50 / 76
49
しおりを挟む
「暇ね……」
クロディクスの屋敷に来てから数日が立った。
その間にミシャルがした事と言えば時々出会うヴァイスやクロディクスと共に食事をすることと刺繍を刺す事くらいだった。
けれど、その唯一の時間つぶしも昨日やり遂げてしまったミシャルはゼリヌに淹れて貰った紅茶を飲みながらもう何度目かのため息をついた。
「ハンカチを渡しに行かれてはいかがですか?」
「それは……最近忙しそうだからお邪魔になってしまうと思うんです」
ミシャルはここ数日クロディクスがヴァイスと調べものに明け暮れている事を知っていた。
彼らは忙しいとは決して口にすることはないが、クロディクス達の様子を機敏に察しているミシャルの返事にゼリヌは答えに窮した。
ここで考えなしに答えてしまえばミシャルは遠慮して何もしないままハンカチは渡されることなく埃を被ってしまうだろう。
しかし、強引に提案してしまうのも憚られる。
結局答えが見つからず、ゼリヌがハンカチを預かろうかと考え出した時にミシャルの部屋をノックする者がいた。
「やあ、ミシャル嬢」
「ヴァイス様?」
ゼリヌが開いた扉の前に居たのはヴァイスだった。
いつもこちらを巻き込んで楽しむ破天荒な男がわざわざ自分の部屋に来るとは思いもしなかったミシャルは朗らかに笑うヴァイスに首を傾げた。
「……どうかしたんですか?」
「君が暇をしているとゼリヌから聞いたものだから少し話をしようかと思ってな」
「どうぞ、お入りください」
ミシャルにはヴァイスとの話しを断る理由も、権利もなかった。
彼を部屋に招き入れてから、机の上にほったらかしになった刺繍にミシャルは気が付いた。
誰も自分を訪ねてくることはないと図案や糸、それに出来上がったばかりのハンカチをそのままにしてしまっていた。
「何をして時間を潰しているのかと思えば刺繍をしていたのか」
「……はい。これくらいしか出来る事がなくて」
「随分と腕がいいようだな」
ヴァイスはそう言うと、机の上に畳んで置かれたままのハンカチを手に取った。
クロディクスのイニシャルとダフニーの花達を刺したそれは、ブルーグレー色の絹糸を中心に丁寧に刺されており、国一番と言われる皇后にも匹敵するほどの腕前だった。
「ありがとうございます」
ヴァイスの言葉にミシャルは照れたようにはにかんで答えた。
自分が作った物をそのまま褒められることがなかった事もあって実力がどれほどかもしらないミシャルはヴァイスの言葉がお世辞だと思いながら、嬉しさを誤魔化せなかった。
クロディクスの屋敷に来てから数日が立った。
その間にミシャルがした事と言えば時々出会うヴァイスやクロディクスと共に食事をすることと刺繍を刺す事くらいだった。
けれど、その唯一の時間つぶしも昨日やり遂げてしまったミシャルはゼリヌに淹れて貰った紅茶を飲みながらもう何度目かのため息をついた。
「ハンカチを渡しに行かれてはいかがですか?」
「それは……最近忙しそうだからお邪魔になってしまうと思うんです」
ミシャルはここ数日クロディクスがヴァイスと調べものに明け暮れている事を知っていた。
彼らは忙しいとは決して口にすることはないが、クロディクス達の様子を機敏に察しているミシャルの返事にゼリヌは答えに窮した。
ここで考えなしに答えてしまえばミシャルは遠慮して何もしないままハンカチは渡されることなく埃を被ってしまうだろう。
しかし、強引に提案してしまうのも憚られる。
結局答えが見つからず、ゼリヌがハンカチを預かろうかと考え出した時にミシャルの部屋をノックする者がいた。
「やあ、ミシャル嬢」
「ヴァイス様?」
ゼリヌが開いた扉の前に居たのはヴァイスだった。
いつもこちらを巻き込んで楽しむ破天荒な男がわざわざ自分の部屋に来るとは思いもしなかったミシャルは朗らかに笑うヴァイスに首を傾げた。
「……どうかしたんですか?」
「君が暇をしているとゼリヌから聞いたものだから少し話をしようかと思ってな」
「どうぞ、お入りください」
ミシャルにはヴァイスとの話しを断る理由も、権利もなかった。
彼を部屋に招き入れてから、机の上にほったらかしになった刺繍にミシャルは気が付いた。
誰も自分を訪ねてくることはないと図案や糸、それに出来上がったばかりのハンカチをそのままにしてしまっていた。
「何をして時間を潰しているのかと思えば刺繍をしていたのか」
「……はい。これくらいしか出来る事がなくて」
「随分と腕がいいようだな」
ヴァイスはそう言うと、机の上に畳んで置かれたままのハンカチを手に取った。
クロディクスのイニシャルとダフニーの花達を刺したそれは、ブルーグレー色の絹糸を中心に丁寧に刺されており、国一番と言われる皇后にも匹敵するほどの腕前だった。
「ありがとうございます」
ヴァイスの言葉にミシャルは照れたようにはにかんで答えた。
自分が作った物をそのまま褒められることがなかった事もあって実力がどれほどかもしらないミシャルはヴァイスの言葉がお世辞だと思いながら、嬉しさを誤魔化せなかった。
316
お気に入りに追加
2,191
あなたにおすすめの小説

家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。

成人したのであなたから卒業させていただきます。
ぽんぽこ狸
恋愛
フィオナはデビュタント用に仕立てた可愛いドレスを婚約者であるメルヴィンに見せた。
すると彼は、とても怒った顔をしてフィオナのドレスを引き裂いた。
メルヴィンは自由に仕立てていいとは言ったが、それは流行にのっとった範囲でなのだから、こんなドレスは着させられないという事を言う。
しかしフィオナから見れば若い令嬢たちは皆愛らしい色合いのドレスに身を包んでいるし、彼の言葉に正当性を感じない。
それでも子供なのだから言う事を聞けと年上の彼に言われてしまうとこれ以上文句も言えない、そんな鬱屈とした気持ちを抱えていた。
そんな中、ある日、王宮でのお茶会で変わり者の王子に出会い、その素直な言葉に、フィオナの価値観はがらりと変わっていくのだった。
変わり者の王子と大人になりたい主人公のお話です。

【完結済】侯爵令息様のお飾り妻
鳴宮野々花@軍神騎士団長1月15日発売
恋愛
没落の一途をたどるアップルヤード伯爵家の娘メリナは、とある理由から美しい侯爵令息のザイール・コネリーに“お飾りの妻になって欲しい”と持ちかけられる。期間限定のその白い結婚は互いの都合のための秘密の契約結婚だったが、メリナは過去に優しくしてくれたことのあるザイールに、ひそかにずっと想いを寄せていて─────

突然決められた婚約者は人気者だそうです。押し付けられたに違いないので断ってもらおうと思います。
橘ハルシ
恋愛
ごくごく普通の伯爵令嬢リーディアに、突然、降って湧いた婚約話。相手は、騎士団長の叔父の部下。侍女に聞くと、どうやら社交界で超人気の男性らしい。こんな釣り合わない相手、絶対に叔父が権力を使って、無理強いしたに違いない!
リーディアは相手に遠慮なく断ってくれるよう頼みに騎士団へ乗り込むが、両親も叔父も相手のことを教えてくれなかったため、全く知らない相手を一人で探す羽目になる。
怪しい変装をして、騎士団内をうろついていたリーディアは一人の青年と出会い、そのまま一緒に婚約者候補を探すことに。
しかしその青年といるうちに、リーディアは彼に好意を抱いてしまう。
全21話(本編20話+番外編1話)です。

はずれのわたしで、ごめんなさい。
ふまさ
恋愛
姉のベティは、学園でも有名になるほど綺麗で聡明な当たりのマイヤー伯爵令嬢。妹のアリシアは、ガリで陰気なはずれのマイヤー伯爵令嬢。そう学園のみなが陰であだ名していることは、アリシアも承知していた。傷付きはするが、もう慣れた。いちいち泣いてもいられない。
婚約者のマイクも、アリシアのことを幽霊のようだの暗いだのと陰口をたたいている。マイクは伯爵家の令息だが、家は没落の危機だと聞く。嫁の貰い手がないと家の名に傷がつくという理由で、アリシアの父親は持参金を多めに出すという条件でマイクとの婚約を成立させた。いわば政略結婚だ。
こんなわたしと結婚なんて、気の毒に。と、逆にマイクに同情するアリシア。
そんな諦めにも似たアリシアの日常を壊し、救ってくれたのは──。

夫の妹に財産を勝手に使われているらしいので、第三王子に全財産を寄付してみた
今川幸乃
恋愛
ローザン公爵家の跡継ぎオリバーの元に嫁いだレイラは若くして父が死んだため、実家の財産をすでにある程度相続していた。
レイラとオリバーは穏やかな新婚生活を送っていたが、なぜかオリバーは妹のエミリーが欲しがるものを何でも買ってあげている。
不審に思ったレイラが調べてみると、何とオリバーはレイラの財産を勝手に売り払ってそのお金でエミリーの欲しいものを買っていた。
レイラは実家を継いだ兄に相談し、自分に敵対する者には容赦しない”冷血王子”と恐れられるクルス第三王子に全財産を寄付することにする。
それでもオリバーはレイラの財産でエミリーに物を買い与え続けたが、自分に寄付された財産を勝手に売り払われたクルスは激怒し……
※短め

不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。
桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。
戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。
『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。
※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。
時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。
一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。
番外編の方が本編よりも長いです。
気がついたら10万文字を超えていました。
随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!

あなたの事は好きですが私が邪魔者なので諦めようと思ったのですが…様子がおかしいです
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のカナリアは、原因不明の高熱に襲われた事がきっかけで、前世の記憶を取り戻した。そしてここが、前世で亡くなる寸前まで読んでいた小説の世界で、ヒーローの婚約者に転生している事に気が付いたのだ。
その物語は、自分を含めた主要の登場人物が全員命を落とすという、まさにバッドエンドの世界!
物心ついた時からずっと自分の傍にいてくれた婚約者のアルトを、心から愛しているカナリアは、酷く動揺する。それでも愛するアルトの為、自分が身を引く事で、バッドエンドをハッピーエンドに変えようと動き出したのだが、なんだか様子がおかしくて…
全く違う物語に転生したと思い込み、迷走を続けるカナリアと、愛するカナリアを失うまいと翻弄するアルトの恋のお話しです。
展開が早く、ご都合主義全開ですが、よろしくお願いしますm(__)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる