ダブル・アイデンティティ

ブリリアント・ちむすぶ

文字の大きさ
上 下
58 / 69

待ち行列

しおりを挟む
 夏祭り。
 トオルの地区で行われる祭りは小さなものではあるが出店などが出て、それなりに盛り上がる。
 トオルも小さい頃は親と行き、わたあめなどを買ったものだ。
 両親がトオルに構わなくなってからも1人で出かけ、たこ焼きやかき氷など祭りならではのものを買い楽しんだものだ。
 そんな夏祭りにまさかシュウ達と共に来るとは思いもよらなかった。

「小さいけどそれなりにやってるじゃん。お、かき氷食べようぜ。ちょっと待ってろよ」

 そういってアリユキはかき氷の出店へ向かう。
 いきなりトオル達はシュウと3人にされどうしたら良いのか分からない。
 ちらりとシュウの方を見ると、シュウはベンチに座り、興味深そうに祭りの様子を見ている。アリユキなら直ぐに話題を提供するだろうが、今のトオルとユウヤにそんなことできるはずがない。
 早く戻って欲しいが、かき氷を売る列は混んでいる。アリユキが戻るにはそれなりの時間がかかるだろう。

「……この明かり」
「えっ!?」
「この灯りは、いつもあるのか?」

 突然シュウに指さされた先を見ると、神社の街灯の間に吊り下げられている提灯があった。これは祭りの時などイベント毎に必ず付けられる装飾である。
 シュウの言葉の意味が分からないが、トオルは言われた通りの答えを言う。

「祭りの時、だけだけど」
「この神社は、有名なのか?」
「えっ、いや、有名じゃないと思うけど」
「……」

 ここはなんの変哲のない神社だ。有名なものでは無い。
 シュウの言葉の意味がますます分からなくなる。
 ユウヤに視線だけ送っても、ユウヤも発言の意図が分からないようで困った顔をしている。

「じゃあ、今度市の方の祭りにもあるのか?」
「ある、と思うけど」
「……そうか」

 なにやらシュウは納得したかのように頷く。
 どうやらトオルの回答で満足したらしい。提灯のことが気になった、ということだろうか。
 まさか生まれてから一度も提灯を見たことがないわけではあるまい。

「おい! 誰か来てくれ!」

 シュウが黙って5分程経った時、アリユキがようやくトオル達に声をかけた。
 トオルはこの場から逃げるようにアリユキの元に向かう。

「瀬名、この2つ持ってくれよ」

 アリユキが買ったかき氷は4つだった。
 既に2つは手に持っている。そのうちのもう2つを持てと言っているのだ。

「瀬名、いちごでいいか?」
「え、俺?」
「ユウヤがいちご好きだから。もしかしてレモンの方がいいとか?」

 そういうアリユキの持つかき氷は黄色と緑。おそらくレモン味とメロン味だろう。
 トオルが持たされたのはいちご味が2つだが、まさかこれはトオルとユウヤのかき氷なのだろうか。

「あ、あの、後でお金――」
「いいって。ほら、さっさと戻るぞ」
 
 なんでもないように言うアリユキを追うようにトオルはかき氷を持ってユウヤ達の前に戻ったユウヤはトオルの手に持つイチゴ味のかき氷を見てからアリユキの方を見る。

「ほら、シュウ。メロン」
「……人工甘味料」
「祭りのかき氷ってこんなもんだよ。ほら、溶ける前に食べろ」

 アリユキベンチの空いているシュウの隣に座り、シュウにかき氷を渡す。
 自分たちはどうすればいいのか、とトオルは両手にかき氷を持ちながらユウヤと目で会話する。
 その様子をアリユキは不思議そうに見上げた。

「お前ら、食わないの?」
「あっ、えと、たべ、ます」

 アリユキに言われトオルは片方のかき氷をユウヤに渡し、すぐさま自分のかき氷を口に入れる。
 味は変わらない。甘く、いちごの味だ、
 氷にシロップを入れただけのオーソドックスなかき氷が口の中に広がる。
 おいしい。ユウヤしかいない環境だったら一夏の思い出にはしゃぎながら食べていたはずだ。

「シュウ、どうだよ?」
「……量が多い」
「こんなもんだって。氷溶けたらジュースみたいに飲めよ。あ、あんまり早く食べると頭痛くなるからゆっくりな」
「……」

 シュウとアリユキの会話で何となくわかったことがある。
 恐らく、シュウは祭りというものに行ったことがないのだ。
 シュウはトオルでも知っているこの地元にある有名企業の一人息子ということもあり、今まで祭りに行くということなどをしてこなかったのだろう。
 だからトオルに提灯のことについて聞いたりしたのだ。
 一人納得したトオルは、目の前のユウヤの顔を見る。
 だが、ユウヤのかき氷を食べる手は進んでいなかった。
 その顔は歪んでいる。泣きそうになるのを堪えているような、そんな表情をしている。
  
「……ユウヤ?」
「なんでも、ない」

 トオルに見られたと感じたユウヤは急いでかき氷を食べ始める。
 それがあまりにも急だったのだろう。
 ユウヤの顔は今度は苦痛に歪んでいる。そのまま手を額に当て、目をぎゅっと閉じた。

「ユウヤ、食べすぎだろ 」
「~~!」

 ユウヤの頭痛を見てアリユキが笑う。
 それにつられシュウも小さな笑みを見せた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

寮生活のイジメ【社会人版】

ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説 【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】 全四話 毎週日曜日の正午に一話ずつ公開

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ある少年の体調不良について

雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。 BLもしくはブロマンス小説。 体調不良描写があります。

目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。 彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。 ……あ。 音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。 しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。 やばい、どうしよう。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

処理中です...