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マーク

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 本来レンと両親3人で住んでいるはずの家は両親の仕事の都合上、ほぼレンのみの1人暮らしとなっている。
 だが、両親がこの家を全く利用しないという訳ではなく、自室で休息をとることもあれば、家族3人で定期的に食事をしたりしている。
 だから、レンがシャワーを浴びてリビングに戻った時にマークがいたのも別に不思議なことではない。
 いつもと違うところがあるとすれば、リビングにいるマークは険しい顔をしながらレンを待っていたことだ。
 マークはリビングの机に座っていた。普段ならコーヒーをいれるなどするのだが、今がそんな雰囲気ではないことは見るだけでわかる。
 マークは静かな声で言った。

「レン」
「……」
「話がある」

 レンは何も言わず、マークが座る机の向かい側に座る。シャワー後の乾ききっていない髪が頬に張り付く。
 それを鬱陶しいと払う余裕はなかった。
 マークは素直に座ったレンの顔色を見て、声色をやや優しい色に変える。

「あのガラン君という子ーー、いくつだ?」

 やっぱり。
 レンは腹をくくった。

「15歳、です」
「……!」

 マークの目が見開かれる。
 嫌な沈黙が屋内を満たす。マークはその沈黙を追い払うかのように、息を吐いた。
 
「……俺の目には、もう2.3個上だと見えたが、確かか?」
「はい。彼の……その、身分証のようなものを――、見ましたから」
「身分証のようなもの? パスポートとかか?」
「え、ええ……、そういったものです」

 レンの言葉にマークはもう一度大きく息を吐く。
 次の言葉を考えているような間の後、再度レンに問う。

「あの子との関係は?」
「……友人、です」
「そうか」

 レンは嘘をついた。
 この後に及んでの悪あがきなのは分かっているが、明らかなレンの嘘をマークは受け入れてくれた。
 質問は続く。
 
「あの子とはいつからの付き合いだった?」
「半年前です。街で車の鍵を無くして困っていた僕を助けてくれて。その時、お礼に店に招待したんです。それから、来るようになって……、店の後、食事をしたり」
「……ここ最近、お前は友人と食事をすると言って夜に居ないことが多かったな。その相手もガラン君か?」

 マークの言葉にレンは頷く。

「言い訳ですが、彼の見た目は、大人びていて……、同い年かそれかもっと上か――、そう思っていました。まさか未成年だとは思わなくて。飲酒も、普通にしていましたし」
「確かに彼は落ち着いているな。話し方もしっかりしているし、物腰も丁寧だ。だが、細かい見た目や喋り方や価値観ーー、それらはまだ子供だった。それを、お前は気づくべきだった」
「……すみません」

 マークの言うことは全くもってその通りだ。
 普段から子供に親しんでいる父が見ればガランが成人に達していない子供なことくらいすぐにわかったのだろう。
 ただ、ガランがそんなマークの目から見ても実年齢よりも2、3年上に見えたのは意外だった。
 成人を超えた大人ならともかく、未成年の成長期の2、3年は大きい。それほど、ガランがマークの目から見ても大人に見えていたのだろう。

「ガラン君の親御さんとは会ったことはあるか?」
「いいえ。でも、幼い頃は祖父に育てられたとは言ってました。その祖父ももう亡くなっているらしいですが」
「彼の家は? 学校には?」
「街にあるホテルです。そこの1番広い部屋で暮らしてます。学校は、通っていないようです」
「……1人でか? 」

 マークは顔を暗くしながら聞いた。
 レンが頷くと、マークはさらに表情を曇らせる。
 15歳の少年がホテルで一人暮らしなど、普通はありえない。
 そして、重々しく口を開いた。

「……一般的には、18歳未満の児童に満足な教育や適切な養育が出来てない状態を、ネグレクトと呼ぶ。だが、ガラン君の状態はーー、難しいな」

 マークの苦悶くるような顔にレンは同意するように頷いた。

「見た目は健康だ。だが、親と離れ1人で暮らしている。俺も少し喋って見たが、こちらを警戒していたことを加味してもガラン君自身寂しさや疑問を感じている様子はない……。学校についてもそのホテルで受けている可能性もある。これがハンナだったら、すぐさま児童保護サービスに通告しているだろうがな」
「……」

 活発と言えば聞こえがいいが、やや猪突猛進な所があり、尚且つ児童保護サービスに以前勤めていたレンの母ハンナがガランを見た瞬間、虐待を疑いすぐさまそういった行動を取りそうなことはレンでも分かった。
 そんな母の公私共に最高のパートナーであるマークはその逆の慎重派であり、物事を深く考え行動するタイプだ。
 だから、今日、母がいなかったことはレンにとって最大の幸福と言ってもいい。
 もし仮に児童保護サービスに通告されにしたら芋ずる式にレンとガランの関係が明るみになってしまう。

「とにかく、ガラン君の今後については考えさせてくれ。場合によっては――、分かってるな?」
「はい」
「それと、これからはガラン君と連絡をとることを控えなさい。無理にとは言わないが――、とにかく、2人きりで会うのは避けてくれ」
「……」

 マークは続ける。

「これからガラン君になにか違和感があったら、俺に相談してくれ。いいな?」
「……わかり、ました」

 一瞬、今日言われたガランの前世の話をしようと思ったが、辞めた。
 本来すべきなのは分かっている。だが、あの話をきちんと言えるほど、レンの中で整理が出来ていない。
 こんな状態で話をしてもマークを混乱させてしまうだけだろう。
 だからレンはマークの言葉に対し、頷くことしか出来なかった。

「……レン、すまない」
「いいえ。僕の、責任です。僕が初めから彼の年齢を確認していれば……、こんなことは」
「確かにそうだ。だが責任の一端はお前とのコミュニケーションを取っていなかった俺たちにもある。もっと、お前との時間をきちんととっていれば、こんな形にはならなかった」
「そんなことありません!」

 レンはマークの言葉を直ぐに否定した。

「ぼ、僕が悪いんです。僕が……。彼のことを受け入れてしまったんですから。本当は彼の年齢がわかった時から彼と会うのをやめようとは思っていたんです。ですが……、それを出来ず結果彼の望みを聞いてしまっていた。僕の、甘さのせいです」

 会っていた理由をガランの押しの強さやケビンの頼みのせいにすることは簡単だ。
 だが、それを選び、楽なほうに進めて来たのは自分。
 その結果が父に関係がほぼばれ、ガランには前世の恋人とまで言われた。
 レンは自分の不甲斐なさと愚かさに唇を噛んだ。
 ストレスが一気にレンの中に湧きでる。
 衝動的になりかける自分を必死に抑え、レンは机の下で拳を血が滲むほどに強く握りしめた。
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