双子の妹に全てを奪われた令嬢は訳あり公爵様と幸せになる

甘糖むい

文字の大きさ
上 下
32 / 76

31

しおりを挟む
隣に座って時計の音だけが聞こえる空間でミシャルはその古い音に耳を澄ましていた。
秒針が動く音が決まったテンポで時を刻む。
クロディクスが黙ってしまうと作り物めいた美しい造形が一層人形に見える。
睫毛が瞬くその横顔に魅入られる。
昔読んだ古い書物に悪魔は美しい姿で人を魅了すると書いてあった事をミシャルは思い出していた。
その本の挿絵にはおぞましいと言った方がいい黒い羽根を持った男の姿が書かれていて、ミシャルは悪魔に魅入られる人はいないだろうと思ったが、クロディクスを見ているとそれは違うとわかった。
いまこの瞬間にクロディクスの背中から羽が生えてもきっとミシャルは受け入れてしまえる自信があった。

コツンと音がしてミシャルがそちらを向くとカラスが一羽日取り窓の外枠に止まっていた。
ミシャルの方をじっと見る目はミシャルよりも黒い瞳をしていて、大人しく誰かを待っているようにも見えた。
自分と同じ黒い瞳を見つけてミシャルはその鳥をよく見ようとした。

屋根裏部屋から見ていた小鳥とは真逆の夜の色は日の光を浴びてくっきりとした影のようにそこに居た。
夜に居るフクロウとも、高い空を飛ぶ鳶とも違う。
この辺では羽からくちばしの先まで全て真っ黒な鳥はおらず、物珍しさが顔をだす。

白目までもが黒いその鳥は羽を広げると日取り窓を覆ってしまうほど大きなサイズをしていて、ミシャルは毛づくろいの為に羽を広げたカラスを見て身体をビクリと強張らせた。

「少し待て」

ああ、とため息のような声を漏らしてクロディクスがカラスに向かってひと声かけるとカラスはひとつ鳴き声を上げた。
自分の視線が煩わしかったのかと思っていたミシャルはその低い鳴き声が鳥の声だと始めはわからなかった。
人の声に似た返事に聞こえたのは気のせいかと首をかしげるミシャルは、クロディクスとカラスとのやり取りを見て、ミシャルは不思議そうにクロディクスに目線を動かした。
ミシャルの動向を横目に捉えていたクロディクスは、ミシャルに問われる前に口を開いた。

すぐにここを出ていくかもしれないミシャルにクロディクスはカラスの事を教えるつもりはなかった。
秘密を抱えて生きていける人間が少ないことをクロディクスは身をもって知っていた。

「そろそろ昼の時間だろう」

懐から懐中時計を取り出したクロディクスが言うと、丁度書斎の扉が叩かれてゼリヌの声が聞こえた。
クロディクスと次いでミシャルのを呼ぶゼリヌの声にミシャルは返事をしてソファーから勢いよく立ち上がった。

ホコリが舞ってミシャルは慌ててはしたなかった事をクロディクスにわびた。
なんて事もないとクロディクスに声をかけられて、その頃にはミシャルは自分が何を聞こうとしていたのか忘れてしまっていた。

「ミシャル様昼食のご用意が出来ました、朝を召し上がっていないのでリューク様が心配しておられましたよ」

「はい!すぐに行きますっ」

ミシャルは元気に返事をするとクロディクスに一礼してすぐに扉の外にいるゼリヌの傍に寄った。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結済】侯爵令息様のお飾り妻

鳴宮野々花@軍神騎士団長1月15日発売
恋愛
 没落の一途をたどるアップルヤード伯爵家の娘メリナは、とある理由から美しい侯爵令息のザイール・コネリーに“お飾りの妻になって欲しい”と持ちかけられる。期間限定のその白い結婚は互いの都合のための秘密の契約結婚だったが、メリナは過去に優しくしてくれたことのあるザイールに、ひそかにずっと想いを寄せていて─────

【完結】婚姻無効になったので新しい人生始めます~前世の記憶を思い出して家を出たら、愛も仕事も手に入れて幸せになりました~

Na20
恋愛
セレーナは嫁いで三年が経ってもいまだに旦那様と使用人達に受け入れられないでいた。 そんな時頭をぶつけたことで前世の記憶を思い出し、家を出ていくことを決意する。 「…そうだ、この結婚はなかったことにしよう」 ※ご都合主義、ふんわり設定です ※小説家になろう様にも掲載しています

はずれのわたしで、ごめんなさい。

ふまさ
恋愛
 姉のベティは、学園でも有名になるほど綺麗で聡明な当たりのマイヤー伯爵令嬢。妹のアリシアは、ガリで陰気なはずれのマイヤー伯爵令嬢。そう学園のみなが陰であだ名していることは、アリシアも承知していた。傷付きはするが、もう慣れた。いちいち泣いてもいられない。  婚約者のマイクも、アリシアのことを幽霊のようだの暗いだのと陰口をたたいている。マイクは伯爵家の令息だが、家は没落の危機だと聞く。嫁の貰い手がないと家の名に傷がつくという理由で、アリシアの父親は持参金を多めに出すという条件でマイクとの婚約を成立させた。いわば政略結婚だ。  こんなわたしと結婚なんて、気の毒に。と、逆にマイクに同情するアリシア。  そんな諦めにも似たアリシアの日常を壊し、救ってくれたのは──。

成人したのであなたから卒業させていただきます。

ぽんぽこ狸
恋愛
 フィオナはデビュタント用に仕立てた可愛いドレスを婚約者であるメルヴィンに見せた。  すると彼は、とても怒った顔をしてフィオナのドレスを引き裂いた。  メルヴィンは自由に仕立てていいとは言ったが、それは流行にのっとった範囲でなのだから、こんなドレスは着させられないという事を言う。  しかしフィオナから見れば若い令嬢たちは皆愛らしい色合いのドレスに身を包んでいるし、彼の言葉に正当性を感じない。  それでも子供なのだから言う事を聞けと年上の彼に言われてしまうとこれ以上文句も言えない、そんな鬱屈とした気持ちを抱えていた。  そんな中、ある日、王宮でのお茶会で変わり者の王子に出会い、その素直な言葉に、フィオナの価値観はがらりと変わっていくのだった。  変わり者の王子と大人になりたい主人公のお話です。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

愛されない花嫁は初夜を一人で過ごす

リオール
恋愛
「俺はお前を妻と思わないし愛する事もない」  夫となったバジルはそう言って部屋を出て行った。妻となったアルビナは、初夜を一人で過ごすこととなる。  後に夫から聞かされた衝撃の事実。  アルビナは夫への復讐に、静かに心を燃やすのだった。 ※シリアスです。 ※ざまあが行き過ぎ・過剰だといったご意見を頂戴しております。年齢制限は設定しておりませんが、お読みになる場合は自己責任でお願い致します。

不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。

桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。 戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。 『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。 ※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。 時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。 一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。 番外編の方が本編よりも長いです。 気がついたら10万文字を超えていました。 随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!

処理中です...