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ケビンの再会

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 昨日は眠れなかった。
 どうにか眠ろうとレンも努力はしたのだが、結局、普段の睡眠時間から考えればかなり早い時間にレンは目覚めてしまったのだ。

「ふわ……」

 客が居ないのを良いことにレンは欠伸をする。
 今日は随分ゆっくりとした日だった。エイダとカーラは先程帰った。机も元に戻し、掃除も終わらせてしまったので何もやることがなく、レンはぼんやりと店の中を見渡す。
 眠れなかったせいで朝から意識が薄いベールにかかったように不明瞭だ。 
 壁にかけられた時計を見つめる。少しだけ目を閉じようかと言う時、店の扉が開いた。

「い、いらっしゃいませ」

 眠気を押し殺し、レンは扉に視線を向けた。
 そこに居たのはケビンだった。
 昨日のメールの通りに来たというのに、少し慌てた様子のレンをみてケビンは申し訳なさそうな顔をする。

「……もしかして来てはダメだったかな?」
「い、いえ! 大丈夫です!」
 
 欠伸をした直後の顔を見られて気まずかったのを勘違いしたケビンにレンは慌てて首を横に振り、拭いたばかりのカウンター席を指さす。

「どうぞ、入ってください」

 素直にカウンター席に座ったケビンの意識を逸らすようにレンはケビンに声をかける。

「ケビンさん、カフェオレでいいですか? 蜂蜜たっぷりの」
「あ……、あぁ! よろしく頼む」

 ケビンの言葉を聞き、すぐさまレンは眠気を追い出し、カフェオレの準備をする。
 慣れた手つきでいれたコーヒーをカップの半分ほどの量いれ、もう半分は暖めたミルクをいれ、かき混ぜる。
 コーヒーとミルクの混ざったまろやかな匂いがレンとケビンの間に漂い初めた。
 そこに蜂蜜といれ、甘さを引き立たせるための塩も少々。
 まろやかなはちみつ入りカフェオレの出来上がりだ。

「はい、どうぞ」
「ありがとう!」

 ケビンはすぐさまカフェオレを受け取り、1口飲む。口の中に広がる甘い味に満足そうな表情をしたほっと息をついた。

「やはり君のコーヒーは美味しい。なにかこだわりが?」
「一応、幼い頃からコーヒーを飲んでいるのでコーヒー関してはうるさいんです。豆も信頼できる業者から卸してて」
「なるほど、それでこの味が出せるのか」
「でも、まだまだです。父の入れたものはもっと美味しいですから」

 そう言って、レンは少しでも頭を目覚めさせるべくケビンに作った際に出た余りのコーヒーを自分用のカップにいれる。
 1口飲むが、やはりマークのいれたコーヒーにはまだ適わない。もっとマークならブラックでも繊細で舌触りがいいコーヒーをいれられたはずだ。

「俺は君のコーヒーが好きだ。なんというか、優しく、愛が籠っている気がする」

 ケビンの気遣う言葉は少々大袈裟な気もするが、謙遜しすぎも良くは無い。
 レンのコーヒーを好きで店に来てくれる他の常連客にも失礼なので、素直にケビンからの言葉を受け取る。

「ありがとうございます」

 レンのお礼の言葉にケビンはホッとしたような表情をする。
 本当にケビンはわかりやすい。
 年はレンよりも10くらい年上だろうが、そのわかりやすさは施設の子供たちの方よりも簡単だ。
 そう思いながらケビンを見ていると、ケビンはなにか思い出したかのような表情をした後、レンの方に視線を向けた。

「写真ありがとう。ドレスみたよ」
「こちらも、送るのが遅れて申し訳ありません」
「メールに送った通り、サイズは合っていそうなんだが、少し手直ししたい所があって。すまないが、ドレスを見せてくれるか?」
「はい、わかりました。こちらです」

 レンはそう言って、棚からドレスを取り出す。
 その際にドレスを見てみるが、特に変わったところはない。
 どこが気になるのだろうか、とレンは首を傾げた。

「ボタンのほつれとスカート部分の返し縫いの部分が気になってね」
「ボタンとスカート、ですか?」

 そう言われボタンの所を見れば確かにボタンは糸が少しゆるい、気がする。
 スカートに至ってはどこがケビンの言う返し縫いかがわからない。
 ドレスを見ながら難しい顔をするレンにケビンは少し笑いながら言う。

「一応裁縫道具は持ってきたんだが、ここでやってもいいかな?」
「は、はい。大丈夫です」

 ケビンはドレスを受け取ると、カップを横にどかし、カバンから小さな裁縫セットを出してきた。
 そのまま器用に針に糸を通すとボタンを付け直し、スカート部分の返し縫いらしき場所の糸を外し、縫い直ていく。
 その手捌きは鮮やかで、あっという間に直した箇所が分からないくらいに仕上がった。

「すごい……」

 思わず漏れた感嘆の声にケビンは照れくさそうに笑う。

「大したことないさ。仕事上、服をダメにしやすくて……、繕うのが上手くなっただけで」
「お忙しいんですね」

 そんな会話をしている間にもドレスの手縫いは進み、ついに最後の仕上げへと入る。
 パチンパチンと糸切り鋏を使い、余った糸を切るとケビンはドレスの仕上がりに問題は無いかと手で広げた。
 レンの目からは問題ないようにみえるのだが、ケビンは厳しい顔でドレスの出来上がりを確認しており、ドレス作りに関しては手をつけていないレンも思わず緊張してしまう。
 嫌な沈黙が店内を支配する中、ケビンは大きく息を吐いた。そして、顔を上げるとそこには笑顔があった。

「うん、大丈夫そうだ!」

 その言葉を聞いた瞬間、レンは思わずホッと息をつく。
 そんな自分のことのように息を吐いたレンの様子に気づいたのか、ケビンは申し訳なさそうに頭を搔く。

「き、緊張させたかな……?」
「いえ、大丈夫ですよ。こんなに真剣に作ってくださって……、本当にありがとうございます」
「ごめん、つい気にしちゃって。君のメールを見たらいても立ってもいられなくて」
 
 そう言って、ケビンは恥ずかしそうに頬を掻く。
 裁縫道具を片付け、再度少しぬるくなった蜂蜜入りカフェオレを飲む。
 軽い一仕事を終えたからだろう。先程と変わらないというのにとても美味しそうに飲んでいる。

「渡す子にはあなたの事も伝えておきます」
「いやいいよ。大したことじゃない」
「そんなことありません」

 レンの強い口調にケビンは困ったように頭を搔いた。そんな様子にレンはケビンに対して微笑む。

「自分のためにここまでしてくれてるって知ったら嬉しいと思います」
「……そうかな?」
「そうですよ」

 レンの断言するような物言いに、ケビンは照れたように頭を搔く。

「ありがとう。そう言って貰えて心が軽くなったよ」
「いえ、こちらこそありがとうございます。今から渡すのが楽しみです」

 そう言って、2人は笑いあう。
 レンもケビンも非常にリラックスしていた。
 レンもケビンのふとした瞬間に感じる人の良さに完全に絆されていたし、ケビンも好物の甘いものを飲んでいたせいで気が緩んでいたのだろう。
 だから、いつの間にか店にいたガランに気がつくのを遅れてしまった。
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