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「そのドレスはいつも着ていらっしゃるものですか?」
「いいえ、これはお姉様のお古ですわ」
「エルシャール嬢はいつもそのような派手なドレスをお召しに?」
「は、はい……っ!!」

エルシャールが俯いている間にもソレイユとサンドラの会話は続いていた。
次々と交わされる質疑応答の中でまたもや名前を呼ばれてエルシャールは口を開くことを余儀なくされた。
ぎゅっと、ヒールで見えないように踵を踏まれ、痛みに声が出そうになるのを誤魔化しながらエルシャールは早くこの場から逃げ出したくてしかたなかった。

サンドラは14歳であるのにもかかわらず、立派な貴族令嬢だった。
自分を良く見せる為にエルシャールを心配するよき妹を演じて涙すら見せるサンドラをエルシャールは内心冷ややかな目で見ていた。

(可哀想だと思っていた事もあったのに……)

原作を読んだ時、紘子はサンドラを父親の操り人形にされた悲劇の悪女だと思っていた。
それが、いざエルシャールとしてその場にいるとそんなイメージは作者によって作り上げられた幻想だった。

「ぼーっとしてヘマしたらわかってるわよね、お姉さま♡」

ぎゅっと、踵を踏む足に力を入れてサンドラはエルシャールだけに聞こえる音量で脅しをかける。
都合のいい質問は姉を想いやる可憐な妹。
都合の悪い質問には遠まわしに姉の名前をだして、サンドラはソレイユの好感度を上げようと必死だった。

「――話を聞いて考えを改める事にしました。」

ソレイユの言葉に、デリスもサンドラも期待を込めた目でその先をまっているようだった。
笑みを浮かべているにも関わらず、何を考えているのかわからない彼の堂々とした佇まいにエルシャールは勝手に落胆のようなものを感じていた。

生まれてから苦労も、挫折も味わった事のないサンドラは勝ち誇ったようにエルシャールを笑う。
そんなサンドラにエルシャールは期待を抱いた自分へ苛立っていた。

――どうして期待なんてしてしまったの。
期待をすれば、裏切られた時に落胆が大きくなる。
それは前世で紘子の時に散々学んだ教訓だった。
誰かに期待しても、何かが起こる事はない。
自分の人生は、数ある選択肢の中から最善を選ばなければ生き残れない。
たとえそれが、誰かの人生に憑依してしまったとしても。

忘れていた自分へのルールを思い出したエルシャールはサンドラの言葉に何も返せずにいた。
その姿がより一層サンドラを喜ばせるとわかっていても、エルシャールが出来る精一杯の抵抗が、無言を貫いて相手が飽きるのを待つ。
それだけだった。
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