年下セレブのわがまま事情

遅い夕食

　ガランがルームサービスを頼んですぐ、部屋にチャイムの音が鳴る。
　ドアを開けると何人かのホテルマン達が料理を手にぞくぞくと部屋に入り、机に次々と料理を並べていく。
　彼らの無駄のない洗練された配膳の動きは同業者として、つい見とれてしまう。
　ガランのようなVIPに対しての振る舞いを熟知しているとわかる彼らの動きーー、郊外の町でカフェを営んでいる自分とは大違いだ。

「ごゆっくりどうぞ」

　ホテルマン達が部屋から出ていくのを確認すると、レンは机に置かれた数々の料理に目を向けた。
　どれもこれも美味しそうなものばかりが並んでいる。
　ホテルの宿泊客の多くはここより下の階のレストランで食事を取るが、ガランは特別に同じメニューを部屋に届けさせている。
　しかも届ける時間はガランが内線電話で呼んだ時間だ。どんな遅い時間でも、出来たてを用意してくれる。
　ホテルの人間たちはそれに対して不平不満は言わない。それだけガランがホテルに対して多額の金を払っているVIPなのだろう。
　そんなホテルをガランは家の代わりとして住んでいるのだ。そんなガランの財力がどれほどのものなのかーー、レンは知らない。

「じゃ、食べるか」

　席についたガランに合わせてレンも向かいの席に座る。
　レンもガランも腹が空いていて、暫くは互いに腹の虫を収めるための食事に徹した。
　あれほどまで激しい運動をしたから当然だ。レンの分の皿はどんどん空になる。
　ガランもレン以上のスピードで食事を続ける。多くの皿に並べられた食べ物が瞬くうちに消えていった。

「そういえば」
「はい」

　ある程度腹が満たされたガランはワイングラスを口に傾けながら、レンに視線を向けた。

「再来月、誕生日だろ。なにか欲しいものはあるか？」

　ガランの問いかけに、レンは思わず目を見開いた。
　誕生日－－、誰のことか一瞬わからなかった。
　レンは少し不安になりながらガランに聞く。

「ぼ、僕のですか……？」
「他に誰がいるんだよ。せっかくだし、盛大にやろうぜ。何が欲しい？」

　誕生日を楽しみにしているガランにレンは少し戸惑う。
　確かに、レンの誕生日は2ヶ月後だ。いつもは家族揃ってのディナーが恒例だが、ガランとこういう関係になって半年。
　今年くらいは家族よりもガランを優先させたってバチは当たらないだろう。
　しかし、そう思ったところでレンには欲しいものは浮かばなかった。
　なにより、2ヶ月という単位はレンにとって長いものである気がした。

「誕生日……」
「まさか、忘れてたとかじゃないよな？」
「そ、そんなんじゃないですよ。ただ、急に言われてびっくりしただけで」
「お前のことだから、自分よりも施設のガキの誕生日のことだと思ってたんだろ」
「……」

　ガランの言う通り、誕生日といえば自分の誕生日よりも施設の子供たちの誕生日の方が常に頭に入っている。施設の子供の誕生日は施設の職員以外に運営者の息子であるレンからもプレゼントを贈るのでつい頭に入ってしまっているのだ。
　そんな普段からもらうよりもあげることが多いレンにとって、何が欲しいと言われてもそうすぐに思いつかない。

「欲しいもの、ですか……」
「なにか無いか？ アクセサリーとか、ゲームとか」
「そうですね……、少し、考えてみます」
　
　アクセサリーやゲームという女性や子供が好みそうなものを言われ、レンは少し笑いながら首を振った。
　これだけ金持ちのガランの事だ。仮にレンがなにかリクエストしたら最高級のものを用意し出すに違いない。
　その場合、物でも旅行でも、庶民の自分は扱いきることが出来ないのでは、と思う。
　そもそもレンにとってはこのガランとの週に2,3度の逢瀬で十分すぎるほどのプレゼントを貰っている。
　ガランにとっては当たり前の待遇でも、レンにとっては毎回別世界に行く気分になるのだ。

「どこか遠くに行くのもいいな」
「遠くって、何日のつもりです？ その間店を放っておく訳にはいきませんよ」
「いいだろ。誕生日くらい」
「ダメです。両親に急に頼まれて施設に行くことだってあるんですから。旅行行くにしても２日くらいにしないと」
「……」
「な、なんですか？」

　分かりやすく拗ねた素振りをしだしたガランにレンは困惑の色を浮かべる。
　そんなガランの姿にレンは急いで言葉を付け足す。

「欲しいものとか、考えておきます。決まったらすぐにいいますから」
「……」