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エルシャールが考え込んでいる間に時間は過ぎ去り、答えを出す前に馬車が止まった。

「時間切れだな」

そういってジェニエルが先に降りると、ソレイユも馬車を降りていく。
最後に降りる事になったエルシャールは考えがまとまらないまま、戦地に赴くことになった。

「お手をどうぞ、エルシャール」
「……ありがとうございます」

ソレイユが差しだした手は今日も手袋に覆われていた。
汚れのない、白いそれに自分の手を重ねると思ったよりも強い力で引き寄せられた。
促されるままソレイユの二の腕に手をかけると、ソレイユは小さな声でエルシャールに囁く。

「中では何も口にするな」
「え?」

気のせいかと思うほど小さい声にエルシャールは聞き返すが、ソレイユはすでに余所行きの笑顔で前を向いていた。
エルシャールの足に出来るだけ負担をかけないためなのか、エルシャールの速度に合わせてソレイユは中へと向かって歩き始める。
朝に飲んだ痛み止めや薬の効果もあってか歩く分には問題なさそうな右足にエルシャールは安堵の気持ちを抱いた。

入口に立つ門番にソレイユが招待状を手渡した後、扉の中に入る間際にソレイユはエルシャールの背中を抱いて共に室内へと入った。
ソレイユの名前を聞いたからだろう、中にいた人たちから鋭い視線を浴びてエルシャールは怯んだ。
ソレイユに向けられる物とは違う、じろじろと、値踏みをされているとわかる視線。
ヒソヒソと噂話までしはじめる雰囲気にのまれそうになっていると、ソレイユはエルシャールの背中を一つ叩く。

「俯くな、俺が選んだ貴方だ自信を持て」
「はい」

ソレイユに言われて、エルシャールは俯きがちだった顔を上げた。
初めてともいえる大勢からの視線に怯える心を奮い立たせて前だけをみると、ソレイユは小さくそれでいいと、呟いた。

エルシャールが一歩踏み出すと、視線はますます多くなった。
ソレイユをいちべすると、彼はエルシャールをずっと見ていたのか目が合い、微笑んだ。
そんな彼の自然な笑顔が珍しかったのか、会場がざわつき始める。

「ソレイユ様が婚約者をお連れされるという噂は本当だったのね」
「熱心にソレイユ様が口説かれたと聞いたけど……普通の子じゃない」
「でも、ソレイユ様が優しく微笑まれるなんて初めてみましたわ」

令嬢達は近くにいる仲間と扇子越しに言葉を交わして噂の審議を見極めている様子だった。
エルシャールとソレイユにも聞こえているとは思っていないのか、明け透けな内容にエルシャールは心の中で苦笑いするしかなかった。

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