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過去
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人の話を聞いてここまで後悔したのは初めてだった。
「俺は前世の記憶を持っているんだ」
「俺のいた世界は全ての人間が動物の血をもっていて、体は人間の形をしているが毛皮があり、頭は動物の形をしていて、俺の場合は黒豹だった」
意識が遠くなる。
目の前の視界がぐにゃりと歪んだ。
「俺は祭司、と呼ばれる重要な役職につく家系で、幼なじみの王が即位したのと同時に祭司になって、国の儀式をとりもった」
悟られないよう、冷えた手を握りしめる。
もうガランと手は繋いでいない。それでよかった。
ほんの少しでもガランがレンの手を触れたら、レンがガランの話に恐怖を抱いていることがバレてしまいそうだった。
「その世界には神子、という存在がいて、そいつらは神なる泉がこの世界から俺たちがいた世界に人間を連れてくる。その人間が、俺たちに恵みを与え、王と番い、俺たちの国の新しい後継者を産む」
息が上手くできない。
意識し、息を吸って、吐く。
だが、それでも真綿で締められたような息苦しさは変わらなかった。
「性別? 神子にそんなものは関係ない。たしかにラグはあるが、男でも女でも関係なく皆子を産む。だが、おかしいことがあった。お前の母である神子ーー、ハンナが、子供を孕んだまま連れてこられたんだよ」
心臓がレンの体の内側を叩いた。
ガランに知られないよう、胸を押さえつける。
「子供は無事に産まれた。腹が空いた神子は王と番い、生まれたのが俺が祭司として仕えた王。問題は先に神子の腹に宿っていたその子供だ。俺たちはその子供をどうするか悩み、新しい神子にすることにした。無論、兄弟で番うなど、神の怒りに反する。だから、その子供と俺が番うことになった、その子供がーー、レン。お前だ」
「俺とレンは番となり、子を産むよう努力した。だが、子供は生まれなかった。次第にお前はこの世界とこの世界を憎んだ母親の相反する想いに耐えきれず――、元の世界に戻った」
「その後、俺はその世界で祭司として生き、死んだ。だが、俺の一族は過去、この世界を牛耳ろうとしていてな。神の怒りよって俺らの一族は死後、元いた世界を追放され、この世界に産まれてくることを定められていた。俺の一族の咎だ」
そこから先は上手く記憶にない。
たしか、それでずっとこの世界にいる前世の想い人であるレンを探していたとか、そんなことを言われていた気がする。
「レン、少しは思い出したか? 確かにお前とお前の母親は元はこの世界の人間だから、俺よりは上手く生きているとは思うが」
前世、神子、祭司――、物語でしか聞かないはず単語がガランの口から当たり前のようにでてきたという事実にレンの心は限界だった。
ガランは澄み切った黒曜の瞳が真っすぐに自分を見つめ、レンに問いかける。
「あっ、その……」
レンはどうにか答えようと震える口を開くが、上手く言葉が出てこなかった。
そんなのあるはずない。そう言えたらどんなに楽か。
でも、今までレンが思うガランの姿とは大きくかけ離れた話――、信じられるはずがない。
声が震えてくる。
「そ、その……、ガラーー」
「冗談だよ」
「…………えっ?」
一瞬、なにを言われたのか分からなかった。
思わずガランの方を見ると、瞳は伏せられ、下を向いている。
冗談? そんなわけがないだろう。ガランの顔は真剣だった。
それに、昨日だってガランは前世の事をほのめかす話をしていたではないか。
レンはガランが不必要に嘘をつく人間ではないことを知っている。
だから、きっとこの話は本当なのだ。少なくとも、ガランの中では。
「じょ、冗談ってそんなわけ……」
そこまで言って、言葉が続かなかった。その言葉に安心している自分がいる。だが、そんなはずない。
ガランは本気だった。だから、それをレンが受け入れなくてはいけないのにーー。
「……ッ」
黙り込むレンをガランの広く大きい手がレンを優しく撫ぜた。
優しい顔で微笑まれ、レンの視界が滲む。
違う。ガランの話を受け入れないといけないのだ。
そうだったのか、言ってくれてありがとう、と。
だが、どうしても言えず、固まるレンをガランは抱きした。
「こんな話して、すまねえ。忘れてくれ」
「で、でも、本当――」
「嘘だよ」
「そ、そんなはず……」
「嘘だ」
そこからレンに何を言われようともガランは自分の話を嘘だと譲らなかった。
レンは完全に、間違えてしまった。
「俺は前世の記憶を持っているんだ」
「俺のいた世界は全ての人間が動物の血をもっていて、体は人間の形をしているが毛皮があり、頭は動物の形をしていて、俺の場合は黒豹だった」
意識が遠くなる。
目の前の視界がぐにゃりと歪んだ。
「俺は祭司、と呼ばれる重要な役職につく家系で、幼なじみの王が即位したのと同時に祭司になって、国の儀式をとりもった」
悟られないよう、冷えた手を握りしめる。
もうガランと手は繋いでいない。それでよかった。
ほんの少しでもガランがレンの手を触れたら、レンがガランの話に恐怖を抱いていることがバレてしまいそうだった。
「その世界には神子、という存在がいて、そいつらは神なる泉がこの世界から俺たちがいた世界に人間を連れてくる。その人間が、俺たちに恵みを与え、王と番い、俺たちの国の新しい後継者を産む」
息が上手くできない。
意識し、息を吸って、吐く。
だが、それでも真綿で締められたような息苦しさは変わらなかった。
「性別? 神子にそんなものは関係ない。たしかにラグはあるが、男でも女でも関係なく皆子を産む。だが、おかしいことがあった。お前の母である神子ーー、ハンナが、子供を孕んだまま連れてこられたんだよ」
心臓がレンの体の内側を叩いた。
ガランに知られないよう、胸を押さえつける。
「子供は無事に産まれた。腹が空いた神子は王と番い、生まれたのが俺が祭司として仕えた王。問題は先に神子の腹に宿っていたその子供だ。俺たちはその子供をどうするか悩み、新しい神子にすることにした。無論、兄弟で番うなど、神の怒りに反する。だから、その子供と俺が番うことになった、その子供がーー、レン。お前だ」
「俺とレンは番となり、子を産むよう努力した。だが、子供は生まれなかった。次第にお前はこの世界とこの世界を憎んだ母親の相反する想いに耐えきれず――、元の世界に戻った」
「その後、俺はその世界で祭司として生き、死んだ。だが、俺の一族は過去、この世界を牛耳ろうとしていてな。神の怒りよって俺らの一族は死後、元いた世界を追放され、この世界に産まれてくることを定められていた。俺の一族の咎だ」
そこから先は上手く記憶にない。
たしか、それでずっとこの世界にいる前世の想い人であるレンを探していたとか、そんなことを言われていた気がする。
「レン、少しは思い出したか? 確かにお前とお前の母親は元はこの世界の人間だから、俺よりは上手く生きているとは思うが」
前世、神子、祭司――、物語でしか聞かないはず単語がガランの口から当たり前のようにでてきたという事実にレンの心は限界だった。
ガランは澄み切った黒曜の瞳が真っすぐに自分を見つめ、レンに問いかける。
「あっ、その……」
レンはどうにか答えようと震える口を開くが、上手く言葉が出てこなかった。
そんなのあるはずない。そう言えたらどんなに楽か。
でも、今までレンが思うガランの姿とは大きくかけ離れた話――、信じられるはずがない。
声が震えてくる。
「そ、その……、ガラーー」
「冗談だよ」
「…………えっ?」
一瞬、なにを言われたのか分からなかった。
思わずガランの方を見ると、瞳は伏せられ、下を向いている。
冗談? そんなわけがないだろう。ガランの顔は真剣だった。
それに、昨日だってガランは前世の事をほのめかす話をしていたではないか。
レンはガランが不必要に嘘をつく人間ではないことを知っている。
だから、きっとこの話は本当なのだ。少なくとも、ガランの中では。
「じょ、冗談ってそんなわけ……」
そこまで言って、言葉が続かなかった。その言葉に安心している自分がいる。だが、そんなはずない。
ガランは本気だった。だから、それをレンが受け入れなくてはいけないのにーー。
「……ッ」
黙り込むレンをガランの広く大きい手がレンを優しく撫ぜた。
優しい顔で微笑まれ、レンの視界が滲む。
違う。ガランの話を受け入れないといけないのだ。
そうだったのか、言ってくれてありがとう、と。
だが、どうしても言えず、固まるレンをガランは抱きした。
「こんな話して、すまねえ。忘れてくれ」
「で、でも、本当――」
「嘘だよ」
「そ、そんなはず……」
「嘘だ」
そこからレンに何を言われようともガランは自分の話を嘘だと譲らなかった。
レンは完全に、間違えてしまった。
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