手をながめた後、そっと自分の手をのせた。

「おめでとうございます、シェルニア様」

 パーティー会場では誰もがシェルニアに声をかけ、そのたびにアルベルトは彼女とともに相手をするはめになった。
 自分を差し置いて主役のように振る舞うシェルニアに対して、アルベルトはいらちを覚えていた。
 確かに見た目も聡明さも同年代に比べれば抜きん出ているが、この女はなにもわかっていない。アルベルトは笑顔を浮かべながら、胸中では婚約者を馬鹿にすることばかり考えていた。
 男を立て、いやしを与えることこそが最も重要なのだ。それをこの女はなにもわかってない。
 図々しい女から、嫌な女へと。シェルニアへのうとましさがよりいっそう強まった。

「飲み物をとってくる、令嬢たちと話を続けていてくれ」

 長話に疲れたアルベルトがその雰囲気をかもし出すことなくスマートにその場を抜けると、すぐに着飾ったたくさんの令嬢に囲まれることになった。
 普段はシェルニアに遠慮をしている令嬢たちは、この機会を逃すまいと四方八方からアルベルトに話しかけてくる。
 ――こんなことならシェルニアのそばを離れなければよかった。
 はじめはそんな後悔をしていたものの、いつもはシェルニアと半分に分けられる憧れを一身に浴びることになったアルベルトはすぐに気を持ち直した。
 アルベルトを求める視線や、緊張して赤らんだほおを恥ずかしそうに隠す仕草。アルベルトに気に入られようと、甘く鼻にかけたような声が次から次へとめたたえてくる。
 そのなにもかもが新鮮で、シェルニアといる時には感じたことのない魅力があった。

「きゃっ!」
「なんてことなのっ……」
「お召し物が大変なことになっていますわ!!」

 令嬢たちと楽しく談笑していると、悲鳴が上がった。
 アルベルトが声のほうに顔を向けると、ひとりの令嬢がシェルニアに謝っているところだった。
 そのふたりを中心に、会場内は大きな騒動になった。

「皆様、落ち着いてください。私は大丈夫です」

 冷静なシェルニアの声が響いた。
 張り上げた声でもないのに、彼女が一言発しただけで辺りは静まり、アルベルトはそこでようやく我に返るとシェルニアたちのもとに駆け寄った。

「シェルニア!」
「アルベルト殿下」

 騒動の輪をかき分けて彼女たちのそばに来たアルベルトは、すぐに状況を理解した。空になったワイングラスを持ったまま茫然とする令嬢と、その隣に立つシェルニア。エメラルドグリーンのドレスには、真っ赤なワインのシミができている。
 いい気味だと、アルベルトは腹の中でせせら笑った。

「なにがあった?」

 一応婚約者として、声をかけるアルベルト。
 そんな彼に対し、彼女はいつも通りの澄ました顔で答えた。

「私がワインをこぼしてしまっただけですわ」
「そうか……」
「令嬢たちとお話しされていたところを申し訳ございません、殿下」

 アルベルトがなにか言うよりも早く、シェルニアはけんせいするように状況を詫びた。
 婚約者の手を借りる必要などないとばかりの、淑女として完璧な対応だった。
 ――シェルニアに恥をかかせてやろう。
 そんな悪戯いたずらな心に踊らされ、アルベルトはもうひとりの令嬢のほうに向き直った。そして、優しい声でなぐさめる。

「心配しないでくれ、貴方のせいではない。シェルニアは大丈夫さ、な?」

 そう言って、シェルニアに目を向けた。

「ええ。私の不注意ですから、お気になさらないでください。殿下、彼女のお相手をお願いできますか? 私は控室で着替えてまいります。ご挨拶もなく退席する無礼をお許しください」

 シェルニアは美しい所作でカーテシーをして、さっさと会場を後にしてしまった。相手の令嬢を責めるどころかフォローするような言葉は、暗にアルベルトの助けなど必要ない、と言っているようにすら聞こえた。
 彼女を止める者はおらず、アルベルトはシェルニアと彼女の取り巻きがいなくなった空間に取り残された。
 ワインをかけたほうの令嬢を心配してみせることで、婚約者に顧みられることのない女だと見せつけて恥をかかせてやろうとしたのだ。それが逆に恥をかかされたとアルベルトが気がついたのは、すぐのことだった。
 馬鹿にするような視線やあわれみのこもった眼差しは、婚約者だというのに手助けひとつ求められることのない男に同情しているように思えた。それにひきかえせん越しに聞こえるささやきは、シェルニアの堂々とした振る舞いを口々にめたたえている。
 アルベルトの小さなプライドは今や、滅茶苦茶にされてしまっていた。
 ――俺すら利用するというのか……!
 頭が真っ白になったアルベルトは、うつむいたまま怒りに震えた。
 そんな時だった。

「ありがとうございます、殿下。あの、私はクロエと申します。シェルニア様に大変な失礼をしてしまって、どうしようかととても困っておりましたの」
「いや……そちらは? ドレスが汚れてはいないか?」
「大丈夫です。お気遣いありがとうございます。こうして直接お会いすると、殿下はお噂よりずっと男らしくて、素晴らしい方ですわね」

 そう言って、クロエはダリアの花のような笑みを浮かべた。
 怒りで我を忘れそうになっていたアルベルトはそのあいきょうのある笑顔と、自分をめたたえる甘い言葉にすぐに機嫌を直した。

「シェルニアがすまなかったな」
「いえ、私がぶつかった拍子に、シェルニア様に飲み物をこぼしてしまったのです」

 クロエは泣きそうな顔でアルベルトに状況の説明をした。
 小動物を思わせる大きなうるんだ青い目が、助けを求めるようにきらめいてる。
 なんと可愛らしいのだろう――シェルニアと違って。
 素直で華がある微笑みに、コロコロと変わるあいきょうのある表情。喜怒哀楽をわかりやすく表現するクロエに、アルベルトは一瞬にして心を奪われた。
 シェルニアへの怒りなど吹き飛んで、アルベルトの心はクロエ一色に染まる。
 アルベルトは一目でクロエを気に入り、クロエもまた、アルベルトを熱い眼差しで見つめていた。


 それから、ふたりが恋人になるのはすぐのことだった。
 婚約者がいるという事実は、アルベルトとクロエにとってはともに越えるべき障害で、その障害の存在こそが真実の愛への確信でもあった。
 あの出来事の後、シェルニアの成人祝いと正式な婚約発表は後日行われることが決まり、アルベルトはパーティーの最後までクロエと過ごして名残を惜しみながら別れることになった。
 初めて言葉を交わしてから、アルベルトは毎日のようにカードを送り、公務の休みの日には密会をした。
 クロエはアルベルトに会うと、それはそれは嬉しそうに笑った。目線が合うたびに恥ずかしそうにうつむいたり照れくさそうに笑ったりとせわしなく表情を変えてはアルベルトを喜ばせ、アルベルト様、と名前を呼ぶ声は熱を帯びて甘やかに響き、シェルニアにはない可愛らしい仕草は魔法のようにアルベルトをますますとりこにした。
 アルベルトにとって、クロエは理想の女性だった。

「今日もこんな素敵なところに連れてきてくださり、ありがとうございます」

 向かい合ってガーデンテラスに座るクロエは、聖母のようにアルベルトを優しい笑顔で包み込む。
 彼女の魅力はシェルニアにはないものなのだから仕方がない。そう自分に言い訳をして、アルベルトはどんどんクロエに惹かれていく己の心を正当化していた。

「クロエに見せたいと思っていたんだ」

 この日の密会にアルベルトが選んだのは、王家自慢のえんだった。辺り一面に、王妃が大切に育てた花が咲いている。
 アルベルトの飾りのない素直な言葉にクロエははにかんで、お茶菓子をそっと口にした。
 歯先でクッキーを削るように食べる様はまるで小動物を思わせて、アルベルトはほおをゆるめた。
 周りは静寂を保っていたが、自分の息のかかった者を使ってクロエを招くアルベルトの行動が、少なくとも歓迎はされていないことはわかっていた。
 若気の至りですぐに飽きるだろうという下世話な噂が流れていることも、アルベルトは知っている。
 それでも、後になって皆がクロエのよさに気づき、シェルニアよりクロエを選んだアルベルトに擦り寄ってきても相手にしてやるまいという心算で、クロエと過ごす時間を大切にしていた。
 クロエ以上に俺の婚約者にふさわしい者はいない。
 聞いた誰もが声を上げて驚くだろうことを、アルベルトは本気で思っていた。

「ここに連れてきたのはクロエが初めてなんだ」
「まぁ!」

 アルベルトが耳元でささやくと、クロエは心底驚いたという声を上げて喜んだ。
 シェルニアにはない、わかりやすく素直な反応はアルベルトの気をよくしてくれる。
 クロエの存在は、アルベルトにとって心のいやしだった。

「シェルニア様は?」
「……彼女と非公式に会ったことはないよ」

 アルベルトはこともなげにそう言って、シェルニアの話題をこつに避けた。
 聞かれたくないのだと言外に察したクロエは、庭のに近寄ってわざとらしく花をめちぎる。
 花に惹かれて舞う蝶のような彼女を離れた場所で見つめながら、アルベルトはシェルニアのことを思い出していた。
 一度だけ、アルベルトはシェルニアをこのえんに誘ってみたことがあった。
 王子教育の厳しさに部屋を抜け出したアルベルトは、共犯者を探して王宮内を歩いていた。

「シェルニア!」

 その頃のシェルニアは、王妃教育を受けるために毎日王宮を訪れていた。彼女を見つけたアルベルトは彼女のもとに駆け寄ると、人目につかないよう柱の陰に彼女を誘導する。

「おはようございます、殿下。一体どうされたのですか?」

 強引に手を引かれたシェルニアが目を瞬かせる。
 抱えた教材を落とさないよう抱え直した彼女はアルベルトよりも厳しい教育を受けているのか、化粧では隠しきれないくまの浮いた目をしていた。

「これから散歩に行くんだ。一緒に行こう」

 アルベルトはシェルニアの手を掴むと強引に庭に連れ出そうとする。
 断られるなどじんも考えていなかったアルベルトは、動こうとしないシェルニアを振り返り、不思議そうに首をかしげた。

「とても嬉しいお誘いですが、これから所用がありますので、ご一緒できません」
「俺と過ごすよりも大切な用事があるとでも?」
「いいえ、殿下。そうではありません。これも殿下のためなのです」

 アルベルトの誘いは、王妃教育に疲れているであろうシェルニアへの気遣いのつもりでもあったのだ。それなのに彼女は、アルベルト自身のことをだしにして断った。
 そそくさと去っていったシェルニアを、アルベルトがその後デートに誘うことはなかった。
 俺よりも王妃教育を選ぶなんて本当に面白みのない女だ、とアルベルトは当時のことを思い出して鼻を鳴らした。
 こちらの気遣いをにして、自分が王妃になりたいがための言い訳にアルベルトを使うとは。
 シェルニアにクロエのようなあいきょうが少しでもあれば、アルベルトもうまく取り繕ってやれるのに。

「シェルニアの話はよそう。俺はクロエのことが知りたい」

 誰に聞かせるでもなく呟いたアルベルトは楽しい気持ちを取り戻すために、紅茶を一口飲んでからクロエのもとへ向かった。
 フリルとレースをふんだんに使った派手な黄色いドレスをまとったクロエは、本当に蝶にでもなったかのように見えた。

「クロエ、結婚しよう」

 思わずこぼれた言葉はアルベルトの本心だった。
 目を離せばどこかに行ってしまいそうな危うさに、言わずにはいられなかった。
 いつか自分の隣に並ぶのはクロエがいい。
 淡く思い描いていた想いは、とうとうアルベルトの中に収まりきらなくなっていた。

「でもシェルニア様が……」
「彼女はしょせん、親が決めた形だけの婚約者だ。俺はクロエがいい。時が来れば皆もわかってくれるはずだ」

 アルベルトは、庭に咲いた赤いを一輪手折ると、クロエの前にひざまずいた。

「今は辛い思いをさせてしまうが、俺と結婚してほしい」

 それはクロエにとって、夢にまで見た王子様との恋がはじまった瞬間だった。
 幼い頃から憧れていたお姫様になれる喜びは、クロエを物語のヒロインに仕立て上げた。
 本当に現実なのか何度もドレス越しに足をつねってから、クロエはやっとアルベルトに向き直り、震える唇を開いた。

「私もお慕いしています、アルベルト様」

 熱に浮かされたアルベルトとクロエは、自分たちの愛は運命なのだと強く確信していた。
 アルベルトは立ち上がり、震える手でクロエの髪にを差し込んだ。

「愛している……クロエ」
「私も、愛しています。アルベルト……」

 互いに見つめ合いながら、アルベルトは幸せとはこんなふうに感じるものなのかと、感動でしばらく動くことができなかった。


 ふたりが想いを告げ合った日から数日が経った。
 アルベルトにとって、表面上はなにも変わらない日常が過ぎていく。
 ただ、クロエが自分と同じ気持ちを返してくれているのだと知っただけ。
 それだけなのに、アルベルトの世界はあの瞬間から、鮮やかな色彩を持ちはじめた。
 気にもしたことがなかった朝日にクロエの笑顔を感じ、木々の青さを見るとプロポーズした日が脳裏に浮かぶ。毎日を満ち足りた気持ちにしてくれる存在を胸に、アルベルトはいつも以上に真剣に公務やたんれんはげんだ。
 ――誰かを大切に想うと、こうも世界が変わるのか。
 執務の間にひとり思いをせる。
 空を見れば、クロエも同じ空を見ているのかと考えることが増えた。
 つまらない食事会も、いつかクロエと参加するならばと心が躍った。
 そんなはたにも浮かれたアルベルトを、シェルニアがとがめることはなかった。
 クロエに夢中になるアルベルトに気づいていながら、なにも言わなかった。
 アルベルトはそんなシェルニアのことすら気にならないほど、クロエにおぼれた。
 毎日カードや手紙を送る息子に王がとうとう口を出したが、アルベルトは止まらなかった。
 いや、止まれなかった。
 その頃には、アルベルトがクロエに夢中になっていると、貴族たちの間でも噂になっていた。
 ある日はお茶をふたりで楽しんでいた。またある日は湖の近くまでクロエとふたり乗りをしていた。
 まるで恋人のように寄り添っていたと。
 そうなってくると、今まで沈黙を貫いていた王家と近しい有力貴族たちもアルベルトを非難する姿勢を示しはじめた。
 アルベルトの態度に苦言を告げる者も現れ、そのほとんどがシェルニアの肩を持つ。アルベルトはいつまでも自分の前に立ちふさがる彼女をうとましく思った。
 そしてシェルニアを正義として疑わない貴族たちや自分の両親はあの女にだまされているのだと思い込み、ますます彼女と距離を置くことになった。

「みんなクロエのことを知ればシェルニアよりもずっと素敵だとわかってくれる」

 落ち込むクロエをはげますうちに、アルベルトはクロエを見せびらかしたい気持ちを抑えきれなくなっていた。
 シェルニアとの関係を終わらせるにはどうすればいいかとすら考えるようになっていたのだ。
 クロエとアルベルトの仲が本物であることを見せつけたいところではあったが、そんなことをすればクロエに害が及ぶかもしれない。
 最悪自分までなにかしらの罰を受けなくてはいけなくなる、とアルベルトは少しだけ残っていた冷静な頭で考えた。
 そこでアルベルトは、自らの息のかかった者を使ってシェルニアとアルベルトの仲がどれだけ冷えきっているかを噂させることにした。
 実際にアルベルトとシェルニアの仲は、父王の悩みの種になるほど冷たいものになりつつあった。
 顔を合わせれば挨拶はするものの、それ以外の言葉は交わさないし、ふたり同じ部屋にいたところで会話はない。
 手紙はおろかカードのやりとりも事務的なものだけ。
 非公式で出かけたこともない。
 アルベルトが広めさせた噂話はなにひとつ嘘のないものばかりで、ギルベルトにも止めることはできなかった。
 アルベルトがにらんだ通り、効果はすぐに現れた。
 シェルニアは形だけの婚約者だと知れ渡ると、皆が手のひらを返して彼女を見下すようになっていった。
 気をよくしたアルベルトは堂々とクロエに会い、関係を見せびらかすようになった。
 ――やはり俺とクロエは運命によって決まっていたのだ。
 クロエと行動をともにするのが日常となった時、アルベルトは次の一手を打つことにした。


「今度王家のパーティーがある。そこで私の色のドレスを着てくれないか?」

 何度目かの逢瀬の日。アルベルトの言葉に、クロエは動けないでいた。
 それが本当に現実で起こっていることなのかと、信じられなかったからだ。
 まさか自分がアルベルトの色をまとうことを許される日が、こんなに早く来るとは夢にも思っていなかった。
 クロエにとってアルベルトとの付き合いは、幸せ一色とは言えないものだった。
 シェルニアという国一番の淑女を婚約者とするアルベルト。
 そんな雲の上ともいうべきアルベルトに想いを告げられた時は舞い上がったし、これからを想像してふわふわとした幸せに包まれた。
 カードを受け取るたびにアルベルトに会える日を待ち望んだが、実際に会えた瞬間、クロエは現実を突きつけられた。
 アルベルトとの関係は誰にも知られてはいけない関係であるということを。
 アルベルトと出かける時は、大抵人のいない場所に連れていかれた。
 の咲く庭園に、静かな湖、幼いアルベルトが遊んだというブランコのある温室。
 どこも美しく、アルベルトの気持ちが伝わってきたが、忍ぶ必要のある関係だと突きつけられるようでもあった。
 それでもクロエは、アルベルトに愛されているという自信があった。シェルニアに対して申し訳ない気持ちを抱きながらも、自分は彼女に勝ったのだと、喜びすら感じていた。
 だからこそ、アルベルトがシェルニアとの婚約解消を選ぼうとしないことが不満だった。
 アルベルトの気を損ねない程度にわがままを言い、わざと人目につく場所を選んでアルベルトと会うようになった。
 そうしてふたりのことはいつしか噂となり、パーティー会場でアルベルトとの仲を遠回しに探られたこともある。
 シェルニアと話をすることはあったが、シェルニアはクロエとアルベルトとのことには触れずに当たり障りのない会話をするばかり。
 それだけでくちさがない令嬢は黙るものだから、クロエはいつか、アルベルトと堂々と付き合えたあかつきには彼女たちと縁を結んでやるものかと誓った。
 そんないつかが、こんなにも急に訪れるなんて。
 アルベルトの瞳は真剣で、冗談を言っているのでもふざけているのでもない様子だった。
 アルベルトのはしばみいろに近い金の瞳は、クロエを優しく見つめている。ともすれば、その瞳に業火がともっているようにも見えて、彼の、アルベルトの真意がわからずにクロエは口ごもった。

「シェルニアには悪いが、俺にはクロエだけだ」

 アルベルトの目が、表情が、彼の本気を語っていた。
 ――私はこの人に求められている。
 ――どうして迷うことがあるの?
 クロエはごくり、と緊張をのみ込んでから口を開いた。開いた口からまた緊張がこぼれ落ちそうになる。
 ここでなにか間違えてしまえば、ふたりとも奈落の底に叩き落とされるだろう。それでも橋を渡りきった先にあるはずの、明るい未来を捨てきれなかった。

「でも……突然そんなことをしてしまっては問題が起こりませんか?」

 クロエはアルベルトを覗き込むように見上げた。


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