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2.特別な子

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「どうしてあの人は手招きしているの?」

幼い頃、自分にしか視えないモノ達について尋ねた時があった。子供特有の好奇心というものだろう。アレがまだ人なのか、人でないのかまで区別が出来ないそんな小さな頃。その頃の私には怖いものなど何もなく、母の腕の中で好奇心のまま私は尋ねた。

「どうしてあの人が視えるの」と。
部屋の隅に座り込む人の形をした何かを指差して
無邪気に尋ねた子供に対して、母親は少しだけ困ったように微笑んで答えた。


「貴方が特別だからよ」



見えない世界を知らない私は、座る母の腰に抱きついて、どうしてを繰り返す。そんな幼い子供に嫌気がさしたのか、焦れたのか。母は今度は私に聞いてきた。

おいでおいでと、手のような手じゃない影が私を手招きしていると伝えた後のことだった。



「どうして呼んでいるのだと思う?」
母はその時に見えるという子供を諌めることもできたはずだ。
そんなモノは居ないのよ、普通じゃないと真っ向から否定して子供に見えないふりを強要する事も出来た。
けれど母は私の頭を撫でながらとても優しい声で子供のなんでによりそった。

「うーん…一人じゃ寂しいから」

子供なりに一生懸命考えた。もしも、自分が居るのに無視をされてしまったら、なんて考えたのかもしれない。
確かに存在しているのに、目の前にいるのに誰にも気づかれないなんて悲しい。お話する人が居ないのは寂しい。そう思ったからこそ私は答えた。
すると母は驚いた顔をした後、すぐに嬉しそうに表情を綻ばせた。

珠里しゅりはとても優しいのね」
「優しい?」

母が言う優しいの意味もわかっていない幼い私は、優しく頭を撫でる母の手が嬉しくて、自然と頬を緩ませた。
そのまま抱きつくように母の膝を短い手でぎゅっと抱きしめる。
母の手はそんな私を抱き寄せるとゆっくりと胸に抱いてくれた。


珠里しゅりは………」

ぽつりと独り言のような言葉を零して、母の手が止まった。
ポカポカとした気持ちが凍りつく空気。
不思議に思った私は母の顔を見上げたが、俯き影を落とした母親の表情は伺えず、不安だけが募る。

何が

セーターから香る匂いも頭にのった手の温度も先ほどまでと何も変わらない。
それなのに。

「……お母…さん…?」

恐る恐る声を出す。そうしなければ、母親が遠くに居なくなってしまうような気がした。手の届かない所へ行ってしまうのではないかと、悪い予感がして膝を抱く手に力を込める。

―ミ、ツ、ケ、、



「…っ!?」
がばっと布団から起き上がろうとして珠里の身体はぴくりとも動かなかった。視界が海の中で目を開けたように揺れた。くらくらする頭の上を狐がタップダンスしている気がする。


「気がついたか」

子供特有の高い声に条件反射で身体を起こそうとした珠里は、瞬時に両肩を強い力で押さえ込まれて寝台に逆戻りさせられた。

「急に動くな。『うつろ』に喰われかけていたんだ、直ぐには動けん」

少女に似た伸びやかな声に諭されて珠里は大人しくする首肯した。少し頭を上下に揺らしただけなのに、耳の奥で狐がコンコンと高らかに吠える幻聴が聞こえ、眉をひそめた。

呆れたような眼差しで珠里を見下ろしているのは、無地の銀白の紗無双に薄い五色の糸で扇を描いた豪奢な着物をナチュラルに着こなす美少女なのか美少年なのか判断かつかない子供だった。
年は、小学校を抜けた辺りか。幼子の円やかさに芽吹きを感じさせる透明感のある白い肌にかかる金色の髪はうなじで一つに結い上げられていた。蜂蜜を煮詰めて閉じ込めた宝石のような目に、顔立ちは、どこかの神が一生をかけて精密に組み立てたようだ。極上の美しさを誇る子供は奢った風もなく、何の感情も見せずに佇んでいた。

「黙っていろ」
開けた口を子供に言われるまま珠里は閉口する。
子供の声は聞いた者が子供に対して何故か逆らう事をしようと考えつかない響きをしていた。
話す事を禁じられた珠里は子供をそっと仰ぎ見てすぐに目を伏せた。
めまいの残る重い体には美少女の高画質スチルはいささか刺激が強く、珠里の目の奥で大きな鳥が羽根を広げて飛び回っていた。

目元を何度か優しく拭われる。
先程みた悪夢によって流れた涙だとわかったのは
頬を撫でる指先が湿り気を帯びて珠里を慰めたからだ。
少年の声がやおら遠くに聞こえてすぐ、珠里の首元に掛け布団がのる。

「まだ寝ておけ」
声と同時にすっと意識が後ろへと引っ張られて、珠里はもう一度眠りへ誘われた。

今度は悪い夢など見ない。
そんな確信があった。
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